街を、吸う。
連休1日目の夜に引っ越しが終わった。時刻はもう21時を過ぎていた。
引っ越しが終わったら夜ご飯に自分が働いているところに食べに行こうと考えていたが、荷物移動で3往復もしていたら、そんな時間も取れなくなった。結局近くの夜遅くまでやっているファミレスで引っ越しを手伝ってくれた両親にご馳走した。
サラリーマン時代引っ越しを何度もしたという父からアドバイスを事前に受けながら、当日も段取りは任せ、作業を行った。
僕は片付けが少し苦手だ。今回の引っ越しに関しても荷造りやら整理整頓に手こずった。
何から手をつければいいのやら、どう整理すればいいのやらと。
職場の清掃作業も苦手で時間がかかる。
引っ越しで少し思ったのは、両親の社会的な問題解決能力。侮蔑するつもりはないが、私も社会人として一年経験した身で、その考えや感覚の元作業をしていた。引っ越しは私の仕事のやり方に近いところがあって、わかりやすいところで言うと、「チーム力」「コミュニケーション」「協力」「分担」などが挙げられる。引っ越しの指揮、指導官がいて、その指示の元、行動が被らないように一人一人分担作業に取り掛かる。場合によっては協力して荷物を運ぶ。声を掛け合って情報を伝え合う。
他の会社でも重要な事かもしれないが、今回特に自分の仕事で普段やっている事が活きた気がした。
しかしながら、今回の引っ越しで優先順位や今やるべき事、などが明確になっていない状態に陥ると終了時間や後の計画が押されていくのを感じた。今やるべき事じゃないことをしたり、コミュニケーションが不足したり、情報が不足したり、あれをやってる間にこれをしなきゃいけないのにできなかったりと、うまく行かないこともあった。職場でもそう言う時はある。全員が全員できるわけじゃないし能力差なんてものもある。自分の上司は能力があった人が多かったので、できない人がいると、仕方ないとしても、歯車が回らない原因になり、私としてはとても気持ちのいいものではない。私も全部できるわけではないし、たまに迷惑をかけることもある。特に私は仕事に関して自分のペースを崩される行動をされるとモチベーションが下がるのがこの一年働いて分かったし、この引っ越しでもそれは感じた。
私は作業中に茶々を入れられたり、別の仕事を無理やり入れ込まれたりすると集中が切れる、気分が下がる傾向にある。
父も作業中に母からあれやれこれやれと言われると心を乱し、腹を立てる場面を見た。そこは父に似たみたいだ。
就職前、社会人になってから注意すべきことを父から2つ言われたのを思い出した。
「仕事は優先順位をつけて取り組むこと。」
「仕事は引き継ぎの際、後の人が仕事を再開しやすいようにあまり業務を残さないこと。」
この一年なんとか、自分の上司に言われた大切なことと、父親から言われたこの二つのことについてその意味を考えながら仕事をしていた。
優先順位ってなんだろう。何を優先して何を後回しにすればいいのか。自分の仕事量と休憩もある中でどこまでやれば後の人が楽なのかな。
優先順位に関しては「臨機応変」が鍵だと感じている。いつも毎日そうすれば上手くいく事もなく、強いて言うなら、僕なりに考えた結果、時間がかかるもの、それをやらないと他のことが進まないもの、逆に時間がかからないものなどを先にやるようにしている。
全てのことについて優先順位が分かってきたわけでもなく、やったことがない事だと優先すべきものが分からなかったりする。僕はその度にまた試行錯誤して地道に思考するので、すぐに優先順位を見つけて対処できる人は本当に憧れである。
さて、引っ越しの優先順位となると、僕も引っ越しは初めてなので分かりやしない。
父が言うには
・ゴミ出し(要るものと要らないものの仕分け)
・服、本、家電等の仕分け
・梱包(段ボールに品目を書くことで引っ越しがスムーズになる。梱包はなるべく自分が運べるくらいの箱に詰める。)
・大きいものから運び出し、小さいものはその隙間に入れる。
・移動、搬入
・搬出搬入の繰り返し。その間に掃除。
・最後に荷物出し、家具設置。
今回もこの段取りで行った。運ぶ量が正確には分からなかったため、運ぶ回数も時間も予想で立てるしかなかったが、そこは臨機応変に計画を早めたり、進行を遅らせたりしながら引越しに取り組んだ。
結果的には荷物量が多く、3回移動往復したが、なんとか終えることができた。
移動の途中、気になることを父に聞いた。
引っ越しの時隣人に菓子折りを渡すべきか、渡す場合どんなものが良いのか、渡すものの質の違いなど。
今の時代は隣人との会話や関係は薄く、礼儀やルールを守らない隣人はなんなんだと怒る人も少ないという。実際私も10何年旧居には住んだが、隣人の顔は思い出せないどころか顔を見たことがあったかと思うくらい。引っ越し当日の朝、下の階の住人が家を出たので慌てて菓子折りを渡した。しかしながら隣の住人ですら顔を見たことはないので下の住人など住んでいるかすら分からなかった。今日初めて顔を見たのかもしれない。
一般的には退去の際の隣人よりも新居での隣人の挨拶が重要だと父から教わった。旧居で隣と前と下の住人用も用意していたが、そんなには要らなかったみたいだ。しかし、もう一つは渡してしまったので仕方ない。旧居で菓子折りを渡しても構わないが、それで怒ったり要らないと言ってくる人も少ないという。
結局旧居では、引っ越し準備で顔を合わせた下の住人と、大家に渡すことにした。
1度目の移動が終わり、鍵も開け1度目の搬入も終わり、休憩を取ることになった。コンビニ弁当を3人分奢り、新居の地べたで食べた。
引っ越しそばを食べながら、アイスなんか食べながら、近況報告と会社のこと、今年一年頑張って昇給があったことなど話した。
時刻も午後を回って、2度目の移動へ。
しかしながら渋滞ラッシュで移動時間が伸び、予定の夕食時間に間に合うか分からなくなってきた。父にはそのことを伝え、営業時間が過ぎてしまったら別の場所に変更することにしてくれた。
3度目の移動、旧居前。
母は新居で待機、荷物の運び入れをしているので父と2人で旧居の搬出作業、清掃をした。
床に何かをこぼしたであろうシミ。カーペットの下が畳だったことを初めて知る。生活してきた傷後が、荷物を避けた後に出てくる。
ここでちゃんと人が生きていたんだ。
そんなことを噛み締めながら、掃除機をかけていると運び出しが終わり、軽トラの荷台に全てが乗った。玄関まで掃除機をかけ、掃除機のバッテリーが後残り10を切った。そして、最後の10は今までの感謝を込めて。電池が0になった。掃除機が動かなくなった。これで終わったんだ、ここに住んでいた記憶が蘇った。色々あったけど、快適に過ごせた場所。10年分の部屋の匂いを吸って、お世話になりましたと、部屋の電気を消した。
新居2日目
昨日は夜遅くまでやっているファミレスで親孝行兼引っ越し手伝いの労いで奢った。
この日も公休で両親には申し訳ないが、遠いところから来てもらっているので午前中から出発することとなった。
この日は荷物の運び込み、家具の設置、配置など自分好みに決めながら、引っ越しありがとうの連絡を親に送ったり、転入届、役所手続き、運転免許関連、郵便局など、自転車であちこちに移動した。実家から持ってきた夏野菜を消費するために近くのスーパーで買い物したり、引っ越しの際いらないと思って捨てたものや新しく欲しいものなどを近くの大型ショッピングセンターに見に行ったりもした。
家のことは完全に初めての引っ越し、初めて自分で決めた新居。だから、自分でも部屋はこだわりたくて、配置、配色、レイアウトは頑張った。現在進行形でも少しの微調整をたまにしている。
3階の玄関先から見える空の景色と風当たりもここに住もうと決めた理由だ。
今日は晴れていて風も気持ちいい。肺いっぱいにこの街の空気を吸って自転車を漕いで移動した。
明日からはまたここから自転車で5分の職場に出勤だ。
出勤日が続き、また休みの日になった。たまたま日曜日休みをもらったので、近くの教会を探した。この日も晴れていて気温も高く午前中なのに汗が少し垂れるくらいだ。目的地の教会前に着くと、おじさんが立っていた。
長髪の年齢不詳の男性が止まったから戸惑ったのだろうか。少し小さな声で挨拶された。僕も初対面で動揺するような人間なので小声で挨拶した。
教会が初めてだと思われたのか、親切に隣の席に案内され、一つ一つ丁寧に教えてくれた。
寝不足もあって礼拝中は重い瞼に耐え兼ねながら説教を聞いた。礼拝が終わると、少し隣にいたおじさんと話した。1週間以内にここに引っ越したこと、今日がたまたま休みで教会に来れたこと、他の教会も気になっていること。
おじさんは教会のベテランで、重ねてありがとう、今日会えて嬉しいと言っていた。
僕もそんなに日曜は休めないから貴重な時間なのだ。一生会えないかもしれないおじさんだが、僕も会えて嬉しいと思った。
静かな時を過ごして教会を後にした。晴れた日の初めての街の空気を吸ってまた漕ぎ始めた。
夜、またこの街に戻り、少し遊びに来た。
仕事と生活リズム、性格からか、夜に活動的になることが多く、夜に街に出たくなった。
前住んでいたところでもよく水タバコ屋に行っていた。味もよくとても気に入っていた。
越してきたところで初めてのところで吸う。
ここも美味しかった。落ち着いた空間で夜カフェのような室内。とても自分好みだ。
時刻も遅く、平日だったので空いていた。
ゆっくりと煙の味を楽しんでいると、隣のお客さんが会話しているのが聞こえた。盗み聞きはよくないのは分かっているが、この辺で働いている不動産の人だと聞こえた。自分も最近引っ越しで不動産にお世話になったから少し耳が傾いてしまった。
内容は会社の人間関係や仕事の愚痴、不満などだったが、同じ職ではないが、社会人として、共感できる部分もあり、聞き続けてしまった。
仕事だけでなく、その二人組は結婚についても話していた。年齢も僕と割と近く、同等くらいの年齢で、もう結婚している同期がいるとかいないとかの話だった。僕もそんな同期や同年代がいるし、耳の痛い話だった。もう今年で24歳なのかと。若いというべきか、大人でもうそういうことを現実的に考えなければいけない年なのかと。
小学生の頃の理想の結婚年齢はあと5年で到達するのに、「結婚」の文字に近い存在は今現在いないのだぞと小学生の自分に知らせたい。
どこで間違えたとかも思わないし、仕事が忙しい割に出会いの場には積極的に参加しようとはしている。しかしながら客観的に見ると、恋愛、結婚に必死になっていそうでなんとも格好がつかない。今ではアプリは自然なことになりつつあるそうだが、なかなか縁に巡り会うまで時間がかかりそうだ。自分磨きが足りないのか、仕事柄出会いが少ないからか、忙しいからか、いろんなことを考えるが、うまくいったことがない。何人か会ってみたが、会うまでで終わってしまうことが多い。年24という数字に焦りつつあり、「結婚」が「仕事」「趣味」「友達」と同じくらい現実味を帯びていることに戸惑う自分がまだいる。
越してきた先の息抜きにきたはずが、現実を突きつけられ、予定通りにはいかなかったが、店員さんと引っ越したことやよく行く水タバコ屋などについて雑談して気持ちを紛らわした。
ここ最近で出会った人のことはまた別で書こうかと思う。
この町に越してきて、日はそんなに経っていないけれど、新しい環境、行ったことのない場所、普段職場近くで通るけど全ては知らない場所、初めて会う人、全部新鮮で、知らないことがたくさんだ。この町の新しい空気を吸うように、僕はこの町を吸う。こんな景色があったんだ。こんなこともできるんだ。こんな場所あるんだ。この辺はこういう人がいるんだ。そうやって環境や土地を知る。肌で感じて、鼻で感じて肺に入れる。自分の知識として吸ったらそれを吐き出して「使える」知恵にする。ここに職場がある僕にとってこの土地を知ることはとても関係のあることだ。これからもこの町を吸ってその味を好きになるのだろう。