🌏イカのゲームと現実社会

　今月も不定期連載コラム「結局国も人だから」を書く季節になりました。およそ3ヶ月に一回を目指しているので、書くたびに季節が移り変わってて感慨深いです。
　前回は↓こちら。SHOGUNやKATSEYEなどを題材にしてみました。SHOGUNは最近ゴールデングローブ賞も取りましたね！

　今回も引き続き、旬のエンタメを通して最近思うことを書いてみようと思います。

　タイトルでお分かりの通り、今回は『イカゲーム』について。年末シーズン2が公開され、シーズン3も今年中に出てそれで完結だそうで。見てない方にも分かるように、どうしてもシーズン1とこれを元にしたリアリティショー、『イカゲーム：ザ・チャレンジ』のネタバレをすることになりますので、見る予定がある方はぜひ見てからお読みください。

現実も結局デスゲーム

　3年前、イカゲームが配信されて世界で大流行しましたが、子どもの遊びで人が無惨に殺されていくデスゲームは「神様の言う通り」や「リアル鬼ごっこ」をはじめ、日本エンタメ界ではもうすっかり使い古されたネタだった。借金返済のために主人公が勝ち進んでいくのも「カイジ」を思わせる展開。きっと当時「なんで今更？日本のこれまでの作品と何が違ったんだ？」って考察記事がたくさん出たことでしょう(自分の言葉で書きたいので、今回はあえてあまりリサーチしないようにしました)。

　デザインの斬新さや予算など理由は多々あれど、決め手は現実に寄せた世界観と幅広い年齢層の登場人物かな、と。こういう系の日本コンテンツは少年／青年漫画原作が多いのもあって、主に若い男性が主人公、可愛いヒロインや魅力的な友人に支えられながらすごい能力や才能を発揮してゲームを勝ち進んでいく夢のある展開が多いけど、イカゲームの主人公は最初から最後までごく普通の中年男性だった。長年勤めた自動車会社から突然の解雇、ストライキで抵抗するも激しい警察の攻撃を受け、失業後はギャンブルに溺れてしまう。妻には離婚を言い渡され、娘にもろくに会えない。
　この主人公の過去も実際に起きた事件をモチーフにしているそうです。

３０人の命を失って…双龍自動車解雇者、９年ぶりに“再び工場へ”

　他の参加者たちもそれぞれ問題を抱えており、外国人労働者の不当な扱いや脱北斡旋業者の現実などなど、視聴者はデスゲームを通して現実の社会問題も直視することになっていく。
　そして欧米諸国の視聴者が特に衝撃だったのは、このゲームが金持ちが誰が生き残るか賭ける競馬のような娯楽だったと分かったところじゃないでしょうか。それ自体はありがち展開ですが、この金持ち連中がほぼ西洋人で、急に自分たちが知っている言語で話し始めるわけで。これまであまり気に留めたこともなかった東洋の小国の人々の生死を手に汗を握ってわーわー観戦していた自分もこの金持ちたちと同等では？と後から突きつけられるという。エグい。
　そういう意味でもイカゲームはゲーム自体は難しくもないし頭を使うものでもないので、カイジのような心理戦を期待すると拍子抜けするんですけど、リアルとファンタジーの塩梅がちょうど良いヒューマンドラマとして多くの人に受け入れやすかったんだろうなと思いました。

　エグいといえば兵役中の大麻吸引で逮捕されて大騒ぎになった元Big BangのT.O.P.が今シーズンでヤク中のラッパー役として出演してるのも勇気ある采配だと思いました。話題作りのためにここまでやるかと思ったけど、「死のうと思って漢江の橋の上まで行ったんだ。そしたらこのゲームの名刺をもらった。無宗教な俺だけど、神の啓示？生まれ変わるチャンスをもらった感じ。だから頑張って生きようと思った」って台詞が悪役なのにリアルと相まって響きました。これを言わせる／言うのって相当な覚悟が必要だったのでは。実際に未遂までしてますし。作中での彼のキャラはかなりクセがあるので、海外と韓国内で反応が二分してるようですが、今後の活動はどうなっていくんでしょう。
　個人的に思い入れがあるわけではないですが、大麻なら社会復帰のチャンスを与えてほしいと考える方です。性犯罪とかは一度でもあったら「ち○こもげろ二度と人前に顔見せんな」って思うけど、薬物は自分を傷つけてしまった方ですから…。

事実は小説よりも奇なり

　散々語ってきましたが、実はここからが本題。イカゲームを題材にした『イカゲーム:ザ・チャレンジ』というリアリティショーがあるのをご存知ですか？

　発表当初は「シーズン2じゃないのかよ！」って非難轟々だったこの作品、蓋を開けてみればドラマに負けず劣らず興味深かった。しかもイギリスのプロダクションが世界中から出場者を募って手がけてるのエグくないですか。作中のイカゲームの実態を知った上でこれかよ。出場者はもちろん皆イカゲームを視聴済なのでそれなりの対策はしてきてます。そういう意味でもドラマでは絶対見ることができない展開です。

　実は私は欧米のリアリティショーは作り物感(ヤラセ感)がすごくてあまり好きではないのですが、これは割と納得できるリアルさだった。個性の強い人々を詰め込んで特殊環境でストレスをかけると何が起こるのか。まさに社会心理学実験。逆に運営側が促してたらポリコレ的に大変なことになりそうなあんなことやこんなことも起こります。

　例えば、とあるトランス女性の参加者。「世のルールなどクソ喰らえ」というタイプで、初っ端から配膳の列に２回並んでしれっと弁当を2つ食べてたり、人に攻撃的な態度を取ったりと嫌われ者になることを恐れない。どうせ1人しか生き残らないのに友だち作りに来たわけじゃないというスタンス。やがてその態度にムカついた年配の女性と敵対し始める。
　また、とあるレズビアンの黒人女性は、日頃受けてきたあれこれから男性を目の敵にしており、男性がただわいわい集まって楽しそうにしているだけでもムカムカしてしょうがない。
　中でもドラマにちなんで깐부(ッカンブ=仲間、相棒)軍団を結成していた老齢のお医者さんとヤンキーっぽい若者。まさにドラマ内のギフンとイルナムのような微笑ましい関係性で、明らかに制作側のお気に入りだったけど(絵になるもんね)、彼女のターゲットになって脱落してしまいます。「テレビ的にどうとか関係ない。こちとら本気で大金取りに来てるんだから優勝候補は潰さなきゃ」ってスタンスが生々しくてドラマよりもドラマでした。
　また、中盤以降では、少数で不利な存在だから団結しようと「女性同盟」が結成。そんな中で自分と共に通過する人を1人だけ指名できる「仲良しゲーム」が行われる(指名された人がまた1人を指名する)。女性は女性を指名して全員通過させるべきという意見に対し、一部の女性が「性別関係なくこれまでのゲームを通して信頼を築いてきた人を指名したい」と男性を指名。同盟関係にヒビが入る。

　………と、これ以外にも色々あるんですけど、なんとも社会の縮図だよなぁと。特にいわゆるマイノリティと言われる人たちの攻撃性と歪み方が昨今のドラマでは演出できないほどリアルだと感じました。ドラマでやったら「偏見や差別を助長する」って苦情が出そうだけど、これは現に本人たちがやっちゃってるからね……。

　だからと言って「マイノリティはやはりルールを守らず攻撃的な人が多い」という話にはならない。一部の差別主義者はこういう一部の事例を見て「これだからトランスジェンダーは！女は！移民は！〇〇人は！」という短絡的な結論に結びつくからまた話がややこしくなってしまう。実際その人たちがそういう歪み方をしてしまったのも、日頃の差別や抑圧、疎外感や劣等感からなので、結局差別主義者が自ら自分が嫌いだと言い張るタイプの人間を作り出してることになるんですよね。属性が原因じゃないのに。

　ドラマのシーズン2ではリアリティショーから着想を得たのか、また違うタイプのトランス女性と年配の女性の組み合わせが見られます。(ちなみに母と息子の出場もリアリティショーの方が先)。こちらもまた変に脚色しすぎず、実際存在するタイプだよなぁと。この関係性の違いもリアリティショーの方を知ってるとより味わい深いです。

　また、個人的に興味深いなと思ったのは、結局他人を蹴落として大金を手にすることに意欲的だった人は脱落していき、TOP3は誰が勝っても納得できる、穏やかで人間力のある人たちだったこと。特に優勝者はたくさんの参加者と絆を築いて、私も一番人との接し方や物事の進め方、発言に共感していた人でした。

　でも皮肉なのは、この優勝者は過去に色々な苦労を乗り越えてきた人ではあるけど、今は裕福な地域に住み、愛するパートナーも子も孫もいる。安定した日常を過ごす中で、今の自分がどこまで行けるのか、可能性や刺激を求めて参加したのが動機で、賞金が必ずしも目的じゃなかった。こういう人が他の生活に困窮する候補者を抑えて優勝したのがなんともリアルだなと思いました。特にシーズン1の結末を知っている人にはすごく考えさせられる結果じゃないでしょうか。

　ちなみにこの番組が放送された直後、一部の参加者が制作会社を相手取って訴訟を起こしたという記事が出ていました。「寒いところで長時間待機させられた」というものでしたが、それが第1ゲーム「ダルマさんが転んだ」敗退者だけだったのが何とも言えない。控室で長時間待ったのに即死んで帰宅させられることになったのが不満だったので、賞金もらえないなら賠償金狙いで訴えてみようという心がけが何ともリアル。デスゲームじゃなく負けたら生きて帰れるシステムだったら確かにそうする人出てくるだろうな。イカゲームは本当にドラマの中でも外でも「人間の欲」を浮き彫りにしますね。ドキドキワクワクさせるエンタメ作品でありながら、鋭く現実を直視させる作品。

　私は冷たいと言われるかもだけど、自ら望んだ人たちはその人たちだけで残ってゲーム存続しても良いんじゃないかと思ってる方です。嫌だと言ってる人を巻き込まない仕組みにさえしてくれれば。だから悪役の言い分も分からなくもないので、シーズン3の主人公たちの結論がどこに行くのか非常に気になっています。こうして魅せられている私もまた「欲」に支配されているんでしょうね。

　それでは今回はこの辺で。次回書く頃はまたどんな世界になっているんでしょう。最近、世界史の話をしていないので、どんなテーマにするかまたその時考えたいと思います。