神様の初恋〜遠き冬の恋初め〜
「神様ー。そろそろ初詣の人たち来てるんで、スタンバイお願いしますよ」
『むぅ、眠い。あと五分……』
「そんな子供みたいなこと言わないで。ほら、行きますよ」
『仕方ないのう……』
この髪も肌も真っ白な美少女は、我が神社の神様。
僕以外の人の目に映ることは滅多に無いのだけど、僕は先祖代々の神主の血筋のおかげか、普通に見える。触れるのは難しいが、不可能ではない。
今を遡ること二十五年前。生まれて初めて、神秘的なオーラを放つ穢れなき少女の姿を目の当たりにしたとき、僕は一目で恋に落ちた。五歳の正月の頃だった。
――相手は神様だったので、その恋が実ることはなかった。……僕は、誰にも想いを明かさなかった。
今日は元旦。世間はどこも休みだが、神社にとっては書き入れ時だ。
ウチのような小さな神社でも、おみくじや御守りの授与は行っている。なにせ、貴重な収入源だ。こちらの重大事は、妻とアルバイトの巫女さんに担当してもらっている。
僕の主な役目は、参拝客の対応だ。希望者がいれば祈祷も行う。毎年この日は、気を引き締めるために装束を着て奉仕に臨むことにしている。
そして、何よりも欠かせないのが神様の存在だ。たとえ目には映らなくても、神様が本殿にいるかいないかによって、参拝客が授かるご利益も、祈祷の効果も段違いなのだ。(――それが、二束三文のお賽銭しか上げないような参拝客だったとしても。)
「あなた、そろそろ」
「ああ、今行くところだよ」
妻に声を掛けられたのは、神様の手を引いて控えの間を出るところだった。
「神様、本日はよろしくお願いいたします」
妻は僕の視線を見て、神様がいるとおぼしき所に向かって深々と礼をする。
すると、神様は眉間にシワを寄せ、つんと顔を背けた。
なぜか機嫌が悪いらしい。
「神様、なんて?」
問われて、僕は苦笑した。
「……うーん、ちょっと機嫌がよくないかも。授与所の方の準備を先にやっててくれるかい?」
「あら……、何かお気に召さないことでもあったかしら……?」
「まあ、よくあることだから、それほど気にしなくていいと思うよ」
そんなやりとりの後、僕は神様をなだめて一緒に本殿に向かった。
まだ朝も早い時分だが、ぽつぽつと参拝客の姿が見える。
元旦の初詣は、顔見知りのご近所さんが中心だ。とはいえその中にも、初々しいカップルの姿が見えることは特筆すべきかもしれない。
僕が父から引き継いだこの神社は、昔は特に目立ったご利益もない神社だったのだけど、十五年前――僕がまだ少年だった頃に、縁結びの神社としても知られるようになった。
どうも、神様がそういったご利益を与えるようになったのだそうだ。
僕が当時の学年一の美少女と結ばれることができたのも、そのご利益をこうむったおかげかもしれない。
神様の美しさには及ばないが、僕にはよくできた妻だと思う。
『ご利益をあげすぎたわい……』
「――え?」
『……』
……はて。
神様が何か言ったような気がしたが、僕の勘違いだったようだ。
†
「――じゃあ、よろしくお願いしますね」
『うむ。任せておれ』
坊は一礼をして本殿を出て行く。あの女子のおる授与所の方へ向かったようじゃ。
坊は体も心もりっぱに成長したが、気立てが素直なまま育ってくれて真に良かったと思う。にぶちんなところは相変わらずじゃが……
(わしの初恋の相手については、坊には絶対に秘密じゃな。神とはいえ、物事は上手く行かぬものじゃ……)
わしはやるせなさをこらえ、深々と溜め息を吐いた。
《終》