くさや

私が初めてくさやを食べたのは、19歳の時だ。

社会人になって、4ヶ月が経とうとしていた。ようやく職場の雰囲気にも、仕事にもなれてきた頃だ。

突然、他の部署のおじさんから、「外でくさや焼いてるから食いに来いよ」と声がかかった。大島出身の人が地元でくさやを40枚も買ってきて、それを外で焼き始めたらしい。どんな職場だ。

テレビで、くさやを罰ゲームとして食べていた事を思い出す。えー、まじっすか、物凄く臭いんでしょう?と言いつつ、興味本位でおじさんに着いて行き、外に出る。

そこでは、他の部署の先輩や調査員、合わせて10名ほどが、魚焼き用のグリルを囲んでいた。酒を飲み、くさやを食い、駄弁る。ちょっとした宴会かと錯覚してしまった。

着いてすぐに割り箸を渡され、おじさんが私の分のくさやを焼き始めた。「焼きたてが美味しいからね、大島にはくさや弁当があるんだよ」と、どうでも良い雑学を教えてくれる。隣では、手でくさやを食べた人が、「うぃ~」と他の人ににおいを付けようと手を伸ばす。小学生か。

無駄話をしている間に、私の分のくさやが焼き上がる。

「さ、食べてみ?」と、差し出され、物は試しだと箸を伸ばす。その時には、私も若干乗り気になっていた。臭いがうまいと言われる食べ物はどんなもんなんだ、と。

結果的に言うと、全然普通に食べられた。他の若いやつより食いっぷりが良いと言われるほどだった。
確かに、口に入れる前から獣臭がし、噛めば噛むほど強くなっていく。その日ニュースでやっていた、猿山の映像が脳裏に浮かぶほどだ。
だが、味は普通に魚の干物だった。脂が乗っていて、白米が欲しくなる味だ。

想像していたにおいと違うなぁと思いながらくさやを貪っていると、おじさんに、「無理ですぅ~」って言うと思ってた。と、心底驚かれた。

まだ仕事が残っていた事を思い出し、くさやを食べ終え、早々に席を外す。食堂では、先輩が手を洗い、髪ににおい付いてない?風呂入ったのになぁとぼやく。髪はヘアオイルの良い匂いがしたので、そんなににおいは付かないだろうと油断していた。

部屋に戻り、一応歯を磨き、風呂に入り夕飯を食べる。夕飯を食べるときにおじさんに言われた。「くさやを食べると、着てた服までくさやになる」と。

夕飯も食べ終え、もう寝るだけだ!となり、もう一度歯を磨こうと歯ブラシに手を伸ばす。いや、伸ばそうとし、着てた服までくさやになるという言葉を思い出す。もしや?と思い、歯ブラシのにおいを嗅いでみる。
元々、そろそろ掃除用にしようかなと思っていた歯ブラシだ。と自分に言い、そのままゴミ箱へ捨てた。

ベッド上り、いやいや、私の靴下より臭いものなんかないから。と、靴下を鼻に近付ける。微かに感じる。そいつのにおいを。そのまま、靴に手を伸ばす。
「靴までくさやっっ」一人の部屋で、その日最後の言葉を叫んだ。

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