【卒論ゼミ(7)】アクションリサーチとアクションインクワイアリー

第7回です。

前回は少し先走りが多くて、卒論が余計にややこしいものかのように思わせてしまったかもしれません。今回は、もう少しみなさんのプロポーザルの個別テーマに寄り添う形でやってみたいと思います。

前回の2つの報告は、ひとつがリーダーシップ論や組織論にかかわるもの、もうひとつがジェンダー論にかかわるものでした。リーダーシップ/組織論の方は、ご自身の部活動での経験を入り口に、よいリーダーシップとは、あるいは、強い組織とそうでない組織を分けるものは、という疑問に展開したものでした。ジェンダー論の方は、なぜジェンダー規範というのは簡単には変わらないのか、そしてそれをどうしたら変えていけるのか、という疑問でした。いずれもとても普遍的な問いだと思います。普遍的な問いだからこそ、では卒論では何を調査の対象にするのかが定めきれないというのが、両者に共通していたと思います。

どちらも、自身にとって価値のあるテーマという意味では合格しそうですが、実行可能な計画にはまだまだ遠いという感じがしました。ではそれぞれどういうふうに、実行計画が描けるところに近づいていくことができるでしょうか。しつこく「概念を使いこなそう」と言っておいてなんですが、ひとつのやり方は、本当に解きたい問題 、理論のコトバを使わずに問いを立ててみることです。それは「〇〇大学野球部はなぜ強いのか?」なのか、「私は△△の状況でどう振る舞うべきか?」なのか。どっちがしっくりくるでしょう?「あの人のツイートはどうしてどのくらい支持を得ているのか/いないのか」なのか、「私はどのメディアを通じて誰に対して何を発信するべきか」なのか。

なんとなく、いずれも後者(「私はどうすればいいのか」)に力点があるのではないかという感じがしました。これはなかなか難しい。現在進行形でどうしたらいいか、ということに関心がある場合、そのこと自体を調査対象にするのはまどろっこしくてやってられません。それに、望むべく未来のためにどう行動したらいいか、というのを実際に検証することはできません(未来は観察できないので)。そうなってくると、この「私はどうすればいいのか」自体は、研究の動機づけとして持っておいて、そこに教訓が引き出せるような既存の事例を調査する(他大学野球部とか有名人のツイートとか)か、実験形式でちょっと試してみる感じにするか、どっちかになりそうです。(実際そんな感じのプロポーザルを書いてくれたと思います。)

ただ、それも何だかつまらない話です。自らの「好きなこと」を探究してください、というのが私のゼミの大方針なので、そのものズバリ、「いまここ」にある関心事を卒論にできないものでしょうか? 過去の卒論でもいくつかあったのは、セルフエスノグラフィーというやり方です。エスノグラフィーという文化人類学を出自とする方法論を、自分を記述の対象として応用した方法です。(お手本は、たとえばこちら。http://www.koyoshobo.co.jp/book/b602548.html)

もうひとつは、アクションリサーチという方法(https://www.amazon.co.jp/アクションリサーチ―実践する人間科学-矢守-克也/dp/4788512033)。現実を改善していくためのアクションを研究者自身がしながら、そのプロセス自体を分析の対象にするものです。(私自身も最近は自分をアクションリサーチャーだと名乗っています。)例えば、教育学の分野では、先生自身が自らが教室で行なっている実践を研究対象にする場合などに使われています。こちらはいままで卒論生にオススメしたことはありません(私自身がうまくできている自信がないので…)が、何だかもしかしたら思い切ってやってみてもらうと面白い気がしてきました。

そもそも社会変革 (social change) といわれるようなものを対象にした学問は、しっかり仮説検証ができているのか「怪しい」と感じられるようなものが多かったりします(私はそういうの好きなのですが)。実践にとても近いところにある学問なので、大学の先生がコンサルタントのように企業などと協働している内に理論化されていく、という形式を取ることが多いようです(まさにアクションリサーチなのです)。サーバントリーダーシップとか、シンクロニシティとか、U理論とか、ティール組織とか、最近のリーダーシップ論や組織論にもそういうのがとても多いです。

そのなかで、みなさんがこれから大学を卒業した後も、もしかしたら役に立つのではないかと思うものをひとつご紹介します。行動探究 (Action Inquiry) という考え方です(https://www.amazon.co.jp/行動探求――個人・チーム・組織の変容をもたらすリーダーシップ-ビル-トルバート/dp/4862762131)。Inquiryは調査と訳したりもするので、アクションリサーチと似たような表現ですが、研究方法ではありません。ある個人がリーダーとして成長していくプロセスについての理論です。リーダーとしてアクションを繰り返すなかで、段々と成熟したアプローチを取れるようになっていく。それを何段階かのステップでモデル化しています。「よいリーダーになりたい」というのは、多くの人が望むことでしょう。でも一足飛びにスーパーなリーダーにはなれないよ、ということです。他方で、リーダーシップというのはその人の特性なのではなく、スキルとして徐々に身につけ、高めていくことができるものだ、ということでもあります。

実は、今回のプロポーザルの共通関心だった(と私が感じた)「私は、私が望む未来を出現させるために、他者に対してどのように働きかけるべきか」という問いは、私自身が日々実践しながら探究していることでもあります。(その答えは「『私、私』と言っていてはダメよ」ということだったりするので、難しいものです…)うまくできるようになってきたかな?と思ったら、また新たな壁に突き当たる。その繰り返しなので、要は結論なんて出ないのですね。それに、社会を変える実践というのは、実は自分を変えることでもあります。他者と出会い、その人の望む未来が何なのかにも、思いを馳せざるを得ないのです。(こちらの本でも、社会を変えるのは対話だ、といっています。https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000210654)

こうしてnoteを書きはじめたことも、「みなさんがよりよい卒論をよりよい心持ちで書く」という未来を出現させるための試行錯誤の一環です。「よりよい心持ちで」ということが、出現させたい未来の大事な一部なのだということも、ゼミとnoteを通じた対話のおかげで、たった今言語化されたことです。みなさんが何を感じながら卒論プロポーザルの作成に取り組んでいるのかに、もっと耳を傾けていきたいと思いました。

今回は、「私はどうしたらいいか?」を卒論にできるかどうか、という話でした。実際そういう動機づけではじまる卒論は多いので、先輩たちの卒論をもう一度読んでみるのもいいかもしれません。一方で、過去にどの先輩もやったことのない方法として、アクションリサーチというのもあるよ、ということをご紹介しました。アクションを通じて学ぶ、というのは、実は誰もが日々やっていることです(アクションインクワイアリーです)。つまりは仮説検証をいつも繰り返しているわけです。卒論もその一部なので、失敗を恐れないチャレンジをたくさんやってくださいね。

次回は、もう少し実際的なテーマ(例えば先行研究レビューのやり方、とか)でやってみたいと思います。

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