100km!日帰り釜山旅行で帰りのチケットを買えなかった話
韓国に留学に来てはや6日。
はじめての土日、せっかくならどこか日帰り旅行がしたいなと思っていた私は大学の友達におすすめスポットを聞いた。
自分の留学先である普州からバスで1時間ほどの距離にある釜山は観光地として非常に良いらしい。
海に面したのこの地区のビーチや夜景、そしてショッピングも楽しいと。
土曜日は休みとジムと韓国でできた友人との遊びに費やし、その夜期待を胸に床に就いた。
穏やかな朝
生暖かい空気を体で重たく受け止めながら目を覚ました。
時刻は9:30。よく寝た。
韓国に来てからよく寝ている。
この時間ならゆっくり準備して11時くらいのバスに乗れたら最高だな。
そう思いながら、むくりと上体を起こしシャワーを浴びた。
今日もお気に入りのポマードを手に取り、髪の毛をがちがちに固めていく。
自分のスタイルは7:3スキンフェードだ。
坊主や胸まであるロン毛、マッシュ風などいろいろな髪形に挑戦したが今のスタイルが一番自分に合っている。
前髪がないのが一番のお気に入りポイントだ。
いつものモーニングルーティーンをこなし部屋を飛び出した。
とても足取りが軽い。
初めての海外一人旅行。
こういう経験を重ねることで自分は成長していくのだなあと心を躍らせながらバスセンターにたどり着いた。
韓国の高速バスは、バスセンターで座席してのチケットを購入しないとバスに乗ることができないようだ。
しかもチケットはスマホで予約するか、当日券売機で買うの二択ということで日本とシステムが違うのだなと思いながら11時初のチケットを購入することができた。
チケットに書いてある行き先とバスに書いてある韓国語を見る。バスに書いてある韓国語とチケットに書いてある行き先を見るのを繰り返し、隣のおばちゃんにもこれであってる?と聞き釜山行きのバスに乗り込むことができた。
初めての海外で舞い上がっているのだ。とにかく韓国語で話がしてみたい。
バスの横に座っているマッチョにもこれはどのくらいでつくん?と聞いてみた。
まあだいたい予想はついていたが1hourといわれ、ナイスなスマイルを添えたカムサハムニダをお見舞いした。
そして釜山西部にバスは到着。
沙上駅から第一目的地である西面へ向かった。
西面到着
西面はカフェ通りやアート通りが有名な観光地で、とにかく歩き回り通りのすべてを歩いてみた。
少し腹が減ったなあ。
せっかく行くなら有名な店がいいと思いgoogleで調べたところ、評価が高いクッパの店を発見!
めっちゃええやん!たべた!と思い、すぐさまそこに向かった。
店の名前は松亭3代クッパ。
韓国でもまあまあ有名店のようだ。
店内には韓国あるあるの取り放題キムチニンニク野菜コーナーがあり、キムチとニンニクと味噌を素早く確保した。
韓国のニンニクはうまい。少し辛い代わりに臭みが少ないのだ。
韓国に来て一週間でニンニクは2房分くらい食べたに違いない。
心なしか食後は口がもあもあしてコーヒーが飲みたくなるまでがセットだ。
ロッテモールを散策した後、広安里ビーチへ向かった。
広安里ビーチは、西面駅から20分ほど?のgeumnyeonsan station 金連山駅が最寄り駅である。
こんなに地下鉄から近くにビーチがあるのか?と思うくらいに近い。
めっちゃ行きやすい。自分は中国地方に住んでいるが最寄駅からこんなにもビーチが近くにあると海好きからはたまらない立地である。
そもそも韓国は交通網が発達している気がする。
大学近くに高速バスと特急電車があり、地下鉄が各所に張り巡らされている。
ビーチでは、カップルが写真を撮ったり家族が子どもの写真を撮っていたり、外国人が日焼けをしていたりと思い思いの楽しみ方をしており自分も写真を撮ることで自分の時間を大いに楽しんだ。
私はfujifilmのxe-4を使っており旅行に行くときは趣味程度の写真を撮って楽しませてもらっている。
なんだか上手にとれた気がするお気に入りの写真を見てほしい。
何度も言うがこれはなんだか上手にとれた気がする写真である。
カメラのいろはは分からないので勉強がいるなとも思いつつ、独学の方がかっこよくねという中ニ病のはざまを絶賛さまよっているさなかだ。
公安里ビーチは夜景が有名だそうだ。
しかし、現在の時刻は17:30。
まだまだ時間がありすぎるし、時間をつぶさねば。と思い、ビーチを散歩し奥の建物が多いエリアに向かうと、Millac The Marketというフードコートとアパレルショップが立ち並んでいる倉庫のような施設にたどり着いた。
そこで私は
黄金に輝く麦芽ジュース
を目にしたのだ。
すぐさま入店。
韓国は券売機を取り入れている店が多く、その店も券売機であったのだが買い方がよくわからなかった。
翻訳カメラで日本語に訳しながら手順を進めていってもよくわからない箇所が出てきてははじめからを繰り返した。
ちょうど3回目の時にあきらめて、店員さんに質問した。
日本語で会話してくれた店員さん。
千葉に11年ほど住んでいたようだ。
少し雑談をしながら、日本語で会話できることのありがたさをかみしめ席に着いた。
頼んだのは藝術怪物(アートモンスター)という韓国のクラフトビール。
うまい!うますぎる!腹が減っていたのもありぐびぐびと飲み干してしまった。
日本語で話しかけてくれたお兄ちゃんのためにもお金を払いたいと思い、すぐさまポテトと二杯目を注文した。
時刻は19:00。
少し暗くなってきた。
そろそろ頃合いだろう。
外に出てみると夜の雰囲気が出てきていた。
読みは完全に当たり、橋もライトアップされてきた。
ええやんええやん!
美しい夜景は旅の締めにふさわしい。
そう思っていたのは束の間で、突然の尿意に襲われた。
トイレに行きたい!!!!!
韓国ってトイレあんまないなとは思っていたが、本当にない。
ビールの二杯飲んだ後の尿意の恐ろしさは誰しもがわかることだろう。
正直夜景なんてどうでもよくなってしまった。適当に一枚写真を撮り、小走りでコンビニに向かった。
トイレないやん!
韓国のコンビニにトイレはないのである。
グーグルで調べたところ、地下鉄とデパートくらいしかトイレはないらしい。
マジで漏れそうな中地下鉄まで15分間無心で歩き続けた。
マップで近くに別の駅があったので先にそっちによったがバス停であったことが一番この旅行でむかついたことであるのを覚えている。
紛らわしいことすな!
何度も路地裏でしてやろうかという悪魔にささやかれたが、侍の国日本を誇る私の膀胱は耐え忍ぶことに慣れている。
侍魂で地下鉄のトイレにたどり着き、放尿。
天国とはまさにこのことかと伝えたい。
伝わってほしいこの気持ち。
時刻は20時。
そろそろ帰ってもいいだろう。
金連山駅からバスセンターまでは、30分ほど。
終バスは、21時,21時30分くらいなので20:30に着けばちょうどいいだろうと思い、地下鉄に乗ろうと決心した。
旅のテンションもあり、多分あっていそうだが近くにいた現地人に声をかける。
高校生くらいの女の子2人組だった。
ノリ良く返事を返してくれた。
途中からは英語で話をして高校一年生だと分かった。
帰りの30分ほどは高校の話や日本に興味があること、趣味などたわいもない話をして楽しい時間を過ごした。
ああ。
一人旅って初めてやけどめっちゃええやん。
自分も他国で一人旅ができるほど成長したなあと、気分は絶頂であった。
帰りのバスセンターにつき券売機の前に立った。
ここからが事件の始まりである。
券売機には行きよりも多くの都市名が書いており、受付で買えばいいかあと思い受付に向かう。
「あの、すみません。普州行きのチケットを買いたいんですけど?」
「はい。売り切れですね。」
????????????
考えてもいなかったが、週末日曜日の終バスに乗れるはずがない。
韓国がスマホで予約ができる券売システムだったことを思い出した。
え。
地元だったら友達やタクシーを呼べばいい。
土地勘があれば歩いて帰るのもまあありだろう。
ここは韓国ぞ?
高速バスで1時間かけてたどり着いた街からどうやって帰れと?
日本でもなかなかにだるい状況だが調べればどうにかなるだろう。
めんどくさいなあと余力を残しつつ、調べようとしたときに気が付いた。
スマホの充電が10%であることに。
やばいやばいやばい。
帰り方もわからん上に調べるのもできんならどうすればいいのかわからなすぎる問題である。
しかも時刻は20:30。
田舎であれば最後のバスであってもおかしくない時間である。
残り少ない充電を何とか抑えつつグーグルマップで帰路を探した。
全く出てこないのである。
韓国ではグーグルマップではなく、NAVERマップを使えと韓国に行った友人に口酸っぱく言われていた。
しかし、グーグルマップで困ることはなく生活できていたためにNAVERを一度も使ったことがなかったのだ。
NAVERの使い方を調べながら帰路を探す。
充電は残り8%。
決死の思いで調べだした帰路は、ローカルバスで30分を二回乗った後、電車に50分乗れば最寄り駅まで帰れるというものだった。
正直絶望した。
バスの乗り方もわからん上にマジで地元民が乗るようなバス停。
帰りの駅に関しては読み方さえ分からない。
しかし、窮地に立たされた人間がすることはただ一つ。
脚を動かすことであった。
充電は6%。
第一関門であるバス停を目指す、目印は大きな自然公園の前にあることと乗るバスの番号が123番であることの二つだった。
充電を減らさないように曲がり角にたどり着いた時だけマップをチラ見した。
ようやくバス停を見つけた!
しかし、バスが遠くからきている!
渾身の走りを見せ、小学生かのごとく手を天高く上げバスを止めた。
バスに乗った後気づいたのだが、韓国では乗るというアクションをバス停で見せなければバスは止まらない。
ここで大きく手を挙げた自分を大きく褒めてあげたい気分だ。
バスに乗り込んだが、どうすればいいのかわからない。
スイカをタッチするような何かが必要なのか?と思いながら座席に向かうと運転手のおっちゃんが何か叫んでいた。
正直何言ってるか全然わからん。
でもたぶんスイカ的な何かがあるのだろう。
座っていたお姉さんがここにタッチしろというジェスチャーをしてくれたおかげで無賃乗車をせずに済み、小さなピンチを潜り抜けることができた。
時刻は21:10。充電は5%。
マップでは30バス停後22:00の何とか病院で降りろと書いてある。
アナウンスも電光掲示板も時間もわからずに何っとか病院を待つ感情は、さながらテストの前に問題が配られる直前の待ち時間のような気持と似ていた。
なんならバスの降り方もわからないのでずっと観察していたが、帰りのスイカ的なものをタッチするおばちゃんとタッチしない若者の2パターンがあり非常に困惑した。
時刻は21:55。スマホの充電は4%。
何とか病院とアナウンスが流れた。
絶対にここだ!
病院って韓国語と日本語が似ていて本当に助かった。
あれは確かに病院と言っていた。
そう聞こえるくらい限界だったのかもしれない。
おばちゃんが降りるためにボタンを押してくれたおかげで自分はただ流れに乗って降りるだけであった。
感謝の気持ちも込めてスイカ的なカードをピッとタッチし、何とか病院で降りた。
ここからが第二関門であった。
第二関門は正直第一関門に比べればイージーなものだ。
何とか病院から140番のバスに乗り、進永駅という場所で降りればよいだけの話だ。
先ほどバスのルールを覚えた私には楽勝すぎる試合である。
なかなか来ない140番のバスをドキドキしながら待ち、ついにバスに乗ることに成功した。
不運なことに140番のバスは、旧型モデルのような古さがあり電光掲示板はバス内にはなかったのだ。
時刻は22:20。スマホの充電は2%。
不安と焦りがピークに達した私はたまらず、わずかに覚えた韓国語を振り絞り前の席のお姉さんに質問した。
「すみません?進永駅までどのくらいかかりますか?」
お姉さんは、
「ごめん。韓国人じゃないんだ
でも駅まではあと10分よ。」と。
女神とはまさにこのことである。
聞くとロシア人である彼女は救世主であった。
残りわずかな充電であるにもかかわらずこの感謝を伝えるために、「ロシア語 ありがとう」と調べた。
スパシーバ。駅に着いたときにわざわざ彼女の肩をたたき、満面の笑みでスパシーバをお見舞いした。
このロシア語だけは絶対に忘れることはないだろう。
お姉さんも「ダダダ」と言っていた。たぶんOKみたいな意味だろう。
しらべるまでもない。
心と心で会話すれば、言語の壁などすぐに飛び越えることができるのだ。
進永駅に着いた私は、帰りの電車を駅員に尋ねた。
時刻は22:50。充電は1%。
23:24に普州駅行きの電車が出発するからここで買えと。
本当に安心した。
30分ほど何もない待合所で時間をつぶしたが、激動の3時間に比べればまったくもって余裕すぎる時間であった。
眠らないように注意だけして、電車に乗り込んだ。
電車はKTXという電車の中でも指定席のようなエリアであった。
韓国の電車のルールは正直よくわからなかった。
行きも帰りも改札がないので、どうしてるのかいまいちわからなかったが帰れたからそれでよかった。
本当に良かった。
最寄り駅につき、外に出た瞬間ルフィのように両手を上げてしまった。
今考えると恥ずかしいが、たまらなくうれしかった。
宿舎は最寄駅から徒歩2kmであったが、ここまでの道のりの遠さを考えるとなんてことない距離だった。
家につき、真っ先にシャワーを浴び泥のように寝たのだった。
私は本来、下調べをえぐいくらいするタイプなのだが、用意周到の裏にはどれも想定内であるという面白みのなさが控えている。
おいしい店に行けば計画通りだし、あまりいいと思えなければ計画が失敗したといえる。
これは、仕事であれば計画派がよしとされると思うが、旅行は事件性を持たせた方が楽しいし絶対に記憶に残る。
そんな話を友達としているときに思いついたのがこの釜山日帰り旅行であった。
よくよく考えるとノープラン派も帰りだけは絶対に考えるといっていたのを思い出し、肝心なところを忘れていたなと後悔した。
まとめ
私には憧れて真似したが失敗したことが2つある。
一つ目は、高校生の時教科書を読むだけで問題が解けるようになると行った友人の言葉を信じ、自分も真似したところ学年で200人中、下から20番目になってしまったこと。
二つ目は、旅行は計画を立てないのが楽しいじゃないかと勧めてきた後輩である。彼女も帰りだけは計画を立てる派であった。この一日が人生まれにみる経験となったとともに、旅行の帰路は前日までに決定しようと固く心に誓った出来事となった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?