修飾活動
最近流行りのフルウォッシャブルの新制服に身を通して棺桶から出る。棺桶というのはもちろんモノホンのそれではなく、正式名称は「対無差別中傷被弾軽減装置」と言うらしい。
人1人ぶんの真っ黒な箱を開けて中に入るとそこが4畳半のスペースとなっており、僕たちはそこで煮炊き寝泊まりする。
家を建てないのは白鉄砲どもの無差別中傷爆弾があるから。『下売は人に非ず』というのがスローガンらしい。馬鹿馬鹿し
今日も空は鈍色で空気は薄く足は重い。大きくそびえ立つスビル金属と燃果バルブでできた醜いタワーが揺れている。もうこんな景色とはお別れだと思うと少しすっきりした。
麓の修飾安定センター(通称:しょくあん)で受付を済ませて49層の自分の持ち場に付く。ここで1日中スビル金属を伸ばして、自分らしい"修飾"をする。
2時間ほど作業をしたところでいつもと同じように爆発音が聞こえた。小刻みに揺れているから近隣層か。ほどなくバラバラになった人間と金属の雨が降ってきた。顔がどう見ても喜色で塗れているのは作業からの解放か、それとも妨害工作へのザマーミロか。こういう爆発は多ければ多いほど自分の今日行う作業が捗るのでありがたい。
風が強くなってきたあたりでまず最初の巡視に装置を投げる。もちろん感覚など持ち合わせていないので気付かない。続いて目の前にある大きな芯にドリルを突き刺してそのまま回遊プラグを挿した。3時間もあれば十分か。
隣の奴が話しかけてきたのはそのあたりだった。
「暇かおまえ」
「まあそういうことになる」
「修飾形を崩すなんてどだい無理な話なのはわかってるだろ」
「だから別の方法を行っている」
男はため息をついてこのタワーの説明を始めた。作業意欲を失くした新人か何かと間違えられたのだろうか。誠に遺憾の意。
ほとんどが知っている内容だった上に途中途中で無駄な行動は止めておけとドリルを壊そうとするのでウザかった。所詮棺桶での生活に甘える奴ってわけか。そんなだから白鉄砲に舐められるんだろう。
腹が立ったのでそいつの主部[ミルクティー]を発破剤で吹っ飛ばした。奴の修飾部[タピオカが入った]は見事に粉砕された挙句、さらにその修飾部を作業していた
奴の修飾部[安っぽい]も落下していった。
「なんてことをするんだ、君はなんてことをするんだ、え」
ものすごい勢いで激昂する顔を見ながら、昔こんな調子で怒ってくる教師がいたなあと思い出した。数学だ。テストの点数が悪かったから職員室で怒鳴ってきた時の顔だ。余りにもうるさいので近くの窓を開けて建築現場の騒音と共に闘わせたっけ。
2回目の巡視が来た。さっきの巡視がばら撒いた装置は無事に機能しているらしくそいつは軌道がおかしかった。通常なら燃化バルブをもとにいつも通りのルートを辿るはずだった。が、激昂男の手からこぼれるバルブに引き寄せられもはや巡視としての役割を果たしていない。
男が巡視の移動に巻き込まれても特に自分には関係がないので放っておいた。結局数十分後に巡視を攻撃してそのまま落下していった。
やるべきことも特になくなったので居眠りでもしようと考えたのがまずかったのかもしれない。目が覚めるとドリルに作業を行なっている奴がいた。慌てて針状の低瓶球を投げたが、避けられた。
「主部はだいじ主部はだいじ」
どうやら数十年前の奴のようだった。もはや作業を行いすぎて肉体と思考を半分こしている。作業ほど虚しいものはないのに、思考すらこのタワーに献上するとはどういう神経をしているのか。
「主部をくぉあしてはいけますんしたらそれはそれはそれは」
「うあーうるせえ黙れ」
「反逆てきですむほんですいさぎよくしね」
セリフを言い終わらないうちに4段式の連続峰をぶつけてきた。旧制服を着ているものの赤帯の帽子を付けているあたり、元々は「修飾優秀」とかそういう肩書を持っていたんだろう。その程度の作業量をこなしていれば山岳派と手を組むのは容易かったはずだ。現に、この4段式連続峰は数々の下界駆逐器を量産してきた山岳派におけるTOP3の威力を持つ殺機である。
こんな所で肉味噌にされて嘲笑されるのはごめんなので、チェッカーツリーから双璧制限を解凍して半強制的に相手の述部[殺した]を削除した。
一瞬、赤帽子は動きを止めたが、数秒のうちに再び動き始めた。なるほど。山岳派と手を組んでるなら間違いなく最低スペックである百度羅列を使う。百度羅列が有効である限り、いくら術部が消されようとも修飾部で殺意を込める。楽に殺せればよかったがそう上手くはいかないか。
そこまで考えた時、不意に寒気がする。
百度羅列…?
「ボイルドアルファはチェッカーツリーの6代上位互換…」
急速に肉体の活動が縮小し始めたのがわかる。たぶん、[年老いた]だ。[心停止]は相討ちになるから。
膝が抜けたと思ったが左足をスビル金属で貫いていた。もしかして[認知性認知症]…!?
赤帽子がこっちにやってくる。
「少し前のかっこしてるだけでバカにし腐った態度が腹立つのうお前、くたばれ」
視力が奪われてそこで火が消えた。
とりあえず殺したけどすっかりドリルのせいで大元の主部が[壊れた][ボロボロの][古い]にされていた。誰かは知らないがとりあえずこいつだけは許したくなかったので、近くにあった残りカスである[ミルクティー]に圧着した。男の体が茶色い液体に変わりポタポタと皮膚が溶け始めた。
肉体と飲食物の融和性は低いと思いつつ、止まっているドリルに少しずつ逆通電させて、そして爆発させた。
いくら時間が経ったのかは知らないが、最上層にあった木造りの管理室がゆっくり落下していった。中にいる土管服の男たちが必死の形相で助かろうとしているのが滑稽だった。管理室が落ちたということは間も無くここも崩落するだろう。
それにしてもあの男はなんだったのか。胸に入っていた板鍵を見る限り棺桶で暮らす下売のようだったけど、今日のうちに文節の6割があいつのばら撒いた装置で破壊された。ただ者じゃあここまで大掛かりなことはできるはずがない。山岳派の輩と組んでいたらもう少し組織的に妨害作業をするはずだ。
だがあのチェッカーツリー、あれは山岳派が転売している思考判断除去装置と同じ物。山岳派が元々転売していたものを安価で手に入れられる手段など無い。ならばどう説明をつけるべきか。
一通り考えたもののどれもしっくりこなかったし、タワーが崩落して公務員が慌てふためく姿を見たかったので破砕流の上でゆっくりとこの祝福を眺めることにした。下界は今日も、まだ平和を享受している。
この文章はフィクションです