きなこ水軍曹
🎩
「…当然、隊列を崩すことなどあってはならない。そのようなことがあると、どうなるか君たちはよく知っているはずであろう。では、手筈通りに2時間後作戦開始。六芒星将軍と我らに光あれ。解散。」
ひと通り喋り終わった後の空虚な高揚感はいつも自分を少しだけ満足させる。頬に張り付いた粘り蚊を捻り潰して宿舎へ。一旦上部からの情報を確認するために自室に戻ろうとしたところでハリガネと出会った。
「何やってんのす」「え、まあちょいと」
壁に穴を開けているあたり、また新しいトンネルを作っているのかと推測。
「何本目それで」「えと、まあチの字くらいは」
もはや暇潰しが本業のように感じられるほどの仕事ぶり。がここで褒めると付け上がるので釘を刺しその場を去った。
部屋に戻ったが、連絡箱に新しい布がついていなかったのでいつもの書類裁きに戻る。"この軍部における士気の云々"、"樹状開花弾の殺傷力試験"、"第三八回討議記録"。最近はゲリラとの戦闘に疲弊しているのか時間差縊死が多く、定期的に士気の低下が指摘されている。縊死したところで聖閥の輩が肉洗いをして復活させるのに。まあ肉洗いをしたところで戦闘能力は戻らないからある意味、戦線離脱にはなるが。
17週間前だろうか、六芒星将軍は偉大な将軍である、というのはタテマエではないのか。
そういう噂が流れ始めた。
当然将軍は偉大である。自分は一度も目にしたことがないが、救世首さんが将軍に謁見した時の話ぶりからするに相当な才覚を持っているはずだ。そうでなければあの人は嘘を言ったことになる。
壁に目をやる。
顎から上が木っ端微塵で赤い粉が浮遊している、そんな写真が架かっている。言うまでもなく救世首さんである。笑った時に彼は顔が破裂する癖があったため、彼が笑っている写真は常に赤を基調としたものが多い。
この軍をもっと強くする、俗人どもを全員皆殺しにするほど強くさせる。そう豪語した彼は、私がこのポストに就く前日に亡くなったらしい。
「らしい」と言うのは上部からそう通達があっただけでそれ以外に何も情報が掴めなかったから。
ー 東の塹壕でバラバラになって見つかった。
ー 空襲と同時に仕掛けられた赤屏風攻撃で微塵にされた。
ー 将軍に恐れ多くも意見をして殺された。
どれも根拠のない川の藻のような噂話だったが、実際こんな状況に陥ってることが川の藻のように不安定だった。
ベルが鳴る。奥歯を噛んでスイッチを付け応答する。
「こんこん、軍曹」
「緋捻か。用件は何だ」
「本当にあの作戦で上手くいくと思っているんですか」
「またその話を。いい加減」
「いーえ、何度でも言いますよ。こんなクソみたいな匂いがぷんぷんと漂ってる怪しい作戦、罠としか思えません」
「将軍に歯向かう気か」
「そう言う意図はありません。が、周りから見ればそう捉えられても仕方がないかもしれませんがね」
「お前はゲリラを潰したいだけだろう」
「そういうわけではないですよ。でもこの作戦には賛同しかねます」
どうも頭がむずむずしてしょうがないので、部屋のブレーカーを落として終話した。
罠、か。
だからどうした、と言う他ないが。
🪡
先週から掘り続けてきた隧道(トンネルと言うらしいが横文字は好きじゃない)が1000本を過ぎ、そろそろ採掘ではなく拡幅に転じるべきか、といったところで召集がかかった。
吹き抜けというには大きすぎる空間に雑然と同僚が並んでいる。でぶの網谷を押し退けて長椅子に座る。網谷は抗議をする素振りも見せずに床に腰を下ろした。
「なあ、最近二項骨格にしてくれ、って言うやつが増えたんだ。どうしてみんな早死したがるんだ?」
「ん、知らんよ。アミの技術を頼ってくれてるんだから喜べばいいじゃんか」
「とはいえ自分のした事が結果的にそいつらの命を縮めているのって中々複雑な気持ちなんだぜ」
「ま、俺には関係ないけどね」
と言いつつ剥き出しのままの電装義足をぺたぺたと叩いた。
「ハリガネは良いよな、二項骨格にしなくてもその脚があるんだから」
「ふざけてんのか。好きで金物を肉体に刺してるわけじゃねんだぞ」
「あー配慮が無かったな、悪い」
「アミはすぐに謝れるからまだ性格は良いよな。うちの班でまともに謝罪できるやつ誰もいないし」
「こんな荒廃という2字がぴったり合うような場所にいたらそりゃ性格も荒むだろう」
「へ、それもそうか」
たわいも無い会話をしているうちにきなこ水軍曹が出てきた。起立、敬礼、着座。次の作戦が恐らく最後の戦闘になるであろうこと、あくまでも六芒星将軍の転戦行進であるという偽の目的を装うこと、そして相手を全て殲滅すること。
奮闘を促すようないつもの演説。口調は変わらないし、決まり文句である「奴らとは相容れない」というのを何度も使っているにも関わらず、段々と場が沸いてくる。なぜこう熱くなるのかは知らないが、軍曹の口調にはそう言う力がある。
ーき!な!こ!
ーき!な!こ!
気づくと喉も裂けんばかりと讃賞をしていた。もちろん周囲にいる奴ら全員と。
演説が終わり、解散命令が出たのでまた隧道掘りに勤しむ。拡幅しようとした本通りの隧道が思ったよりも魅力的に見えなかったのでもう1本隣に掘ってみる。
壁をぶち抜き、中に入っている金属の糸を抜き、そして的確に脆い部分だけを突き崩す。足音がするので振り返ると軍曹がいた。呆れたような感心したようなよくわからない顔をしている。二言三言ほど会話して軍曹は立ち去っていった。
再び壁の中に入り掘り進める。2時間もあれば少しは満足の行く隧道になるだろう。完成図を頭に浮かべ、それを飽きる事なく眺めながらもまた掘った。
不意に、水が湧いているところを見つけた。少しずつ、しかし着実に水がちょろちょろと足元を湿す。別段水が湧くのは珍しいことではない。広範にわたるデンキ衝立の攻撃が地面を腐しても、どういうわけか地下水が枯れることはないから。
むしろ水が出たおかげで掘りやすくなったと思い、手を差し込み、
いや、水じゃない。やけに感触が違う。少し粘りがあるこの液体は…遊早虫の体液…気持ち悪い。
弾薬の中を食い潰して敵陣の攻撃能力を壊滅的なものにさせるために帷子の奴らが作ったのがこの遊早虫。実際、無敗を誇っていた凸突班が全員死亡したのもこのムシに黒鉛を全て食われたことが原因だった。
あの後ムシを殲滅するために将軍が動いたとか動いてないとか。真実は定かではないが、その話を聞いた2週間後には遊早虫による被害報告が無くなっていたので信憑性は高い。
もう見かけることはないだろうと思っていたが意外なところでの発見となった。ただこれは親子の感動の再会でもなんでもなく、ただの敵との遭遇である。また知り合いが死ぬのはごめんだ。近くに転がっていた硬炭を右手で握ってそのまま液体が湧いているところへ押し込む。点火。
ばすんばすんと不景気な音を立てつつ液体が赤くなりそのまま蒸発した。あまりいい臭いではないが構わず燃やし尽くす。
そういえばこの隧道掘り始めから近かったけど、入り口のあそこまでこの臭いぶち撒けてるのかもしれない、と思うとにわかに笑いが顔に張り付いた。
🔥
どうせやることもないし人間洗浄室へ。グロテスクな見た目の機械に入りそのまま目を瞑った。いつも通り見当違いの方向に噴射される洗剤を体に擦り込み、ターレンベンモウの流れに身を任せる。正直、小さな生物に体を洗われるというのはあまり心落ち着くシチュエーションではない。こいつらは目の前に現れる「でかい何か」の汚れを食らえることができるのなら、性別や体つきなんて気にしないのだろうけど。逆にこいつらの体つきを定義するのならなんと言えば良いのだろう。ゴム刷毛?
昔読んだ「こどもひゃっかじてん」に載っていた「まるのみしょくしゅ」にもよく似ている気がする。実際あたしは機械の中に呑まれているからこの表現は案外に的を射ているのかしれない。
数十分後、これまたグロテスクな配管剥き出しの黒米茶サーバーの前でぼーっとしていると網谷が来た。
「またホネの仕事してたの?」
「ああ」
「グエー悪趣味。」
「でも、頼まれたから仕方ないだろ、お前だって軍曹から指令が降ったら嬉々としてゲリラを潰しに行くじゃねえか」
「そりゃ戦闘命令だからでしょ、話が違うじゃない」
これには応えず彼は黒米茶をペットボトルに注いだ。
「そういやあんたのホネいじりしたあとケガして帰ってきた長細いあいつってどうなってんの」
「死んだ」
「やっぱ強力なバフには対価があるのねー」
「だから嫌なんだよ骨格付けるの」
「じゃあ断ればいいのに」
「無駄、またすぐに懇願してくるからそうなったらやるしかない」
太いため息。一瞬頭を振ったかと思うとそのまま立ち上がり、
「お前も純粋な怒りだけ振りかざしていたらその内足元切られるぞ」
「余計なお世話ね」
そうか、と呟き彼は食堂に歩いて行った。
ひとり残った部屋でやけに配色が下手くそなポスターを見る。
"将軍は君たちの働きを見ている"
本当に見てくれているのかしらね。少なくともあたしの心までは知らないでしょうけど。
知能巡回に勘付かれると面倒なことになるのでこれ以上の不満はシャットアウトした。もうそろそろ出かける準備もしなければならない。
六芒星、不安定の象徴。いつ崩れるとも知れぬそれを必死になって死守するあたし達は結局なんなんだか。
壁に埋め込んだくすんだ茶色のロッカーから"赤胴着"を取り出してガッと羽織り、ぴったりとしたグローブもはめる。
準備、オーケー。
気分は良好。
「___、行きましょうか」
ぼそっと呟いたそのひと言は誰にも聞かれることなく無骨さ剥き出しの壁に吸い込まれてゆく。
きなこ水軍曹:えらい人。
ハリガネ:両足が電装義足、平たく言うと人間兵器
緋捻:かわいこちゃん。
網谷:早口のおでぶ
※この文章は架空です