DX戦略の要点と実践のための人材像とは
近年、多くの自治体が取り組みを始めているDX。デジタルを活用し、住民一人ひとりのニーズに寄り添った行政サービスの実現が急がれています。
今回は多くの民間企業や自治体へDX導入支援やコンサルティングを行っている、ビジネスイノベーションハブ株式会社の代表取締役、白井和康さんからお話を伺いました。
自治体DXの意義と推進のポイント
◆自治体DXのあるべき姿とは
DX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉は、スウェーデンのウメオ大学教授エリック・ストルターマン氏が2004年に提唱したことから広まりました。
この頃は「ITの浸透が人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」というマクロ経済的な視点でDXという言葉が使われていました。
2022年にはこの定義について「社会」「公共」「民間」という3つのカテゴリーに細分化されています。
この中で自治体DXにとって特にキーワードとなり得るのは「DXは既存の仕組みや手続きをより良くすることへの挑戦を促す」という点、そして「DXはトップマネジメントが主導して行うものでありながら、すべてのステークホルダーが変革に参加することを求められる」という点です。
ステークホルダーには、市民はもちろん地域の企業・教育機関なども含まれます。自治体DXでは、多くの人を巻き込みながら変革を進める視点も重要だと言えるでしょう。
総務省がまとめた自治体DX推進計画の中では、自治体DXの意義について以下の3つを掲げています。
つまり、「デジタルテクノロジーを活用した自治体サービス運営モデルを通じて、組織を変革し、地域社会・福祉・経済の改善を図ること」が自治体DXのあるべき姿なのです。
◆自治体DXを実現するために不可欠な「3段階のフィット」
自治体DXを実現するためには、以下3つの点についてフィットしているかどうかを考えながら進める必要があります。
1.課題とソリューションのフィット
まず、住民や地域の企業との対話・インタビュー・観察などを通じて、受益者のニーズや課題を明確にします。
そして見えてきたニーズや課題に対応するアイディアをまずは机上で考えます。
2.サービスと受益者のフィット
新たな自治体サービスのプロトタイプや試験導入を行うフェーズでは、前の段階で生まれた机上のアイディアを実際に試し、サービスが受益者のニーズを満たしたり、課題を解決したりできるものかどうかを検証していきます。
3.予算と成果のフィット
それぞれの自治体に割り当てられたDX関連の予算に沿って、自治体が目指すビジョンがどこまで実現できるのか、また成果はどれくらい出ているのかを最終的に検証します。
これら3つのフィットを意識することで、より実効性の高いDX推進が可能となります。
自治体DX実践のための人材像
◆DX人材のタイプと求められる「3つの目」
IPA(独立行政法人情報処理推進機構)は、DX推進において必要な人材を5つ定義しています。
中でも私が重要だと考えるのは、「ビジネスアーキテクト」および「デザイナー」です。
これらは既存事業の変革や新規事業の立ち上げにおいて、事業がうまく回る仕組みをデザインする人材であり、どのプロジェクトにも欠かせない存在です。
「ソフトウェアエンジニア」「データサイエンティスト」「サイバーセキュリティ」の3つももちろん大事ですが、この部分をサポートしてくれるテクノロジー企業は国内に多くあります。
ただ、「ビジネスアーキテクト」を代わりに担える存在はありません。
そのため多くの組織で「ビジネスアーキテクト」が不足しており、その育成がいま急務になっていると考えます。
また、「ビジネスアーキテクト」と「デザイナー」は3つの目を持つ必要があります。
1.魚の目
ズームアウトした視点で、自治体を取り巻く外部環境の流れを展望することです。
外部環境が変われば市民のニーズも大きく変わることから、自治体のサービス運営モデルも変化を求められます。
近年は世の中のトレンドが大きく変わる時代ですので、少なくとも1年に1回は外部環境の分析・アセスメントをすべきです。
2.鳥の目
現在そして未来の自治体サービス運営モデル全体を上空100メートルほどの視点からざっくりと見渡すイメージです。
それぞれが大まかにどう機能しているかを俯瞰する目であり、これは特に「ビジネスアーキテクト」に求められる視点です。
3.虫の目
観察やインタビューを通じて見えてきた、市民などの受益者のニーズや課題について考える際に細かなところまで詳細に見ることです。
これは特に「デザイナー」がサービスのあり方を決める際に重要となります。
これらの視点を意識することで、全体の流れを見ながらも住民のニーズに沿った自治体サービスが実現します。DXプロジェクトのコアメンバーは優先的に身につけるべきでしょう。
◆行政サービスとデザイン思考
サービス設計に必要な「デザイン思考」は課題解決のための一つのプロセスであり、スタンフォード大学ではその実践について「共感・問題定義・概念化・プロトタイプ・テスト」の5つのステップを提唱しています。
共感は「利用者に寄り添うこと」ですが、言葉で言うのは簡単でも実践するのは大変難しいものです。
マーケティング用語に「カスタマージャーニー」という言葉があり、顧客が商品やサービスを認知して購入に至るまでの流れを旅に見立てた考え方ですが、その中で重要なのは「顧客の靴を履くことである」と言われます。
自治体の職員の皆さんも同様に、住民の皆さんを職員の立場から見るのではなく、同じ靴を履いて一住民の目線で行政サービスを検討することが重要です。
そこから発見できる課題や生まれるアイディアを実現することが、サービスの向上につながります。
◆自治体の変革を推進するための4つのマインドセット
自治体がDXに限らず組織を変革させたいと考えるとき、必要となる4つのマインドがあります。
受益者中心:行政サービスのデザインを受益者の立場になって行う
アジャイル思考:プロジェクトを小さな単位に分割し、状況と成果を評価しながら柔軟性をもって進める
成果の共有:DXの成果を受益者に積極的に知らせる
テクノロジーの育成:実験と検証を通じてデジタルテクノロジーの活用領域を組織内で育てていく
近年は不確実性の時代と言われ、外部環境が変わっても数年前に作った計画と予算案のまま進める方法では通用しなくなりました。
環境の変化に柔軟に対応できるよう、小さな単位に分割して小回りの利く行政が求められています。
その中で重要なことは、成果を共有し行政の透明性を保つことです。
DXの取り組みの成果でうまくいったこと、うまくいかなかったことを受益者に共有しましょう。
場合によっては、自治体DXを受益者とともに進めていくことも重要です。
専門企業などにDX推進をすべてお任せするのではなく、自治体職員も一緒になって取り組まなければ、本当の意味でのDX化は実現しません。
人工知能へ徐々に正しいデータを与えて育てるプロセスが必要なように、自治体DXも徐々に実験と検証を繰り返しながら育てていくマインドセットが必要ではないでしょうか。
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今回お話しいただいた白井さんは、DX戦略やグランドデザインについてUdemyで講座を公開されています。
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