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#01 エストニア④ “負の歴史”に立ち向かうクリエイション
いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
最初の訪問先は、“世界最先端の電子国家”として発展を遂げたエストニア共和国。
旧ソ連時代の巨大な廃墟、日本人の設計による悲願の国立博物館……リサーチメンバーの視点から、この国を突き動かす原動力の正体に迫ります。
▶︎ 前編 ③ “仮想移民”とデザインが導く新たな展望
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「テクノロジー×街づくり」の歴史・文化的背景
“世界最先端の電子国家”の現状を通して、これからの「テクノロジー×街づくり」のヒントを探るフィールドリサーチの試み。しかし、現地で見えてきたのはテクノロジーの恩恵よりも、その発展の原動力となったこの土地の歴史・文化的な背景でした。
例えば、エストニアの観光資源として多くの観光客が訪れる世界遺産「タリン歴史地区」の旧市街は、古くはデンマークに始まり、スウェーデン、ドイツのハンザ同盟など、じつは諸外国の支配下で形作られたもの。また、旧市街を取り巻く現代の街並みは、旧ソ連時代の無機質な建物から建て替えが進み、より明るい印象へと塗り替えられつつあります。その一方で、バルト海沿岸には巨大な音楽ホール「リンナハル」の遺構が残され、NATO軍の上陸阻止拠点としての機能を併せ持ったイデオロギー建築としての姿をいまに留めていました。
バルト海を臨む立地に残された音楽ホール「リンナハル」の遺構。街から海に向かって広がる視界を遮るようにそびえ立つ巨大な姿は、旧ソ連による軍事的・精神的な支配の象徴でもある。
最も象徴的なのは、タリンから高速バスで約2時間半、同国第2の都市タルトゥに位置するエストニア国立博物館。展示のうち民族衣装や伝統建築などの大半は、ウラル系など他国由来の文化的特徴を持つ品々で占められています。その中で唯一とも呼べる彼らの民族的アイデンティティの拠り所が、独自の言語であるエストニア語の紹介コーナーでした。
なお、この建物は民族のアイデンティティを象徴する場所として、リーマンショックの余波で工事中止を余儀なくされながらも悲願を達成するべく2016年に完成。その10年前の06年に開催された国際コンペで、当時弱冠26歳だった日本人建築家の田根剛氏が設計プランを勝ち取ったことでも大きな注目を集めましたが、これもまた、新たな国づくりに向けて若い才能を積極的に起用していこうという姿勢の表れかもしれません。
1991年に再独立を果たしたばかりの、まだ“若い国”であるエストニア。テクノロジーを大胆に取り入れ、革新的な発展を遂げた一方で、石造りの旧市街をはじめ、テクノロジーとは真逆の印象を放つ街並みが残されているーー。その街づくりの背景には、この地に刻まれてきた記憶や人々の思いが、大きな影響を及ぼしているようです。
日本人建築家の田根剛氏の設計で2016年にオープンしたエストニア国立博物館。エストニアの伝統的な住居や民族衣装から、独自の言語であるエストニア語の方言話者の音声展示、独立運動の各種資料、「Skype」創業者が使っていたデスクチェアまでが展示されている。
リサーチメンバーの気づき:
スタートアップを取り巻くエコシステム
人口わずか130万人の小国でありながら、まさに「電子立国」と呼ぶべき発展を遂げたエストニア。その原動力の一つが、IT系スタートアップの興隆だ。その活況ぶりは、人口1人あたりの起業率で世界1、2位を争うまでに達している。
この起業ムーブメントを支える人々の言葉からは、自ら主体となって国の発展に貢献したいという確かな意志が感じられた。政府も彼らの力をうまく取り入れることによって、官民が相互に連携し合い、スタートアップの創出や異業種連携の土壌と呼ぶべきエコシステムが育まれている。意欲ある若者や自由なアイデアを柔軟に受け入れる仕組みが整えられ、海外からの参入を呼び込むとともに、イノベーションの速度をより一層加速させているのだ。
都市のサイズ感とライフスタイル
タリンという都市については、小さな街であることが人々のライフスタイルに良い影響を与えているようだ。業種や出身国を超えて多様な人々が集い、互いに交流しやすい環境と、足を伸ばせばすぐに自然と触れ合うことができる立地が、都市生活のさまざまなシーンにおいて良い効果を生み出している。スタートアップ企業のクリエイティブワーカーたちもまた、自らのライフスタイルとワークスタイルをほどよく調和させられる点に、この街に暮らす大きなメリットを見いだしていた。
テクノロジーの発展ばかりが着目される同国だが、その土壌となる“街のサイズ感”にも重要なヒントがありそうだ。
エストニアのアイデンティティとクリエイションの関係
1991年に再独立を果たしたばかりのエストニアだが、歴史を通じて他民族の支配を受け続けてきた経緯に加え、旧ソ連のイデオロギーやロシア化(ロシア文化との同化・融合政策)などの影響から、独自のアイデンティティの根幹となる歴史的・文化的な資源が乏しい状況が見えてきた。そのことに対する問題意識、自らの手で新たな文化を築いていこうという気運が、デジタルインフラをはじめとする彼らのクリエイションの原動力につながっているようだ。
一方、住環境や建築、交通機関などのデザインに目を向けると、しばしば模範としてフィンランドの名前が語られるように、北欧デザインに対する親和的な意識が感じられる。高緯度地域の自然環境をはじめとする国土的背景が、デザインやクリエイションに対する考え方に大きな影響を及ぼしているのだ。この環境という“変えることのできない与件”こそが、彼らが新たなアイデンティティを紡いでいくための出発点になるのかもしれない。
テクノロジーとの付き合い方
また、取材中でもSNS中毒などテクノロジーがもたらす弊害や、人と直接会ってコミュニケーションを取ること、森で過ごす時間の重要性など、人間性とテクノロジー、さらには自然環境との調和をどう図っていくべきかについての話題が多く聞かれた。エストニア人自身がテクノロジーをどのように捉え、使いこなしているかという意識的な側面についても、より深く掘り下げる必要があるだろう。
→ 次回 01 エストニア
⑤ “目に見えないインフラ”が変えたもの
リサーチメンバー
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
このプロジェクトについて
「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。
2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。
その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。