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#01 尾道編④ “観光で行く街”から“住みたい街”へ

風土の異なる3つの都市を訪れ、フィールドリサーチを通して街づくりの未来を探るプロジェクト。
広島県の尾道といえば、昭和レトロな情緒あふれる街並み、『東京物語』『時をかける少女』をはじめとした映画の聖地、絶景の島々を巡る「しまなみ海道」のサイクリングまで。この瀬戸内屈指の観光の街がいま、地域発信型の取り組みで、大きな注目を浴びています。
尾道に新たな人の流れを呼び込んだ複合施設「ONOMICHI U2」など、画期的な試みを打ち出してきた「ディスカバーリンクせとうち」。代表取締役の出原昌直さんは、県議会議員としての活動の中で、さらなる課題が見えてきたと語ります。尾道を本当に魅力ある街にするために。未来へ向けた決意が語られます。(インタビュー後編)
▶ 前編 ③ 地域への危機感がつなげた街づくりの輪
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ディスカバーリンクせとうち代表 出原昌直氏インタビュー(後編)

こうした取り組みの一方で、メディアの影響などもあるのでしょうか。よく「ONOMICHI U2」などを例に挙げて「尾道の街が変わるきっかけになった」とおっしゃる方がいますが、私は決してそうではないと思っています。というのも私たちの活動は、尾道の街で地道にがんばってきた方々に導かれ、支えられてきたからです。
建物の再生という点では、20年近くにわたって活動してきたNPO法人「尾道空き家再生プロジェクト」代表の豊田雅子さんの尽力が大きいですし、最近では若い移住者の方も増えてきて、商店街でも新しいお店が毎月のようにオープンしています。尾道空き家再生プロジェクトの副理事であり、尾道と福山で十数軒の飲食店を経営しながら地域活性化に取り組んでいる有限会社いっとくの山根浩揮さんからも「面白いことやっとるな。でもこっちも負けへんで〜!」と言われます。そうやって街に対する強い想いを持った人がたくさんいるということ、それがこの街の一番の活力になっている。鞆の浦でも感じることですが、自分たちの街に対するプライドがあって、フランチャイズ店を入れないことで昔ながらの街並みを守っている。だから尾道の商店街にはコンビニがないんです。地方の街がショッピングモールを誘致して利便性を上げてきた中で、その点は最も大きな違いといえるかもしれません。

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コンビニエンスストアやフランチャイズ店を入れないことで、昔ながらの街並みを守ってきた尾道の商店街。元・銭湯の空間で地場食材を味わえるカフェ「ゆーゆー」など、オリジナリティあふれる店や空間が人気を集めている。

一方でディスカバーリンクせとうちの活動についても、地元出身者を中心に、最近は県外からの参加も増えてきました。彼らに共通しているのは「街のために力になりたい」という想いを持っていること。街づくりというと社会貢献のイメージが強く、どうしても事業性に欠ける傾向がありましたが、街のためになるビジネスを立ち上げて、それが本当の意味で受け入れられたなら、事業として継続していくことができるはずです。規模は小さいながらも、街の人たちが手応えを感じてくれて、共感が広がっているからこそ、新たな意欲を持った人が集まってきてくれているのだと思います。

議員の活動から見えてきた、街の人々の“本当の声”

一方で私自身は、2015年に広島県議会議員として地元の福山市から出馬し、当選を果たしました。政治に興味があったわけではなく、地元地域の議員の方からお声がけをいただいたことがきっかけです。「ONOMICHI U2」を通じて尾道市や広島県などとも関わる機会が増えてきた中で、縦割り構造の行政に政治の側から関わることができたなら、調整役を果たせるかもしれないと考えたのです。
結果的にディスカバーリンクせとうちの事業と県議会議員の仕事は、いずれも街に関わるという意味で共通していると感じています。政治の側から物事を動かすという意味ではなく、あくまで行政の執行部に対して現場の問題を伝えやすくなったという話です。議員になる前は、県の課長や部長に会うだけでも一苦労でしたが、いまなら意見を直接伝えることができますから。

その反面で私の経験上、行政が街づくりにおいて新たな施策を打ち出したり、計画を主導することはほとんどありません。行政の立場としては、特定の地域や事業を支援するのは公平性を期す上でも難しいため、どうしても広く薄い施策になってしまう。だからこそ「ONOMICHI U2」のように、地域資源の活用は民間が主導して、その結果を受けて行政がさらに後押ししていくような構図を作っていくしかない。街の当事者である自分たち自身が「こうしたい」という想いで動いていくしかない、それが実状だと思います。

もう一つ、大きな気づきとしては、選挙の時に地元の街を1軒1軒訪ね歩いてみて、あらためて知らない場所が多いと感じたこと。さらに、なるべく多くの人に話を聞くことで、街の人が本当に求めていることは何なのかが見えてきました。例えば「新しい施設を作るよりも、近くの川底に溜まった土砂を取ってほしい」とか「お洒落な店よりも、近くにコインランドリーがほしい」など。街の人たち一人ひとりと話をしなければ、こうした声は決して聞こえてこなかったと思います。

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その視点からディスカバーリンクせとうちの活動を振り返ってみれば、もともとは「ONOMICHI U2」のような大きな施設をやろうと思っていたわけではなく、街に人を呼び込んだり、商店街の空き店舗を活用したりといった取り組みに力を注ごうと考えていました。それが、宿泊施設やレストランを運営するようになると、稼働率を上げて継続していくための取り組みに大きな力を割かねばならなくなってしまった。
もちろん、街のためにやる以上、10年、20年とその施設が残らないといけないという意味では、ある程度の規模で建築やデザインを打ち出す取り組みには大きな力がある。これは間違いないことです。でも街の人たちにしてみれば、「ONOMICHI U2」ができて、124年ぶりに尾道の新駅舎(ONOMICHI EKISHA)ができて商業施設が入り、運営元の常石グループは福山を拠点に富裕層向けのクルーズ客船「ガンツウ」や、水陸両用機による遊覧飛行も手がけている。そういう大きな資本の力を目の当たりにしたら、どうしても距離を感じてしまうはずですよね。

その点でも、いまはあらためて考えさせられることばかり。「尾道デニムプロジェクト」や「BETTER BICYCLES」に関しては商店街の空き物件に店を構えたこともあり、実際に街の人々にデニムを穿いてもらったり、「尾道の街に似合う自転車を作りたい」という想いを形で表現したりと、同じ目線でアプローチができた。でも「ONOMICHI SHARE」は、シェアオフィスとして街に根付く以前に地元でもまだ全然知られていません。「ONOMICHI U2」についても、やはり観光客向けの視点が大きかったと感じています。

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海に面した市の倉庫をリノベーションした「ONOMICHI SHARE」。シェアオフィス、サテライトオフィスとしての利用のほか、ワークショップや異業種交流会なども開催している。

誰よりも自分が「住みたい」と思える街にすること

こうした背景があって、ディスカバーリンクせとうちでは19年の4月に体制変更を実施しました。「ONOMICHI U2」などはツネイシのグループ会社に再統合し、現在の展開事業については、鞆の浦の鯛味噌専門店「鞆 肥後屋」、尾道では「ONOMICHI SHARE」「尾道デニムプロジェクト」「尾道自由大学」「伝統産業プロジェクト」「BETTER BICYCLES」と「繊維カンパニー」に集約しました。そうすることでもう一度、地元の人たちと同じ目線を忘れることなく、じっくりと取り組んでいこうとしています。
何故なら、観光客向けに施設を作ったところで、果たしてそれが本当に地元のためになるのかどうか。観光で訪れる人も、地元の人たちが楽しんでいる場所だからこそ、行きたいと思うわけでしょう。であれば、自分たちの住みたい街にしていくことが何よりも大切であり、それが結果的に外の人たちを惹き付けていけばいいと思うんです。

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今度、鞆の浦で新しくスタートする宿も、帰省した地元の人が自分で泊まりたいと思ったり、親戚を泊めてあげたいと思えるような場所にしたい。それには街の人たちの要望を聞き取りながら、「こういう宿を作りたい」という説明をして回る必要がありますが、最低でも2〜3カ月はかかります。でも、そこで初めて知ることがたくさんある。先日も「街の歴史を残したい」と格好いいことを言ったところで、「そんなことはええ、一人でも鞆の浦に住んでくれたら、それでええけ」って。そこには、少子高齢化で子どもの姿を見かけなくなり、若い人たちが街を出て行くのを止められない現実があるわけです。
この間、数十年ぶりに会った知人に「東京で暮らすのは大変だろう」と言ったら、「むしろ東京のほうが商店街に活気があって、田舎の風情が残っていていい」と、ハッとさせられるような返事が返ってきた。それに加えて、東京に人が集まっているのは、そこが便利で住みやすいからですよね。であれば、若者や県外に出た人に「こっちの方がいいよ」と言えるような確固たるものがなければ、この流れは止められない。だからこそ、“観光で行く街”ではなく“住みたい街”にするために何ができるのかを、みんなで考えていく必要があるわけです。

でも、街を変えるには相当な年月がかかるんです。ディスカバーリンクせとうちにしても、立ち上げからまだ8年たらずで、「こうすればうまくいく」という答えはまだ誰にもわからない。ただ、考え方一つにしても、まだまだできることはたくさんある。例えば、街の人たちと話をする際、これまではスーツ姿だったけれど、逆に気さくな格好のほうが親近感を感じてくれるかもしれない……とかね。
目線の問題でもありますが、街に想いを寄せるのは、自分の親を想うのに近いものがある。だからこそ、一人ひとりとちゃんと向き合っていくことが、これからは何よりも大切だと考えています。

→ 次回  尾道編
⑤ “スローな街づくり”で育む地方都市の未来
 


リサーチメンバー (取材日:2019年9月21〜22日)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
ヤギワタル


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2019年度は、前年度から続く「Field Research(フィールドリサーチ)」の精度をさらに高めつつ、国内の事例にフォーカス。
訪問先は、昔ながらの観光地から次なる飛躍へと向かう広島県の尾道、地域課題を前に新たなムーブメントを育む山梨、そして、成熟を遂げた商業エリアとして未来像が問われる東京の原宿です。

その場所ごとの環境や文化、人々の気質、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。特性や立地条件の異なる3つの都市を訪れ、さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、「個性豊かな地域社会と街づくりの関係」のヒントを探っていきます。

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