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#03 徳島県神山町⑦ 「アート×街づくり」で導く日本の未来

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
エストニア、デンマークに続く第3の訪問先は、国内外から移住者が相次ぐ徳島県の神山町。
アートプロジェクトから始まった、小さな山里の驚くべき変化。そこから学ぶべきものとは果たして何か?
リサーチメンバーの視点から、これからの日本に必要な「アート×街づくり」の展望を考えていきます。
▶前編 ⑥ “何もないから面白い”というアートな発想
▶「Field Research」記事一覧へ

徳島県神山町でのフィールドリサーチを振り返って:

アートを取り巻く「人のつながり」

神山町におけるアートのあり方を見ていくと、多くの地方芸術祭のようにアートを集客や観光促進などの地域振興に結び付けることが目的なのではなく、海外をはじめとする外部の人々との交流が目的であることがわかってきた。
そして、まずアーティストやその家族の移住、続いてアートをきっかけに神山を訪れた人たちの移住が進み、この土地特有の魅力を持つ住民と、アートをはじめとする創造性を持った移住者との交流によって独自のコミュニティが形成され、この町ならではの特徴的な気運を醸成していた。
つまり、このプロセスに大きな効果をもたらしたのは“アートそのもの”よりも、アートやアーティストをきっかけに育まれてきた人々のつながりだったのである。

ではなぜ、神山町でこのようなポジティブな変化が起こり得たのか。
四国八十八箇所と呼ばれるお遍路の札所の中でもとくに難所とされ、「お遍路転がし」と呼ばれるほど険しい山道が続くこの一帯では、その土地柄から外部からの人々を手厚くもてなす土壌が根付いていた。アーティスト・イン・レジデンスなどの実施に先駆けて、外国から訪れたALT(語学指導助手)のホームステイを受け入れたことにも、その一端が覗える。そしてその土壌が、異質な存在や新たな価値観を柔軟に受け入れる住民たちの振る舞いにつながり、外部から訪れた人々が居心地の良さを感じるような地域性を育んできた。

加えて重要だったのが、適度な町のサイズ感。一人ひとりの顔が見える環境でありながら、個人のテリトリーをしっかりと確保できる、程よい距離感が保たれていること。この状況が、心地よいつながりを促進しつつ、個としても存分にクリエイティブな活動を実現することを可能にした。
こうした背景があればこそ、この町はアートの持つ力を即物的に捉えることなく、地域の風土や歴史を活かしながら新たな人と人のつながりを生み出す媒体として、柔軟に機能させることに成功したのだと思われる。

「余白」がもたらす創造性と持続性

また、神山町において特徴的だったのが、さまざまな“余白”の存在である。
かつて人形浄瑠璃の芝居小屋として建てられた「劇場寄井座」(記事②参照)は、いまでは誰でも自由に使えるクリエイティブスペースとなり、“町の余白”として機能していた。アーティストの創造活動を支える場であるともに、人々が“町の消費者”から“町の参加者”になることのできる空間でもあった。用途が決められた一義的な場所ではなく、さまざまな使われ方へ多義的に移ろい続ける点でも、サステイナブルに機能し続ける場ということができるだろう。
また、豊かな自然環境や町の人々の気質からか、町全体に流れる時間のスピードも緩やかに感じられ、自然の中でふと物思いに耽る時間も十分にあり、この土地に暮らす人それぞれが自分だけの時間的な余白を持っているようにも感じられた。

こうした余白には、人間の創造性を受け入れる器としての役割と、使い方次第でどんな形にも変化することで、柔軟かつ変化し続ける意識を育んでいく機能がある。“何もない”という言葉に象徴されるように、一見して機能がないと思われる場を豊富に湛えた状況が、逆説的に町の人々の自由な創造性と変化し続ける持続性に結び付いていった。
このように引き算のような足し算、または掛け算にもなる要素として町の中の余白をとらえるなら、それは高密度な都心部においても新たな価値を生み出す場所として機能していくはずだ。

「劇場寄井座」の天井を埋め尽くす広告看板は、この場所を支え、シェアしてきた人々の愛着の証でもある。

持ち山である通称「オニヴァ山」で、サウナの建設に取り組む齊藤郁子さん。町の人々の協力を得て密生した杉の放置林を切り開き、切り出した木を薪として利用するなど、自身の楽しみが地域全体の未来を考える取り組みにつながっている。

シェアリングとコミュニティの関係

神山町では、外から来た人へモノ・知識・人脈を惜しみなくシェアしていく精神が根付いていた。そして、シェアをきっかけにして住民と外から来た人々がつながり、移住しやすい環境を支えるコミュニティが培われていた。
この土地では農作業を中心に、行動や労力をシェアする「手間替え」の習慣が昔から行われてきたという。都市部のように他人の行為をお金で買うのではなく、対価として自らの行為を提供する。そのなかで自らも学びを得ることで、他人の存在や行為を“自分事”として受け入れ、ともに創意工夫を深めていく。そうやって助け合い、支え合いながら、楽しく生きていく術を昔から実践してきたのだ。
街づくりにおいても、体験や場所を共有することをきっかけとして人と人のつながりを創出し、さらには他の人のアクションから学びを得られるような環境づくりが重要かもしれない。
この「手間替え」の習慣は、結び付きを意味する「結(ゆい)」という言葉で言い換えることができるという。シェアすることと、人とつながること。両者は深く関係しているのだ。

移住者夫妻が営む、オーガニック食材にこだわったピザ店「Yusan Pizza」。小高い山の上という立地ながら、その活動を見守ってきた人々からの支持も高く、ランチは予約必須という盛況ぶりを誇っている。

「カフェ オニヴァ」の別棟は民泊施設として「Airbnb(エアビーアンドビー)」に登録されており、国内外から宿泊者を受け入れている。ゲストとして訪れ、この土地の暮らしを肌で感じるうちに、いつしか神山町に心惹かれていった人も少なくない。

気づきを生み出すアートの力

街は多様な構成要素から成り立つ生態系である。テクノロジーによって都市の生態把握が進み、どれだけ合理性や快適性を高めたとしても、その先の豊かな街の未来を切り拓くには、そこに住まう人間自身の創造性が間違いなく必要になるだろう。未曾有のスピードで技術革新が進むいまの時代だからこそ、創造性の産物であるアートと街づくりは、より深く向き合う必要があるのかもしれない。

アメリカ出身の建築家/アーティスト、クウィン・ヴァンツー氏による、日本家屋特有の社交空間である縁側にインスピレーションを得た作品『境界(内と外)』(2015年/撮影:小西敬三)。グリーンバレー事務局が入居する神山町農村環境改善センターの駐車場に常設展示されている。

アートは人々に気づきを与える。何かに駆られて創作する様子や、個人の強いメッセージが凝縮されたその作品を通して、人々は新たな視点や考え方を得ることができる。アートに触れることで、それまで目にしてきた世界の解像度がより鮮明になり、人生がさらに豊かになっていくのである。
そのようなアートの機能を街そのものが担うとしたら、どのようになるだろうか。
訪れるたびに発見があり、刺激やセレンディピティに満ちあふれ、いままで自分が気づかなかった喜びにも出合うことができるかもしれない。もしそんな街があったなら、仮想世界で充足を得られるようなテクノロジーがどんなに発達したとしても、絶え間なく人々が訪れ続けるに違いない。

「この街にいると魅力的な人とつながることができる」「いろいろなことを教えてくれる人がいて、楽しい発見や学びがある」。神山町へ移住した人々からは、揺るぎなくポジティブな言葉が多く聞かれた。まさに神山町は、ある意味で町自体がアートのような役割を果たしていると言えるのではないだろうか。

人々を惹きつけて創造性を生み出す魅力的なビジョン、多様性を柔軟に受け入れる土壌、文化を重ねながら更新され続ける仕組み――。これらの要素が上手く調和しながら機能することにより、神山町は人々自身が望むようなあり方に向けて、日々変化を続けていた。
その姿に学ぶならば、街づくりの目的を計画通りに築かれた街そのものにではなく、街がつくられていくプロセスの中に据えることが重要なのかもしれない。これからの街づくりにおいては、人と人とのつながり方や、新たな気づきとの出合いを持続的に生み出すような“変化し続ける仕組みづくり”が必要なのだ。


キーワード

・アートを取り巻く「人のつながり」
・「余白」がもたらす創造性と持続性
・シェアリングとコミュニティの関係
・気づきを生み出すアートの力


3都市のリサーチを振り返って:

街づくりの根幹 ――社会との多様な接点を創出すること

今回フィールドリサーチを行った3つの都市に共通して言えるのは、人々が社会とのさまざまな接点を保ちながら、自らの意識で主体的な生活を築いていたことである。
人間は社会との多様な接点なくしては、その生命力や活力を伸ばしていけないのではないだろうか。3都市のリサーチに臨むテーマとして掲げられた「テクノロジー」「フードカルチャー」「アート」は、それぞれに多様な形で人間と社会との接点を創出しており、各都市の街づくりにおいて非常に重要な役割を果たしていた。
街づくりの根幹は、そういった人と社会との多様な接点を創り出し、人々とともに育んでいく姿勢のなかにあるのかもしれない。


リサーチメンバー (徳島県神山町取材 2018.10/1〜2)
主催
井上学、林正樹、竹下あゆみ、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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