#01 尾道編⑤ “スローな街づくり”で育む地方都市の未来
風土の異なる3つの都市を訪れ、フィールドリサーチを通して街づくりの未来を探るプロジェクト。
広島県の尾道といえば、昭和レトロな情緒あふれる街並み、『東京物語』『時をかける少女』をはじめとした映画の聖地、絶景の島々を巡る「しまなみ海道」のサイクリングまで。この瀬戸内屈指の観光の街がいま、地域発信型の取り組みで、大きな注目を浴びています。
尾道に新たな人の流れを呼び込んだ「ONOMICHI U2」など、多発的に進められてきた試みの数々。現地で見えてきたのは、観光客向けの発信から次のフェーズへと進展する、当事者意識の変化でした。街の人々の声とともに、リサーチメンバーの視点から、地方都市における“個性豊かな街づくり”の展望を考えていきます。
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街の人たちの声:街の変化と今後の展望
地域の魅力を発信しながら、新たな事業と雇用を生み出すべく活動を続けてきた「ディスカバーリンクせとうち」。代表の出原昌直さんの話を通して浮かび上がってきたのは、「このままではいけない」という危機感と、「人々が本当に住みたい街のあり方」を問う姿勢でした。
一方、尾道で暮らす人たちは、こうした取り組みをどのように受け止めているのでしょうか。「ONOMICHI U2」と街の商店街で働く方々に、この数年間で感じた街の変化や、今後の展望について聞いてみました。
高橋茜さん(「ONOMICHI U2」内「SHIMA SHOP」スタッフ)
「『ONOMICHI U2』ができたことで、地元の人にも『街の中でもっといろいろな所へ行ってみようかな』というきっかけが生まれたと思います。いまはまだ『お洒落すぎて近寄りにくい』という声が聞こえてくるので、観光客や移住者の方だけでなく、さらに地元に寄り添って交流が生まれる場所になっていけばいいですね」
小林江美さん(「ONOMICHI U2」内「Yard Café」スタッフ)
「夫の仕事の関係で静岡県から移住してきて、3年前からここで働いています。その間だけでも、尾道を訪れる若い人が増えて、活気が出てきたと感じます。このまま観光の方と地域の方が同じくらいの比率で共存できる場所であり続けてほしい。この街は人が本当に暖かい。移住を考えている方にはもってこいの街だと思います」
「BETTER BICYCLES」の店長・馬場秀雄さん。街乗り用のオリジナル自転車の販売・レンタルを通して、街の人々に愛され続ける場所にしていきたいと語る。
馬場秀雄さん(「BETTER BICYCLES」店長)
「しまなみ海道に魅せられて広島から移住してきたのですが、レンタサイクルの仕事に携わるうち、尾道の風景に合う自転車がないと思い、普段着で楽しめる“自転車の街”ならではの自転車を作りました。お客さんは、観光で訪れた方と地元の方が半々くらい。これからも街の人、外から来る人が一緒になって、風情ある街の価値を大切に守っていければと思います」
後閑麻里奈さん(「ウシオチョコラトル」尾道商店街ポップアップショップ スタッフ)
「群馬県から移住をしてきて、以前は『尾道デニムプロジェクト』と『尾道自由大学』でアルバイトをしていました。海も山も畑もあって生活には困らないし、国内外からいろいろな人が来て交流の場がある。住みやすくて飽きないですね。最近は20代でも『何かをやりたい』と思って移住してくる人が増えました。地元発信の新しい取り組みはそのきっかけになっていると思います。例えば『クラブを作ろう』とか、街にないものを自分で始める人が出てきた一方で、店などの数が過剰にならない感じが、ちょうどいいバランスにつながっていると思います」
お好み焼き店 店主
「『ONOMICHI U2』、自分は行かないけれど、もともとあの倉庫は使われていなかったから、にぎわっていていいのでは。近頃は山側でカフェやら商売を始める人が多いけれど、あそこは車が入れないから空き家が多いんだよね……長く続けられるかどうか。昔は造船業も海運業も盛んで、飲み屋を出せばどこも満員だったのに、すっかりガタガタになってしまった。観光で来た人は『この街は高いビルがなくていい』って言うけれど、それは他所では見られない風景だから。そういえば日本遺産になったからか、銀行がビルの上の看板を自費で撤去したことがあった。『いいところですね』とはよく言われるよ。自分は生まれてからずっと尾道にいるから、こういうものだと思ってるけれど」
フィールドリサーチを振り返って:
危機意識が生んだ街の変化
尾道で進められてきた、「ONOMICHI U2」や「尾道デニムプロジェクト」などの革新的な取り組みは、地域の人々による街への危機意識が出発点だった。彼らをはじめとする街づくりのキーパーソンが、多様な人々を巻き込みながら数多くのプロジェクトを実現させ、観光客に向けてその場所でしか味わえない体験や物語を提供することで、尾道を他にはない新たな魅力を持つ観光都市へと進化させてきた。
街のキーパーソンの重要性
このケースにおいて、街の変化を導いたキーパーソンの考え方や姿勢など、必要とされる特性は何だろうか。
まずは、気鋭のクリエイターをプロジェクトに合わせてキュレーションする能力。ディスカバーリンクせとうちによるプロジェクトの多くには建築家やアーティストなど、一流のクリエイターが関わっていた。クリエイターたちは建物のデザインなどプロジェクトのアウトプット自体を向上させるだけでなく、自身のSNSや雑誌、ウェブなどの情報媒体を通じて多くの人々へ情報を届けることのできる発信者の役割も担っていると考えられる。外から人を呼び込まなければならない地方都市にとっては特に、こうしたクリエイターをいかに起用し、魅力ある資源を創出していけるかがカギになるかもしれない。
「LOG」および「ONOMICHI U2」にて。
次に、地元への愛着と、地元の外で得たスキルの両方を備えていること。尾道の街づくりに関わる人々の多くは、周辺地域の出身者で占められていた。この人々に共通していたのは、尾道に対する深い愛着と、街の現状に対する危機意識である。彼らは街の問題を自分事として捉えて積極的に行動し、街づくりの推進力を生み出してきた。また、彼らの多くはかつて都心や海外に出た経験があり、そこでさまざまなコネクションやスキルを培ってきた。地元への愛着と、より幅広い視点で培われたスキルの両方を身に付けていることが、地方での街づくりを加速させる人材に求められる特性だと考えられる。
その上で尾道の現状を見ていくと、こうしたキーパーソンたちの取り組みが新たな観光客や移住者を呼び込んだ結果、街づくりが新たなフェーズに移行しようとしていることがわかった。
従来の“観光客向けの発信”に代わって、いま彼らが着目しているのは“地域との交流”である。街づくりを行う人と観光客の間で施策を完結させるのではなく、そこに地域の人々や商店などを加えた有機的なコミュニティを形成することで、街の魅力をさらに重層化させながら持続的に街を進化させていくことが可能になる。このようにさまざまな人々の間で循環するサイクルこそが、尾道が描く未来の街のあり方だと考えられる。
では、こうした“地域との交流”による街づくりフェーズへの移行にあたって、重要なこととは何だろうか。リサーチで得られたいくつかのヒントを記してみたい。
“小さな公共性”を持つ場
まずは「ONOMICHI U2」において、地元の小学生が宿題をしたり、老人会が開かれているというエピソード。
この話から見えてくるのは、一つの商業施設がその枠を超えた公共性を持つ存在になっており、利用者の一人ひとりに使い方が委ねられているという点である。地域の人との交流を生み出す場に求められるのは、このような“小さな公共性”のあり方なのかもしれない。従って、そのような使い手の振る舞いを誘発させる空間や機能をどのようにデザインするかが、重要になってくるのではないだろうか。
次に、この街を訪れた観光客の意識の変化。
ある観光客が、街づくりの施策から生まれた新たな施設をめざして地方の街を訪れたとする(きっかけになるのは、自身の好きなクリエイターが発信する情報かもしれない)。そして街を散策するうちに、地元の生活に根差したローカルな場所や人々との出会いを通して、街が持つ固有の魅力に心惹かれていく。次にその街を訪れる時は、こうしたローカルな場所を目的地にしようと思うかもしれない。
このような意識的な変化は、生活文化の体験という点で、特にインバウンドの観光客に強く作用するのではないだろうか。この“目的地の変化”が観光のあり方に一定の作用をもたらすと仮定するなら、ローカルな要素との接続性は街づくりにとって非常に重要な意味を持つ。その場所ならではの食や文化、人々の姿に至るまで、他のどこにもない魅力を発信しながら、それを新たな発展につなげていく姿勢が重要なのだ。
“スローな街づくり”への意識
最後に、“スローな街づくり”という考え方。
ディスカバーリンクせとうちが尾道で数々の取り組みを始めて10年弱が経ち、ようやく地域の人に受け入れられつつある様子が垣間見られた。これは最初の数年間で街の外から人が訪れる流れが生まれた後、より時間をかけながら地域とのつながりを深めてきた継続的な努力の賜物だろう。
その視点に立つならば、まずはこれまで以上に長期的な時間軸で街の変化を捉える必要がある。そして、自らもその変化を楽しみつつ、新たに参加したいという人々を巻き込みながら街をつくっていく姿勢が重要になる。その意味でも、地域の食材や既存の取り組みをうまく取り入れるなど、地産地消も含めたサステイナブルな街づくりをめざしていく“スローデベロップメント”の考え方が必要ではないだろうか。
「LOG」の館内に展示された、スタジオ・ムンバイによるスタディ資料。自動車の入れない坂の上という立地を考慮し、地域の素材や手仕事を生かしたサステイナブルな施設のあり方を追求。オープン後もスタッフたちの手で建物や庭園の改修が続けられている。
以上の流れから、地方都市における街づくりにおいて、“新しさ”と“地域性”を両輪として取り組む必要性が見えてきた。ここにビジネスの力を加え、事業として持続させることで、サステイナブルに街の魅力を向上させていく努力も必要だろう。地域の尊厳を守りながら、その場所でしか体験できない魅力を向上させていくこと。その先にこそ、日本の地域社会の未来はあるのかもしれない。
尾道における、街づくりフェーズの移行の様子。“観光客向けの発信”を重んじてきたフェーズから、“地域との交流”に重点を置いたフェーズへ、意識的な転換が行われている。
キーワード
・危機意識が生んだ街の変化
・街のキーパーソンの重要性
・“小さな公共性”を持つ場
・“スローな街づくり”への意識
リサーチメンバー (取材日:2019年9月21〜22日)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
イラスト
ヤギワタル
このプロジェクトについて
「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。
2019年度は、前年度から続く「Field Research(フィールドリサーチ)」の精度をさらに高めつつ、国内の事例にフォーカス。
訪問先は、昔ながらの観光地から次なる飛躍へと向かう広島県の尾道、地域課題を前に新たなムーブメントを育む山梨、そして、成熟を遂げた商業エリアとして未来像が問われる東京の原宿です。
その場所ごとの環境や文化、人々の気質、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。特性や立地条件の異なる3つの都市を訪れ、さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、「個性豊かな地域社会と街づくりの関係」のヒントを探っていきます。