平野紗季子 ── 勝どきはケンタウロス
(7つの質問) 街とお店の「そこにしかない物語」
Q.1 勝どきの街歩きをご一緒させていただきましたが、この街に心惹かれた理由は何でしょうか?
古い時間と新しい時間が隣り合う場所を、歩いてまたぐことのできる街が好きなんです。リノベーション途中の旅館のような……ロビーは改装してピカピカなのに、別館へ足を踏み入れたら昭和そのものだった感じのような(笑)。ギリシア神話に出てくる半人半馬「ケンタウロス」のように異質な時空が合わさっている感じにゾクゾクします。
特に勝どきの街は、運河の橋を渡るだけで、早朝に活気づく晴海の水産埠頭から人々の生活があるタワーマンション街、下町の路地や観光客で賑わう「もんじゃストリート」に移り変わったりと、「時空のパッチワーク感」を凝縮して味わえる。そのダイナミズムにときめきますね。
Q.2 初めての街で、最初はどんなところに注目しますか?
やっぱり飲食店が多いです。勝どきを初めて訪れたのは、夕方のニュース番組でマグロ丼の店が紹介されていたからなんですが、水産倉庫街には昼間ほとんど人が居なくて、「ここを私のような素人がうろついていていいのか……?」と緊張しているなかに突然お店が登場したりして、すっかり心惹かれてしまいました。
ちなみに私が注目するお店は、「再現性が低くて、そこにしかない物語のある店」ですね。
Q.3 勝どきの街を歩いてみて、どんな魅力的な体験がありましたか?
もともと街を散歩するのが好きなんですが、一人でも「いっぱい喋ったな」って感じるんですよ。看板の文字や、路上の落とし物、道端の草……飲食店の排気ダクトの匂いも、私が“客寄せシェフおんじ”と呼んでいる呼び込み人形にキュンとするのも、比喩ではなくて、街と会話している感覚なんです。
でも今日気づいたのは、「一人と大勢で歩くのは違うなあ」ということ。もちろん、みなさんとご一緒できて楽しかったですよ! だけど、一人で次の角を曲がる瞬間の、サスペンス映画を観ているような緊張感や、ヒリヒリする感じ……。そうやって立ち上がってくる感情を人と分かち合うのは、とても難しいことだなと。
Q.4 平野さんなりに、街に対して「自分だからこそできる」と思う関わり方はありますか?
街に根差した飲食店に敬意を示すこと、それくらいしかできないかも。コロナ禍の時、営業制限で灯りの消えた街のあまりの寂しさに、「お店たちが居場所をつくってくれていたんだなあ」と感じました。だから客として、「あなたたちが必要なんです」と示し続ける姿勢をどんな時も大切にしたい。飲食店に限らずですが、対象を取材してものを書くということは、ある意味で暴力的なことでもあるし責任が伴います。まだまだ未熟ではありますが、お店と読み手の双方にポジティブな影響を与える仲介者になっていけたらと思うばかりです。
それに、お店へ行くことは私にとって、一方的に消費するのではなく、一緒に体験をつくり上げる感覚に近いんです。いわば「一座建立」。かけがえのない時間を積み重ねてその空気をつくってきたお店に対して、客としてどう振る舞うべきか……いつも考えさせられます。
Q.5 他にご自身のお気に入りの街を挙げるとしたら、どこが思い浮かびますか?
幡ヶ谷駅と代々木上原駅の間にある西原商店街かな。スモールビジネスのレコード屋さんやカフェ、古着屋さんが昔からのお店と一緒に並んでいるんですが、その発端になったのが「パドラーズコーヒー」店主の松島大介くん。彼が中野の商店街でお店の人たちに可愛がられて育ってきたように、今度は自分たちの街を築こうとしている。若い友達に空き物件を紹介してお店を出してもらったり、シニアの人たちとつなげたり……街づくりってこういうことだよなあって彼の生き様を見ていると思います。
Q.6 街の未来に望むこと、取り組んでいることはありますか?
その場所に根を張ってその街の色をつくってきた人たちが、不本意にその街を離れざるを得ない……そんなことが少しでもなくなることを望みます。1本の木が切られるだけでも、取り返しのつかなさに呆然とすることがあるから。
その意味で心を動かされたのは、谷中のお寿司屋さんの大将。96歳で町内会長も務めている方なんですが、マンション計画の見直しに尽力されるなど街づくりに積極的に関わっておられて、「あのマンションは本当はタワーだったんだけど、みんなで話し合って背が低くなったんだよ」と聞いて、「だから谷中の空は広いんだなあ」って気づいたんです。「行政が街をつくるんじゃないよ。私たち一人ひとりが街をつくるんだ」とおっしゃっていて、その姿勢に感銘を受けました。
Q.7 ずばり、街にはどんな個性が必要だと思いますか?
基本的に、面白くない街はないと思うんです。もしそう感じるとしたら、それは自分が面白がれていないだけ。要は“読む側”の問題ですね。
でも難しいことじゃなくて、心が動けば何でもいいはず。さっき散歩しているところに出会った、商店街の葬儀屋さんのリクガメ「ぼんちゃん」だってそう(笑)。そんな小さなことでも、大きな視点で開発に携わる方たちとお互いにいい影響を及ぼし合って街ができあがっていったら、すごく素敵だなって思います。
一人ひとりが醸し出す、個性豊かな街の匂い
—— ご自身も、食を通じた地域との取り組みを手がけていますね。
そうですね、「(NO) RAISIN SANDWICH」のディレクターとして、日本各地の特産の果実でバターサンドを作っています。規格外や傷もので産地から出荷できない果実でも、ドライフルーツのサンドにすれば活用できる。夏頃には和歌山バージョンが完成予定です。取り立てて「街のために」と考えたことはなかったけれど、食にはその土地の誇りを取り戻す力があると考えて取り組んでいます。
—— ちなみに……お店の排気ダクトが好きなのは、なぜですか?
学生時代、奥渋谷のビストロ「アヒルストア」の近くでアルバイトをしていた頃、いつも満席で入れなくて。でもある日、裏のダクトからとてもいい匂いが漂っていることに気づいたんですね。それで、クミンと魚のスープのいい匂いを嗅ぎながらコンビニでパンを買って食べたりしていました。“ダクトペアリング”です。「私くらいになると、排気口で十分!」って(笑)。
それから街を歩いていると「おや、いい排気口がたくさんあるぞ!?」と気づくようになって……今日も探したんですが、高さや向きがちょうどよく、いい匂いが出ているという条件が揃わないと出会えない。意外に貴重な存在なんですよ(笑)。
—— 小さなお店なら店主の趣向で個性を突き詰めることができますが、それを大きな建物や街の規模でやるにはどうすればいいでしょう? 例えば、つくり手が街を完成させることなく、入ってきた人たち自身につくり上げてもらうのはどうでしょうか。
すごくいいと思います! ふと思い浮かんだのは、東京駅前の「新丸ビル」7階にある飲食店ゾーン「(marunouchi)HOUSE」。商業ビルの飲食フロアは画一的な印象もありましたが、「フロアの中に裏路地があって、小さなスナックまであるぞ!」という驚きで飲食フロアの常識を覆したように思います。フロアとそこに集う人々の有機的な関係づくりに成功した例じゃないでしょうか。あの場所にはカルチャーを感じました。
あとは……担当者がその街に住むこと! デベロッパーの社員自ら「自分の街」をよくしていけばいいんじゃないですか!?
—— 実は、私たち自身もそう思うことがあるんです。まずは「つくり手」と「使い手」という発想から一度、離れる必要がありますね。
そうですね、予定調和すぎるとダメなのかな。旅先で緊張感があって、喫茶店に入った途端にホッとする感じ、あの感覚が好きなんです。
その意味で気になったのは、下北沢の「BONUS TRACK」。線路跡地の再開発にしては、いい意味で全然完成していなくて、「ここから育てていくんだ!」という感じが新鮮でした。つくられて早々に、もう街の匂いが醸し出され始めているんです。建てた最初がピークじゃなくて、そこから育っていく感じ。今後つくられる街にも、そういう感じがあったら、楽しいですね。
勝どき取材リサーチ:2023. 2/15