Book Guide 1 ── 「まち」を、読み替える
『既にそこにあるもの』 大竹伸朗 著〈筑摩書房〉
始めから美を追求しては決して表れず、多分に偶然が絡む世界。〈そんな徹底して人間の行為に対峙した「美の領域」〉を、現代美術家の大竹伸朗氏は本書の中で「雑の領域」と定義する。その領域は〈この地球上にはいつの時代にもある一定量存在し、それはこれだけ人間に侵略しつくされた都市の中にも、堂々と人間の目の意識に幕を張りそこに在る様な気がする〉という。大竹氏は雑の領域を、ニューヨークの画材屋の地下にある無造作なキャンバス売場で発見するという。大竹氏が世界を眼差す解像度に自らのそれと果てしのない差があるのは承知だがそれでも、街を歩いてごく稀に、なんでもないはずの風景の前で身動きが取れなくなってしまうとき、雑の領域、という言葉が頭にふっと浮かぶ。【エッセイ】(選 / 平野紗季子さん)
『Good City Form』 Kevin Lynch 〈Mit Pr〉
『Good City Form』は、米国の都市計画家であり建築家のケヴィン・リンチが都市形態に関する規範的な理論、すなわち我々の生息地が持つべき特性を明らかにしようとした試みである。本書では、都市を宇宙の模型として、機械として、生命体としてとらえる既存の3つの規範理論を検証した上で、それが都市を説明するには不十分であるとして、効率と正義という2つの「メタ基準」、そして活力、感覚、適合性、アクセス、コントロールという5つの次元を提示している。「都市のイメージ」を機に都市形態の探求に乗り出したリンチのビジョンの延長線上、ある種の総括にある書籍。【評論】(選 / 鈴木綜真さん)
『身ぶりと言葉』 アンドレ・ルロワ=グーラン 著 / 荒木 亨 訳〈筑摩書房〉
フランスの先史学者・社会人類学者による本書は、人間とは何か、人間社会とは何かという問いに「身ぶり」と「言葉」から迫る壮大な著作である。かつてこの書を手にした私は、紙で冒険に出る感覚に興奮し、その旅で得たいくつものアイデアを深く脳に刻んだ。「身ぶりと言葉」はいま、インターネットに完全な形で取り込まれようとしている。VR技術によるリアルタイム・アバターコミュニケーションは、デジタルの先にあるアナログだ。そして本書に描かれた人間の世界認識の2つの型、自ら動的に踏破する狩猟民族の世界認識と、一点に留まったまま周囲を自身に引き寄せる定住民族の世界認識の対比が、VRとARの本質的な違いを考えるヒントになる。【評論】(選 / 番匠カンナさん)
『ブルーピリオド』 山口つばさ 著〈講談社〉
何事もそつなくこなす高校2年生の主人公、矢口八虎。これまで一切芸術に触れてこなかった彼ですが、ふとしたきっかけで目にした一枚の絵に心奪われ、芸術の世界に魅了され、”安定志向”から一転、東京藝術大学をめざすことになります。
感性を磨くことが求められる世界で日々芸術に打ち込む主人公の姿は、日常において目に映るものは見方によってまったく異なるものになることを教えてくれます。芸術をめざすきっかけにもなった早朝の渋谷の風景について、主人公は「街が青い」と捉えました。同じもの、同じ街でも人によっては捉え方が異なる。そのようなことに気づかされる物語です。【マンガ】(選 / 權田国大@NTT都市開発 デザイン戦略室)
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『ろう文化の歴史と展望』 パディ・ラッド 著、森 壮也 監訳、長尾絵衣子、古谷和仁、増田恵里子、柳沢圭子 訳〈明石書店〉
「聞こえない」から「ろうである」という概念を生み出したパティ・ラッド氏が著した、多数者の聴者と少数者のろう者の間にある社会的・歴史的な物語をめぐる対話。【評論】(選 / 和田夏実さん、牧原依里さん、西脇将伍さん)