#01 エストニア⑥ テクノロジーで叶えた幸せな暮らし
いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
最初の訪問先は、“世界最先端の電子国家”として発展を遂げたエストニア共和国。
現地でのフィールドリサーチに続いて、日本―エストニアのビジネス交流のキーパーソン、ラウル・アリキヴィさんにインタビュー。“目に見えない電子国家”、その本当の姿とは?(インタビュー後編)
▶︎ 前編 ⑤ “目に見えないインフラ”が変えたもの
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ラウル・アリキヴィ氏インタビュー(後編)
国家レベルの電子化は、人々の暮らしや社会のシステムにさまざまな変化をもたらしましたが、そのメリットのひとつに、新たな形でのデータ活用が挙げられます。企業間の取引が共通のシステム内で行われることで、経済の動向がリアルタイムエコノミーとして可視化され、国家の視点からも迅速で先行きを見通した政策につなげることができるなど、より無駄のない経済や社会の可能性が見えてきつつあります。
また、エストニアの電子政策のうち、対外的に大きな存在感を示しつつあるのが、仮想移民政策とも呼ぶべき「e-Residency(記事③参照)」の取り組みです。オンライン上で登録を行えば、日本にいながらにしてエストニアで会社を設立でき、さまざまな電子サービスを利用できるようになる。エストニアのシステム基盤を全130万人の国民に留まらず、世界中の人々へ提供することでより多くの化学反応が生まれ、さらなる展望が開けていくはずです。
タリンの最先端エリア「テリスキヴィ」に見る街づくりのヒント
こうした変化が世界的に注目を集める一方で、タリンの街には次々にIT系のスタートアップが設立され、海外からも多くの人々が訪れるようになりました。その代表的なエリアが、かつては工場や倉庫の跡地だったテリスキヴィ。古い建物が残る地域ですが、一帯を所有する地主が長期的な開発ビジョンのもと、クリエイティビティのある企業や人々を厳選して入居させているようです。その結果、リノベーションされた建物が最先端企業のオフィスになり、美味しいレストランやカフェも増えて、古きよき街の面影を残しながら活気のあるコミュニティが生まれました。
タリン随一のヒップなエリアとして、若者たちが集うテリスキヴィ。工場や倉庫をリノベーションした建物にカフェやレストラン、スタートアップ企業のシェアオフィスなどが入居し、他のエリアでは見られない活気が生まれている。
一方、プラネットウェイが現地オフィスを構えているのは、タリン空港に程近く、IT企業が集まっている別のエリアです。どちらにせよ、活気ある人々を呼び込むためには働く要素だけでなく、お洒落なレストランやスポーツクラブなど、人々がリラックスしたり楽しんだりできる環境が重要だと思います。
また、エストニアの都市住民のライフスタイルの特徴としては、多くの人が森の中に別荘を持っていて、週末はできるだけ都市から離れて過ごすこと。タリンの街も規模はそこまで大きくなく、30分も走れば森が広がるという立地です。エストニア人はもともと森の民族だったということもあり、森で過ごす時間をとても大事にしています。だからでしょうか、僕が東京で好きなエリアは神宮前。明治神宮や代々木公園にも近く、好きなことを仕事にしている人たちが多い点が気に入っています。
エストニア流、テクノロジーが導くライフスタイル
ここで大切なのは、価値があるのはデジタルなテクノロジーやサービスそのものではなく、それによって人々が煩わしい事務手続きなどから解放され、より多くの時間を人生の本質に捧げられるようになることです。エストニアでも、ライフイベントとして重要な意味を持つ結婚届、離婚届、不動産の売買の届け出については電子化の対象外としていますが、これは人と人が直接会って話したり考えたりする機会を重視する姿勢の表れでもあると思います。
エストニア人はもともと内向的な人々で、その点でITとは相性がよかったとも言えますが、一方で人間として何をやりたいか、どうすれば心地よいかということをとても大事にしています。ですから、多くの人が電子化によるグローバルな展開を支持する一方で、同時にローカルな要素も大切にしたいと考えている。国民食といわれるライ麦の黒パンや乳製品をはじめ、食に対するオーガニックな意識も高まっています。都市生活の中で目に見えないテクノロジーを最大限に活用する一方で、自然と向き合う昔ながらのライフスタイルを心の拠り所にするーーそれこそが、電子国家として知られるエストニアの人々が望む未来の暮らしのあり方だと思います。
→ 次回 01 エストニア
⑦ 「テクノロジー×街づくり」の幸福な関係
リサーチメンバー
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)
このプロジェクトについて
「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。
2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。
その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。