ニュージーランドプチ留学~世界を飛び回る中国人、シャオとの出会い(1/2)~
…復路の飛行機で隣の席だった彼に対する第一印象は、正直なところ、あまり良くなかったのを覚えています。
(えぇ…もうすぐ離陸しちゃうのにまだ電話してる…)
飛行機が飛び立つ、離陸のギリギリまで誰かと通話してる。
何を言ってるのか全く聞き取れませんが、恐らく中国語だと思います。
大きめの声が威圧感を与えますし、その手に付けている巨大な宝玉のブレスレットはジャラジャラしてるし…
(この人の隣で11時間過ごすのか…ちょっと憂鬱かも)
離陸した飛行機の機首カメラに映る、小さくなっていくニュージーランドに、また涙が滲みます。
離陸後、CAさんからペットボトルのお水を渡されますが、気圧の関係のせいか、蓋が固くてなかなか開けることができません。
そんな私を見かねたのか、先ほどまで大声で話していた隣の席の彼は私のペットボトルを無言でサッと奪い取ると、カチッと開けて、私に返してくれました。
突然の事に驚きつつも、お礼を言います。
「…Thank you so much. 」
「…My pleasure. 」
それが初めての会話だったと思います。
その後は彼も私もしばらくだんまりでしたが、私もいい加減退屈になって、Amazonプライムでダウンロードしておいた水星の魔女の続きを見ようとした途端、スマホを覗き込まれ、やや興奮気味に話しかけられます。
「Is it a Japanese animation?!Are you Japanese??」
「ぅわっ、いっ、Yes…Do you know GUNDAM??」
「もちろんさ!ガンダムはとても有名なアニメさ、中国でも人気だよ」
彼は日本のアニメが大好きなのか、満面の笑顔で話しかけてきます。
私にも分かるようなイージーイングリッシュでゆっくり(かつ声がでかい…)話しかけてくれるので、意思疎通は問題なくとれました。
「ほら見て、これ上海で撮影したガンダムだよ」
空の上で中国人とガンダムを語るという謎のシチュエーションでしたが、しばらくお喋りしていると、機内食が運ばれてきました。
チーズのラビオリ、ビーフ、チキンの3種類から選べますが、私はラビオリ、彼はチキンを注文していました。
「Are you a vegetarian?」
「No…Why?」
「チキンもビーフも注文しなかったからそうなのかと思ってさ」
「シンプルにチーズが好きなだけだよ。あなたはチキンが好きなの?」
「…いや、私は宗教の関係で牛が食べられないんだ。」
ジャラジャラと手に付けたブレスレットの他、彼は観音様の形をした宝石の付いたネックレスを取り出し、私に見せました。
どうやら話を聞く限り、中国でも牛を食べてはいけない宗教というものがあるそうです。
(後から調べてみたところ、牛と観音様を紐付けている観音信仰をしている人は牛を食べない風習があるんだとか)
これまで日本の中だけで生きてきた自分にとって、隣に座る人は(アレルギーだとか好き嫌いだとかは除いて)何でも食べられるのが当たり前、という価値観で過ごしてきました。
ただ、インドにルーツのあるNさんとチキンとラムのカレーを食べたあの時にも感じましたが、それは決して当たり前の事ではないんだという事を実感しました。
食後は、ようやくお互いの仕事であったり、名前だったりを打ち明けました。
シャオと名乗った彼は、日本で言うところのゼネコン系の仕事に従事しているそうで、仕事の関係でいつもニュージーランドやクック諸島を飛び回っており、自宅にはほとんど帰れていないという事。
仕事の資料(部外者の私に見せて良いのか?!)であったり、彼のスマートフォンのカメラロールに保存された建設現場の写真を、彼はひとつひとつ丁寧に説明してくれました。
仕事について語る彼はとてもイキイキしていて楽しそうです。
「ところでカボスは何のプロフェッショナルなんだい?」
「私は…」
彼からすれば10年も社会人をやっていれば何かしらのプロフェッショナルであると考えても当然なのかもしれません。
しかし私はこれまで、色んな拠点を転々としながら、同じ組織の中の色んな仕事を少しずつ齧ってきただけ。
何のプロフェッショナルでもない存在。
日本語でもうまく言えないのに、英語だともっと言葉が出てこなくなります。
「…私はシャオのようにプロフェッショナルではないよ。色んな仕事を経験してきたジェネラリストなんだ。恐らくこれからも私は、そうやって生きていくしかないんだと思う。」
たどたどしい英語で一生懸命伝えます。
私の「just」という言葉に引っかかったのか、彼はこう告げます。
「そんな事はない。君には無限の可能性がある。どんな場所でだって生きていける。どうか自分を卑下しないで欲しい。」
日本人は君も含めていつも自分を小さく見せてばかりだ、自分には理解できない…と彼は首を傾げます。
「カボス、仕事は好きかい?」
彼は私に尋ねます。
「… I like my job.」
人間関係は最悪でしたが、仕事自体を嫌いになったわけじゃ無い。
悩みながら答えた私から出たその言葉に、それが一番大切なことだ、と彼はようやく微笑み、私のこれからの活躍を応援してくれました。
その後も彼はスマートフォンの写真を私に見せながら、色々な事を話してくれました。特に日本の「練り切り」という和菓子に魅了されているようで、いくつもの写真を見せてくれました。
*
香港国際空港に着いたのは、香港時間の21時を回ったところでした。
11時間のロングフライトに加えて、(シャオのマシンガントークのために)一睡もできなかった疲れが蓄積していました。
「カボスの東京行きの飛行機はいつなんだ?」
「明日の朝まで来ないんだよ」
「奇遇だね、私の上海行きの飛行機も明日の8時発なんだよ」
香港発成田行きの飛行機は、翌朝9時出発の予定でした。
「カボスはそれまでどうやって過ごすの?」
「空港をブラブラしてオールで過ごす予定だよ」
「1人で?!」
「うん」
彼はややびっくりした目で私を見て、「それは危険だ…」とため息混じりに呟きました。
「…酒店」
彼は空港案内図の"酒店"を指差します。
「ん?何これ?リカーショップ?」
「空港の中に"酒店"がある。そこに泊まった方が良い。仮眠を取るだけでも違う。」
その時、私はようやく"酒店"が中国語でホテルを意味する言葉だという事に気が付きます。
…と同時にロングフライトでぼんやりした脳内に、非常ベルがけたたましく鳴り響いたような、そんな感覚を覚えました。
(あ…ちょっとこれはまずい展開なのかも…)
「これから一緒に酒店に行こう」
「!!!」
これまでにない最大のピンチが私を襲いました。