進化する自治を構想する 10「心動かすメッセージへ」
ル・ボンの時代と現代と群集心理
「群集心理」が書かれたのは、19世紀末期のフランス。当時は、重工業化の第二次産業革命の時代で、それとともに「市民」というものの存在が顕わになった時代。移動手段が増え、人と物のグローバル化が進み、同時に格差が広がり、貧困が顕在化し社会問題にもなっていく、現代と似たような時代背景がイメージされる。
「群集心理」は、フランス革命やその後のナポレオンの登場などの史実をもとに「群集」の心理を分析し、あらわにした著書ですが、例えば、小泉純一郎氏が首相となった2000年代の一定層の熱狂とそれを報道し続けたマスコミ。第二次安倍政権の誕生以降、「安倍さんしかいない」「安倍さんならやってくれる」といった言葉がネット上を埋め、「安倍一強」というワードを流し続けたマスコミ。橋下徹大阪府知事となって以降の大阪維新に熱狂し、吉村府知事を支持する大阪府民と、松井、吉村両氏のひと言メッセージを電波で流し続けている関西メディア。これらは、まさにル・ボンが分析してみせた心理状態や、「簡潔な断言と反復と感染」という、主導する側の手法を見事に体現している。
不安を払しょくするエモーショナルな響き
「群集心理」が書かれた時代と現代は、ある意味社会情勢や時代背景が似ているのだろう。グローバル化が進み、資本主義が飽和に到達し、寡占化が進み、公共財を飲み込んでなお成長を進めようとする。貧困が顕在化し、格差が広がり、気候危機やパンデミックが世界を覆っている。不安はどこにでも転がっており、ある意味不安で覆われているといっても過言ではない。
そのような社会について、社会不安を説き、心躍るスローガンである方向に民衆を導くことは、為政者にとって魅力的な手法なのだろう。
社会不安が渦巻く現代では、勢いのある、威勢のいい言葉で言うと、やってくれそうな気がする。また、むつかしい言葉ではなく、単純でエモーショナルの言葉は、心に響くのだろう。自分で考えなくても、また自身が読み解かなくても、世の中のいろいろな問題は、その一言ですべて解決するかのように思わせることができるのかもしれない。
実際「身を切る改革」というスローガンに大した意味はない。旧来の議員が無駄に税金を使っているような言説を振りまき、議員を減らして税金を浮かせれば、財政改革ができるようなスローガンに実体はなく、幻想にすぎない。「大阪の成長を止めるな」にしても、実際どれだけ成長しているのかなどは示さなくとも、こう言えば「成長しているのか」と勝手に思ってくれるような、心理誘導をしているにすぎない。事実、大阪は、他の都道府県と比較しても、成長度が低く、産業政策、経済政策が行われていないに等しいため、産業育成は進まず、実質的な指標では成長していない。
心動かすメッセージとは
政治に限らず、様々な分野や事象が単純化される現代は、まさに群衆の時代です。里山太郎さんが、現代の選挙で勝つための手法として、つまびらかにされた「群集心理」ですが、これは、選挙や政治手法というだけには留まらないと思います。
例えば、市民の主張、自分たちが実現させたい自治は、どういう言葉で言えば伝わるのか。ビラひとつとっても、心動かすメッセージになっているのかどうか。私たちは、「市民」に語りかけるだけでなく、「群集」に呼び掛けるのだ、という意識を持たなければならないのではないか。ル・ボンの「群集心理」で説かれていることは、現代のコミュニケーションを考えるうえで、検討しなければならない要素と思われる。語りかける土台を持ちながら、心に響く、エモーショナルなメッセージを考えなければならないのだろう。