契りの果ては
「かーごーめ かーごーめ
かーごのなーかの とーりーは
いーついーつ でーあーう……」
侍が河原に腰を落とし、懐かしむような哀しむような気を纏いながらゆっくりと唄っていた。
傍らで草を踏む音が鳴り、続いてまだ幼さを残した少年の声が降り注いだ。
「ずいぶんと悲しい唄ですね。それは、童歌(わらべうた)ですか?」
「これは、お坊様」
顔を向けた侍は、袈裟姿の少年に穏やかに笑い、自分の隣をあけた。
侍は端正な顔立ちで、名家の武士のように見えた。しかし
「これは……ただの徒歌(いたずらうた)です。ある方を悼んで……私は取り返しのつかない罪を負ってしまったのです」
その気迫はまるで雄々しさがなかった。
罪の意識に苛まれ、懺悔を繰り返しているような姿に、少年は自分でよければと耳を傾けた。
時は戦国。
史上に残らぬ武家の陥落はあり、糺良(きゅうら)家もその内の一つだった。
夜分に火を放たれ襲われた。その家の一人娘である『桔梗』は、身代わりとなった下働きの娘のお陰で逃げのびることができた。
だがしかし、もはや身内の一人もおらず、見ず知らずの土地に着のみ着のままで生きることになった桔梗は、『遊女』と呼ばれる者たちが働く籠屋に身をおいた。
そこで偶然桔梗を見つけたのが、糺良家と縁のある侍──忠匡(ただまさ)だったのだ。
忠匡は桔梗から事情を聞き、それでも『籠女(かごめ)』として懸命に生きるその姿に心を打たれた。
繰り返される逢瀬。お互いのひとときの憩いであった。
ある日、家の名に恥じると籠屋通いを禁じられる忠匡。二人の間は引き裂かれた。
身を偽り、最後の逢瀬で忠匡は言う「共に逃げましょう」と。
それに対し桔梗は「いけません」と断った。
桔梗も武家の出である。武士としての忠匡の身を案じてのことだとわかった。そして、それが本心でないことも。
しかし、細く輝く月夜に籠屋が火事になる。
忠匡がしたことではないが、この隙に桔梗を連れ出せる。そう思った。
燃え盛る炎の中、うずくまっている桔梗を見つけた。
「火が……火が……」と、恐怖に顔をひきつらせる桔梗を抱きかかえ外に出た。
『かーごーめ かーごーめ かーごのなーかの とーりーは』
忠匡の力強く逞しい腕の中で桔梗は震えていた。安心できる存在に、なぜか涙が零れた。
『いーついーつ でーあーう』
「桔梗様、もう大丈夫です」
『よーあーけーのばんに』
火の粉が舞い上がる町は、遠くで赤く光っていた。
忠匡から降りた桔梗は、その笑顔の背後で鋭く光る刃を見た。
『つーると かーめが すーべったー』
「忠匡様!危ない!!」
『うしろのしょうめん だーあれ』
鈍い音がした。
何度も聞いてきた肉が斬り裂かれる音。
しかしその音は、今までのどれよりも頭に響き渡り、いつまでも耳に残った。
自分の腕の中に倒れゆく愛しき存在は、真っ赤に染まった衣を纏い、言う。
「どうか、お許し下さい」
自分を斬った相手に。
刀を振るった侍は、紙で血を拭いそれを鞘に納めた。
「忠匡様、私は幸せでした」
血に濡れた手は力が入らず、小刻みに震えていた。
咄嗟にその手を掴み、瞳を見つめる。
「どうか……ご武運を」
半分だけ目を閉じ、ガクリと頭(こうべ)を倒した。
「──っ、桔梗様!!」
忠匡は、力の限りその身を抱き留めた。
全てを聞き終えた若き僧は一人佇み、忠匡のいた場所に手を合わせ経を唱えた。
「これは……」
ふと目を開けると、そこには桔梗の花が凛として咲き誇っていた。
僧は小さい鐘をチリンチリンと鳴らし、歩を進めた。
「かーごーめ かーごーめ」
END
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