ビートルズがゲットバックするヤァ!ヤァ!ヤァ!
ビートルズのゲットバック・セッションで残された大量の音源と映像が再編集されて映画になるらしいという噂を耳にしてからだいぶ時が経ち、やや忘れかけていた2021年11月末。当初の予定とは多少違えど約8時間におよぶドキュメンタリー作品として「ザ・ビートルズ:ゲットバック」が無事に公開された。
そもそもゲットバック・セッションとは1969年1月に新しいアルバムの制作とTV番組の撮影を同時に進行するために企画されたもので、セッションの最後にはライブをする計画も組まれていた。この時期はバンドが空中分解しかけていたこともあり、ポール・マッカートニーとしてはこれをきっかけにもう一度バンドを一つにまとめたいという狙いもあった。しかし、逆にメンバー同士の関係がギクシャクしていき、遂にはジョージ・ハリスンがバンドを脱退すると告げてスタジオを出て行ってしまう。果たしてビートルズは再び結束し、この難局を乗り越えられるのか。とまぁ、ざっくりとこんな感じの内容だ。
そんな待ちに待ったドキュメンタリーである。これは心して観ねばならぬが、いかにも観るだけで体力が要りそうだ。なのでディズニープラスへ入会したものの、なかなか再生ボタンが押せない。とりあえずマンダロリアンを観るという回り道を経て、この年始にようやくボタンを押すことに。結果、ぶっ通しで観続けてしまった。
結論として、やや気になるところはあるものの全体的には面白かった!メンバーそれぞれが歩むソロ活動の起点ともなったセッションだし、そこでどんなやりとりがあったのかが映像として観られる。そして1970年に公開された映画「レット・イット・ビー」のネガティブな印象とは違う視点で編集された内容もかなり新鮮だった。また、特にポールの曲が徐々に完成していくのも面白かったし、グループ内でのパワーバランスが生々しくてドキドキした。どの人物の視点に立って観るかによって、各人物への印象がかなり変わるため、そういう意味では公平さもあると思う。
ここからは個人的に注目したところを挙げていくが、私はジョージが好きなのでジョージ関連が多いのは優しい眼差しで許してほしい。
ジョンは言葉の魔術師か!
トゥイッケナムのスタジオでジョージが後にソロアルバムのタイトル曲となる「オールシングス・マスト・パス」を弾いている場面。ジョージが“A wind can blow those clouds away.(ひと吹きの風で雲を吹き飛ばせる)”と歌ったのに対して、ジョンが“wind”を“mind”に変えた方が良いとアドバイスしている。確かに“A mind can blow those clouds away.”にすると「個人の心が社会の偏見や差別を無くせる」とも「自分の考え方一つで世界の見え方が変わる」とも解釈が出来る。つまり歌詞の深みが一気に増すのだ。こういう言葉がスッと出てくるところ、やはりジョンは天才としか言いようがない。そして、この曲がリリースされた時の歌詞はどうなっているのかと言うと、
ジョンの案が採用されてました!
ジョージの心はメンフィスにあり
このセッションの最終目標はライブをすることなのだが、肝心の場所が決まらない。メンバーそれぞれが適当な候補を挙げる中、特にジョージが挙げた場所に注目したい。なんと、メンフィス!
60年代のメンフィスといえばブッカーT. & The M.G.’sを要するスタックスレコードに代表されるサザン・ソウルの中心地である。そして、そんな土壌から生まれた白人デュオのデラニー&ボニーを筆頭とするスワンプ・ロックの潮流をジョージが意識していたが故に出てきたのがメンフィスなのだ、と勝手に想像してしまう。
実際に『オールシングス・マスト・パス』はジョージ流スワンプ・ロックとも言える内容になっている(※1)。このアルバムが大ヒットした要因というのは単純にジョージが書いた楽曲が良かっただけでなく、ジョージが時代の少し先を見据えた音楽像を提示した成果でもあるのだ。
花瓶にマイク
ジョージが一時的に脱退している最中でのジョンとポールの昼食。実は花瓶にマイクが隠してあり、その時に交わされた会話の音源がドキュメンタリー内で公開されている。
しかし、正直これはやり過ぎだと思った。セッション時の撮影や録音は了承の上だろうけど、昼食の会話はあくまでプライベートかと。私はこういうのをありがたいとは思わないし、もし製作者側がファンはヨダレを垂らして喜ぶだろうと思ってるなら、とても残念な気持ちになる。
サッカージョーク
トゥイッケナムのスタジオで撤収作業をしている中、ポールがふざけてチェーンにぶら下がるシーンがある。そこでポールが「これ以上は上がれないよ!」とおちゃらけるのだが、それを見たリンゴが「チェルシーのサポーターなら頼まれもしないのに一日中そこにいるぞ」と言い放つ。
チェルシーFCはイングランドのロンドンを拠点とするサッカーチーム。当時のチェルシーを応援するサポーターたちは熱狂的かつ凶暴なことで有名だった。つまりリンゴはすぐに興奮して高いところによじ登るチェルシーサポーターをネタにしているのだ。さすがサッカー発祥の地で生まれ育っただけある。
ちなみにリンゴが好きなチームは地元のリヴァプールFCらしい。
グリンの助言
ゲットバック・セッションでレコーディング・エンジニア(実質の音楽プロデューサー)として参加している男、グリン・ジョンズ。このドキュメンタリーではニワトリみたいなコートをよく着ているので見つけやすい。
彼がのちにビートルズのマネージャーとなるアラン・クラインについて「頭が良いとは思うが、正直言って詐欺師みたいな奴だ」とジョンに話すシーン。それに対してジョンは「俺たちだって詐欺師みたいなもんだろ?」と取り合おうとしない。
グリンの自伝を読むと、過去にグリンは武闘派マネージャーとして有名なドン・アーデンと契約しようとする若いアーティストに「あいつはやばい奴だからやめとけ」と助言している。そして、その話を聞いたドン・アーデンから銃で撃たれかけるという恐ろしい経験をしている(※2)。
そんなことがあってもアーティストから怪しい人物を遠ざけようとするところ、さすがグリンは信頼出来る男。
ジョージ、飛び立つ時が迫る
ドキュメンタリーの終盤近く、ついにジョージがジョンに自身のソロアルバムを作りたいという思いを明かす。ジョンはちょっと苛立った感じで「これからバンドでまとまろうっていう時にそれ言うの?」と返していた。
確かに今じゃないだろっていうのも分かるけど、じゃあいつだったら正解なのだろうか。大量に書き溜めた曲たちがあり、自分がやりたい音楽の形も見えてきている。そう、準備は全て整っているのだ。もはやタイミングなど些細な問題でしかない。
そんなジョージへ間髪入れずに「いいね!」って言ってくれたヨーコ、ありがとう!ジョージに変わって私からお礼を言わせていただくよ。ありがとう、ヨーコ!!
以上が個人的に要注目な場面でした。知っている方も多いと思うが、結局このセッションで録音された音源は1年以上お蔵入りすることに。そして大物プロデューサーのフィル・スペクターによる大手術を経て、1970年5月に『レット・イット・ビー』というタイトルでアルバムリリースされた。
後にグリン・ジョンズはフィル・スペクターのミックスについて、このような言葉を綴っている。
めちゃくちゃ怒ってるじゃないですか!しかし、このドキュメンタリーをグリン視点で観たら怒るのも当然だと納得出来るのではなかろうか。ちなみに2021年にリリースされた『レット・イット・ビー』のリマスター版にはグリン・ジョンズのミックスも収録されているので、こちらも聴き比べてみると更に楽しめるかと思います(※3)。
※1. 「ジョージ・ハリスン スワンプ・ロック時代(ミュージック・マガジン)」という大変ありがたい本があるので、詳しく知りたい方はぜひこちらを一読あれ。
※2. 「サウンド・マン(グリン・ジョンズ 著 / 新井 崇嗣 訳 / シンコーミュージック・エンタテイメント)」には面白いエピソードがたくさん書かれている。
※3. 分かりにくいかもしれないが、2つ並んだ上の動画がフィル・スペクターのミックス(2009年リマスター)で、下の動画がグリン・ジョンズのミックスです。ミックスする人によって全然違う印象になるのが分かるかと思います。