見出し画像

ところでWSERってなに? #1 / ウチサカ

「ウェスタン・ステイツ」。まさか、自分が行くことになるとは(うれしいなあ)夢にも思わず、2年前に「ターザン」にその歴史を書いていたよ。ここに修正&追加してこの大会のそもそもをご案内しましょう。

 まず、われわれ日本人トレイルランナーはこの大会を「ウェスタン・ステイツ」と言うけれど、正式名称は「ウェスタン・ステイツ・エンデュランス・ラン」略して「WSER」だ。

 エンデュランス・ランすなわち持久走、ウルトラやトレイルという言葉はどこにもない。1977年、そんな言葉が生まれる前から WSER は始まっている。

 さあ、行くよ。石川弘樹さんがアメリカから日本に伝えたトレイルラニング。では、そもそもそれは米国のどこで始まったの? 広いアメリカだもの、数多くの起源があるだろうけど、間違いのない話がひとつ。それが WSER。

 1849年にカリフォルニア州サクラメント/Sacramento 近郊のコロマ/Coloma で金が発見され、あっと言う間にカリフォルニア・ゴールドラッシュが沸き上がる。1849年、その1年だけで世界中から9万人もの人たちが海路、陸路を経てカリフォルニアに押し寄せた、なんとまあ。

画像1

超スーパーQBジョー・モンタナの活躍で知られるプロフットボールチーム、サンフランシスコ・フォーティナイナーズ/49ersの名称はこれに由来する、1849年に新天地にやってきた野郎どもってことか。チームカラーは赤、そしてゴールドさ。

画像2

 アメリカ西部には、さらなる開拓の地へ、また新興の町と町、町と都会をつなぐために、多くのトレイルが開拓されてゆく。なかでもゴールドラッシュの中心となったオーバーン/Auburn の町と急峻なシエラネバダ山脈を越え、ネバダ州北部をつなぐウェスタン・ステイツ・トレイルは困難にして危険ながらも、急激に発展しつつあるこの地域の重要なルートだった。

 やがてラッシュは終焉し、1860年代に東西の海岸を結ぶ大陸横断鉄道が敷設されると、ウェスタン・ステイツ・トレイルは他のトレイルと同様に使われなくなってゆく。

 時は流れ1955年8月7日。「馬って1日で100マイルを走れるものかい?」「いや,無理、無理」「うんにゃあ、乗り手が上手ならいけるさ」。 長年の議論に終止符を打とうと、ウエンデル・ロビーと4人のホースバック・ライダーがタホシティ/Taho Ctiy から100マイル先のオーバーンを目ざして走り出す、馬で100マイルの山道を1日24時間で行き着けるのか? ウエンデル・ロビーが24時間を切ってフィニッシュし、残りの3人も到着できた、と記録にある。残りのひとりは・・?

 かつての艱難辛苦のウェスタン・ステイツ・トレイルをなぞり、ワンデイ(24時間)という制限を設けたことで、その馬の大会は「100mile One Day Trail Ride」と命名される。10年も経たないうちに出場の馬とライダーは1000組を越え、100マイルを24時間にうちに、というこの過酷な山岳ライドは世界有数の乗馬大会になってゆく。

画像3

なお、1959年からは、優勝しそして馬の体調を良好に管理できたライダーにTevis Cup/テヴィス杯(協賛ウェルズ・ファーゴ社(*)当時の社長の名から)が贈られ、この世界一有名なエンデュランス大会は通称「Tevis Cup」と呼ばれるようになる。

え、もともとは馬のレースなの? そう、ヒトが走るようになるには、もうちょっと時間が必要なのさ。
#2 に続きます。

*ウェルズ・ファーゴ。大陸を荷馬車でつなぐ運送業「カーゴ エクスプレス」としてサンフランシスコに創業。旅行業、銀行業などを手がけ、トラべーラーズチェックなども発行。クレジットカードの「アメリカン エクスプレス」はこの会社が大元だ。カードなのになぜ速達なんだろう? ようやくわかった。

いいなと思ったら応援しよう!