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『新聞記者』 ひたすら面白い映画に会いたくて 〜92本目〜

  本作から安倍官邸批判を感じ取る人は多いのではないか。この映画は参院選の直前に公開しているということもあり、一種のプロパガンダ映画の要素も入っているはずだ。

 「自分を最も信じ、疑え」。これは劇中のエリカの父が残した言葉だ。この言葉のように、本作の内容も全て鵜呑みにしてしまうのはよろしくない。フィクションと現実を見極めるためには、正確な情報が不可欠だ。この作品を契機に政治のことをもっと知りたい、勉強したい、情報を集めたい、と思う人たちが現れてくれたら嬉しく思う。

 本作を契機に本格的な政治映画が日本でも製作される日が来ることを願っている。脚本家や監修に政治学者を参加させてみても面白いかもしれない。本格的な政治映画を作るためにも、専門家の意見を取り入れることが大切なように感じる。ただ批判だけの作品からの脱皮を期待したいものだ。

『新聞記者』(2019)

原案 : 望月衣塑子 (2017)『新聞記者』角川新書
脚本 : 詩森ろば、高石明彦、藤井直人
監督 : 藤井直人

【受賞】
第43回 日本アカデミー賞 最優秀作品賞 (2020)
第11回 TAMA映画賞

「きみ 子供が生まれたばかりだそうじゃないか」

物語の概要

 本作には主人公が2人存在する。まず1人目の主人公は、東都新聞社会部の若手記者の吉岡エリカ(シム・ウンギョン) である。

 ある日東都新聞社会部に「医療系大学の新設」に関する極秘文書がFAXで届く。この「医療系大学の新設」の認可先は、文科省ではなく内閣府であった。なぜ、内閣府が認可先なのか。この極秘文書はそもそも真実が記載されているのか。これらの疑問を解決するため、若手記者吉岡は取材に動き出す。

 もう1人の主人公は、外務省から内閣情報調査室 (内調) に異動したエリート官僚の杉原拓海 (松坂桃李) 。

 内調の仕事は、政権を守るための情報操作やマスコミ工作ばかり。また彼の上司の内閣参事官多田 (田中哲司) は、官邸に不都合な真実を揉み消すためには民間人を陥れることも厭わない。いくら政府のためだからといって、国民に対して嘘をついてまで政権を守ることに疑問を持ち始めた拓海。彼は外務員に戻りたい気持ちが募っていた。しかし、子供を身籠った妻が自分にはいる。仕事と家庭の狭間で葛藤する1人の男を松坂桃李が見事に演じ切る。

 この2人の主人公が徐々に交わり合い、物語が急速に進んでいく。最後まで見逃せない重厚な社会派サスペンス作品に仕上がっている。

本作の魅力

 拓海の妻役を演じた本田翼がとにかく可愛い映画であった。可愛いに全ベクトルを傾けた彼女の演技の前では、向かう所敵なしではないか。そう思うくらい彼女の少しぶりっ子成分が含まれた可愛い演技には何度も癒された。拓海は本当に良い人を奥さんにしたものだなあ。こんなにも素敵な奥さんが側にいてくれると、残業せずに定時マッハの帰宅をしたくなるに違いない。

 また、吉岡エリカの設定が秀逸であった。「父親が日本人&母親は韓国人でアメリカ育ち」と日本では異質なキャラクターが出来上がっていたのだ。彼女が日本人の型にはまっていない!というところが本作のストーリーの面白さに深みを与えてくれる。この難しい役どころである吉岡エリカを演じたシム・ウンギョンさんは、全てのシーンを日本語で演じ切っている。日本語を喋るだけでも大変なのに、アメリカ育ちで日本人と韓国人のハーフといった難しい役どころをここまでのクオリティに仕上げた演技には恐れ入った。本当にお疲れさまでした。

 拓海が「医療系大学の新設」に関する極秘文書の隠された資料を探し当てて、それを吉岡に写メって送信するシーンは、スパイ映画さながらの緊迫感が張り詰められており、手に汗握る非常にスリリングな場面であった。こういうスパイ映画のような展開は見ていて最高に面白い。『大統領の陰謀』を観たときにも感じだが、政治にメスを入れる映画では、この辺りが見所となることが多いように感じる。「頑張れ!」とつい応援を送りたくなるほど良い場面であったなあ。

私の1番好きな場面

 私の1番好きな場面は、吉岡がキャップに「医療系大学の新設」に関する極秘文書の記事を添削されるシーンである。この添削シーンはものすごくリアリティがあった。吉岡がパソコンで記事を書いてるシーンもめちゃくちゃリアルティがあった。このように徹底的にディテールにこだわる演出が私は大好きである。

 大学の授業で新聞記事を執筆した経験があることもあり、余計に「ああ、新聞記事の下書きこんな感じだったな!」と記事の執筆過程に反応したに違いない。新聞記者の大変さというものが、面白いぐらい伝わる個人的にお気に入りの場面であった。

最後に

 原案を読んだ私が想像していたのは、官房長官の定例会見で質問をしまくる女性新聞記者を丹念に描いていく作品であった。だからこそ、本作を観た率直な感想としては、「え、官僚ドラマじゃないか!?」とびっくりしたものだ。せっかくのフィクション作品であるので、もっとスカッとしたエンディングが観たかったという思いもある。本作は全体的に暗すぎるのだ。

 個人的には、定例会見で鉄壁のガードを保っている官房長官の鼻を明かす新聞記者の攻めの姿勢を描いて欲しかった。こちらのほうが断然エンターテイメントっぽさが出ると思うのになあ。本作よりも、原案の『新聞記者』のほうが現実ではあるがエンターテイメント性を感じたものだ。私がこの原案から切り取って映像化するならば、絶対に官房長官の「定例会見」である。

 『加治隆介の議』のような本格的な政治作品を是非ともいつか日本で映画化していただきたい。『沈黙の艦隊』のリメイクを実写版で製作してくれてもいい。日本で政治映画を制作する限界を感じる1作であった。題材は非常に良いのだが、とっても惜しい。『大統領の陰謀』のようなインパクトが本作にも欲しかった。もしあれば、新聞記者のジャーナリズム魂カッコいい!!ってなるのだが。『加治隆介の議』の続編をわたしはいつまでも望んでいる。

予告編

 映画『新聞記者』の予告編です。

(【YouTube】シネマトゥデイ 「映画『新聞記者』予告編」)

関連作品

 Netflixで独占配信中の『新聞記者』。実は藤井直人監督が、再びメガホンを取り、映画の尺では表現できなかった世界を私たちに見せてくれている。私が観たかった『新聞記者』が、このドラマでは丹念に描かれているのだ。映画を観た方には、是非ともドラマ版の『新聞記者』も観ていただきたい。望月さんの原案の持ち味が上手く脚本に落とし込まれており、これぞジャーナリズムと言わんばかりのカッコよさが詰まっている。私のように映画『新聞記者』で物足りないと感じた方には、もってこいの1作である。個人的には、田中哲司さんが全く同じ役で出てくるのがお気に入り。

(【YouTube】Netflix Japan「『新聞記者』予告編 -Netflix」)

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