「ひたすら面白い映画に会いたくて」24本目『無能の人』
24本目:『無能の人』
『無能の人』(1991)
脚本:丸内敏治 / 監督:竹中直人
「絶望の中に射し込む一筋の希望の光」
物語のあらすじ
主人公(竹中直人)は漫画家。だけど仕事がない。このままではこの先漫画で食っていけないと思い、中古カメラ屋や古物屋を営んだりしたが結局どれも上手くいかなかった。そして、今は石を売る商売をしている。しかし、1つも売れたことはない。当然だ。彼が売っているのは、その辺の川辺で拾ってきた石であるから。
本作は漫画家なのに漫画を描かず、石を売る商売をしているそんな「無能の人」の物語である。
原作との違い
基本的には原作を忠実に再現している。ただ、いくつかの場面に竹中直人なりのオリジナリティを垣間見ることができる。原作の雰囲気を保ちながらの改変なので、原作を読んだ人たちもきっと納得できるはずだ。原作の時系列やエピソードを上手く調整することで、彼はつげ義春の「無能の人」を107分という時間に見事まとめ上げたのである。素晴らしい。
原作では漫画をもう一度描き始めるという場面など1度もなく終わりを迎え、物悲しかった。しかし、映画では主人公が物語の途中で漫画をもう一度描き始めるシーンを用意してくれている。このシーンが追加されたおかげで、暗い原作に一筋の明るい光が差し込む。ここからラストシーンまでは本作最大の見所であろう。本作の評価は、きっとラストシーンで跳ね上がるはずだ。素晴らしいラストシーンであった。
またつげ義春の「日の戯れ」という作品が、この映画の中で再現されていたことに驚いた。競輪場の車券売り場窓口の場面である。「無能の人」の主人公と奥さん(風吹ジュン)の過去の話に「日の戯れ」の話をそのまま使っていたのだ。別々の作品であるのに、上手く繋ぎ合わせると1つの物語になっているのがすごい。原作よりも映画のほうがなんだか可愛らしい話であったな。風吹ジュンがとっても可愛らしかったなあ。
このように、本作は「無能の人」+「日の戯れ」を実写化した作品と言える。つげ義春さんの漫画が好きな人には、おすすめの作品である。作り手から原作へのリスペクトが随所に感じられる素敵な作品であった。
私の1番好きな場面
私の1番好きな場面は、石のオークションの場面である。原作では主人公の石に誰も見向きもしなかったのだが、映画ではしっかりオークションが始まった。
奥さんが、途中から参加する場面には笑わされた。彼女が夫の石の値段を吊り上げる役をするのである。4万円までは驚くほど上手くいっていたのだが、欲をかいたのか、5万円だと言ってしまい見事にドボン。結果、自分がお買い上げしたというオチには大笑いした。1割のマージン代も「美石狂会」に取られて5万5000円の損害である。
全く夫の石に見向きもしなかった奥さんが、あんなにもオークションで盛り上がるなんて思わなかったので妙に可笑しかった。あのシーンは確実にこの映画の見所の1つであろう。原作とは対照的にかなり明るいオークションであった。
最後に
原作はとにかく何をやっても上手くいくことがなく、救いようのないくらい終始暗ーいお話であった。しかし、この映画は少し違う。原作の暗さは確かに健在なのだが、その暗さの中に一筋の希望の光を映し出している。それが竹中直人監督の『無能の人』なのである。俳優としての竹中直人も素晴らしいが、映画監督としての竹中直人も味があって素晴らしい。そう思わせてくれる1作であったな。