ひたすら面白い映画に会いたくて〜44本目『蒲田行進曲』〜
39段の階段落ち。これは本作の代名詞とも言える伝説のシーンである。階段落ちの映画と言えば、本作を思い出す人も多いことだろう。それほど記憶に残る階段落ちを、本作では見事に披露してくれている。
物語の舞台となるのは、東映京都撮影所。本作は、映画スターの銀四郎(風間杜夫)、大部屋俳優のヤス(平田満)、売れなくなった美人女優の小夏(松坂慶子)の3人を軸に描いたコメディ作品である。
44本目:『蒲田行進曲』(1982)
脚本:つかこうへい / 監督:深作欣二
「女房がコレなもんで 俺 カネがいるんです」
物語のあらすじ
映画スターの「銀ちゃん」こと銀四郎に、弟子たちはいつも振り回される日々を送っていた。大部屋俳優のヤスもその銀ちゃんの弟子の一人。銀ちゃんのわがままな振る舞いに対しても「しょうがないなぁ、この人は」と言いながら、銀ちゃんの身の回りの世話を担当していた。
ただ、弟子たちも銀ちゃんの世話をしていただけではない。世話をする代わりに、彼に仕事を探してきてもらっていたのだ。この時代には、こうした「スター=親分」、「弟子=子分」とした「親分-子分関係」が確立されていたのである。
ある日ヤスは、銀ちゃんの身の回りの世話を超えた厄介な問題を銀ちゃんに押し付けられる。それは銀ちゃんの恋人であり、ヤスも憧れていた女優の小夏との結婚であった。彼女は銀ちゃんの子供を身ごもっており、自身の出世に影響が出てしまうことを恐れた銀ちゃんが、全てをヤスに投げたのだ。
そして、このあまりにも無茶な銀ちゃんからの押し付けを銀ちゃんを慕ってやまないヤスは引き受けてしまう。
小夏の夫となったヤスは、小夏のために出産費用を稼がなければならない。自分の子供ではないということをわかっていながらも。ここから稼ぐために危険な仕事をこなしていくヤスの生活が始まる。果たしてヤスの身体はどこまで危険な仕事に耐えることができるのか。
ストーリー自体は単純明快であるのだが、この3人の人間関係は複雑であるという設定が、本作の見所だ。
本作の魅力
メインテーマの「蒲田行進曲」が耳に残って消えない。面白くて、つい口ずさみたくなるメロディである。物語の始まりと終わりをこの曲で挟み込む演出は良かったなあ。この曲がかかると、ワクワクしてしまう。シンプルだが、記憶に残る良い曲であった。
演劇出身である2人の若い役者たち(風間杜夫と平田満)。本作は、そんな彼らが、映画の世界に演劇の「熱量」を注ぎ込んだ非常に勢いのある作品に仕上がっている。この2人によるテンションの高すぎる演技には、圧倒されるに違いない。
2人のやりとりは、もうセリフの大洪水と言ってもいいだろう。それぐらいセリフの量が膨大であったのだ。よくも噛まずにあれだけのセリフを言えるものだ。
このように本作は、俳優陣の演技の熱量が他の日本映画とはケタ違いに大きい。俳優陣に観る者を熱くさせるほどの「演技力」が備わっていれば、作品をこれほどまでリアリティ溢れるものへと昇華させることができるのかと驚いたものだ。
本作の脚本を担当したつかこうへい。彼の脚本は、こんなにも面白いなんて。よくこれほどまで面白い話を考えついたものである。彼の脚本は、観る者を最後まで退屈させることなんてなかった。
本作は、俳優同士の人間ドラマとしても見応えがある。だが、それだけでなく、1つの上質なコメディ作品としても本作を完成させている。この辺りが本作の素晴らしい所である。
私の好きな場面
私の好きな場面は、次の2つの場面だ。
1つめは、ヤスが九州の田舎に小夏との結婚の報告をするため、帰郷する場面。ヤスの地元の人たちは、まるで地元のスターが帰ってきたかのような盛大な出迎えをしてくれるのである。彼のために、あれだけの人が集まってくれるなんて。私がヤスだったら、なんだか申し訳なくて、居た堪れない気持ちになってしまいそうだ。
みんなのこうした祝福がすごく嬉しい。やっぱりこういった田舎の雰囲気っていいなあ。そう思える良い場面であった。帰ってくると、心があったまる。それだけでなく、もっと頑張ろうと思わせてくれる「力」も持っているのだ。私も生まれ故郷は大切にしたいな。
そして2つめは、ヤスの階段落ち当日、
ヤスが「晩ご飯まで延期してくれ」と撮影所のみんなに頼む場面である。この場面での平田満の演技は鳥肌モノであった。今まで大部屋俳優と揶揄されてきた1人の役者が、この日だけはスターのような貫禄を身に纏うことになるのだ。
1人2役のようなこのヤスの演技には、非常に驚かされたものだ。急に偉そうな態度になるヤスの演技は、観ていて気持ち良かった。それほど、彼から只者ならぬオーラを感じたのである。随分迫力あるシーンであったなあ。
最後に
階段落ちの映画といえば、本作の右に出る作品はないはずだ。凄まじい階段落ちを見事観客たちに見せつけてくれた。本当に迫真の演技であった。階段落ちのシーンでのヤスの演技は、涙がこぼれ落ちてしまうほど。しかし、つかこうへい脚本の本作がこのまま綺麗に終わりを迎えるはずがない。
観客を裏切るような形で終わるエンディングも本作の特徴であり最大の魅力なのであろうな。最後の最後まで目が離せない楽しい作品であった。
この作品に影響を受けた人は、いまの日本の映画業界にも多いのではないか。観た人の海馬にグサッと刺さるほど素晴らしい作品であった。
予告編
↓映画『蒲田行進曲』の予告編です↓
(出典 : 【YouTube】松竹チャンネル/SHOCHIKUch「あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション『天城越え』『蒲田行進曲』11/5リリース!」)