名前が秀逸だと思う香水②
もうすぐ、薔薇の季節がやってくる。
ここフランスに根付く薔薇の生命力は、日本のそれよりすごい。
車がビュンビュン通る道路脇にも生えているし、家の軒先にも、もちろん森林にも、太陽の姿を追いかけながら力強く自生している。
そんな逞しい姿には、カタカナのバラではなく、アルファベットのROSEでもなく、漢字の薔薇という文字がよく似合う。
「薔薇」
さて、スウェーデン発のフレグランスメゾン『バイレード(BYREDO)』に、「ローズ オブ ノーマンズ ランド(ROSE OF NO MAN'S LAND)」というオードパルファムがある。
2015年に発売されたジェンダーレス香水だ。
「ローズ オブ ノーマンズ ランド(ROSE OF NO MAN'S LAND)」
直訳すれば、「無人の地の薔薇」となる。
これは、“第一次世界大戦中に活躍した従軍看護婦を讃えて”つくられた香りだという。
つまり本当の意味としては、「荒野に咲く薔薇(ROSE OF NO MAN'S LAND)」となるのだ。
第一次世界大戦、続いて第二次世界大戦。
わたしも含めてほとんどの人が実情を知らないが、フランスでもやはり、戦地に出向いた男たちは、筆舌に尽くしがたい運命をたどったという。
男たちは生きて帰れぬという運命を背負って戦った。
緑豊かだった故郷は戦場となり、挙句の果てには荒野と化した。
そんな場所で働いた看護婦たちは、兵士から「薔薇」と呼ばれていたそうだ。
わたしは未だかつて、これほど緊張感を伴うトップノートを嗅いだことがない。
消毒液?
病院の匂い?
それにしても、やけに鋭い。
先入観がそうさせているのかもしれないが、ガラスの刃を持った誰かに、背後から狙われている感じがした。
フェミニンで春うららな薔薇香水ではない。
そんな香りをイメージしていようものなら、「ローズ オブ ノーマンズ ランド(ROSE OF NO MAN'S LAND)」に殴られてしまいそう。
それくらい不穏なスタートだ。
しかし、香りは30秒ほどで劇的に変化する。
真っ赤で、主役感たっぷりの薔薇が、BGMを伴いながらゆっくりと蕾を膨らませて開花していく感じ。
ここでの香りは薔薇らしく、華やかだ。でも派手さや色気はない。
初めから終わりまで、舞台に立つバレリーナの背中のように、「凛」とした雰囲気がある。
その媚びないイメージは、ラストノートの最後の最後で再び崩れる。
感情を揺さぶる「スキンノート」と言えるだろうか。
ずっと気負っていて張り詰めていた人が、なにかの拍子に糸が切れてほろりと涙するような。
と、ここまでの香り立ちはおよそ一時間なのだが、これは映像というよりも、文字を追っている感覚に近い。
「ローズ オブ ノーマンズ ランド(ROSE OF NO MAN'S LAND)」にはそれくらいドラマチックな展開があるし、ストーリー性が豊かなのだ。
いつもは大丈夫だけど、誰かの肩にもたれかかりたいと思うときがある。そんな日は、男性でも女性でも、問題なくまとえる。
でも男性がまとうと、より孤高な雰囲気が出るだろう。
明るいスポーツマンより、物事を深く考える人に向いている。個人的にはスーツ姿に合わせてほしいと思う。
モノクロの世界で動く、「赤い薔薇」に見えるはずだから。