【ちよしこリレー小説】青い夏 第四話
第四話 2人のオアシス
お昼休み、葵は羽山詩織と大山しのぶと机を囲んでお弁当を食べていた。
「私たちしおりとしのぶで、2人とも小さい頃にしーちゃんって呼ばれていたこともあって、たまにCCレモンって呼ばれたりするの!ウケるでしょ!」
左手をCの形にしながら、可愛らしい見た目通りの明るさで、詩織が会話の盛り上げ役を買って出てくれた。緊張が解けきらない状態で席についた後、すぐに話しかけてくれた詩織に葵はすでに心を開いていた。
「あー子って呼び捨てにしていい?私のことは詩織でいいよ〜!」
「私もしのぶでいいからね。ていうか本当にあー子でよかったの?」
「うん、もちろん!ありがとう!あだ名はせっかく決めてもらったしみんなが呼びやすいなら全然!」
これまで呼ばれたことのない新しいあだ名に戸惑いはあったが、葵にとってはこのクラスに馴染むための大事な足がかりになったので、あえて変えようとは思わなかった。それに、あだ名を決めてもらったことが蒼との大事なつながりのようにも思えた。
でも、しのぶの気遣いはとてもありがたく、周囲への気配りができる素敵な子だと感じた。詩織としのぶとすぐに友達になれたことが、転校によってやさぐれていた葵の心を救った。
「でもさ、この時期に転校って珍しくない?高2の夏って結構大事だし。あと1年半で卒業って思ったら、せっかくなら同じとこで卒業式もしたかったよね?」
詩織が自分のことのように想像して話してくれているのがわかり、早くも自分の味方ができたような気持ちになった。
「あー、うん。本当はお父さんだけ単身赴任っていう案もあって一応家族会議はしたんだけどね。結局はやっぱり家族一緒が大事じゃないっていうお母さんの意見と、大学受験ならどこにいても好きな大学には行けるだろうってことで。いろんな場所でいろんな人と交流するのも、若いうちの経験としてはプラスになる!みたいなことにもなって。」
「そっかー!でも確かにね。家族一緒がいいっていうのはなんかわかるなぁ。可愛い子には旅をさせよっていうのもあるしね。」
「あー子にとっては時期的にも気持ち的にも、転校するの結構つらかったかもだけど、私はこうやってあー子と出会えて友達になれて嬉しいよ!」
詩織としのぶの前向きであたたかい会話に、転校も悪くなかった、と考えを改められた自分がいた。
放課後、詩織としのぶとは校門で別れ、例の図書館に来ていた。
夏休み中に何気なく手に取った小説が面白く、ここしばらく離れていた読書の楽しさを思い出したこともあり、時間を持て余しそうな時や一人になりたい時に図書館を訪れるようになっていた。
三度目に訪れたとき、いつ来ても絶対に座れる赤本コーナー横の勉強スペースを自分のお決まりの場所に決めた。葵は、いつもの場所に座って本の続きを読み始めた。
本の世界に完全に浸るあと一歩のところで、輪郭のはっきりとした声が聞こえて現実に引き戻された。
「あー子?」
それが自分のことだとわかるまでに少し時間がかかったが、聞き慣れた声に葵はすぐに顔を上げた。
「あ…!蒼くん!」
「やっぱあー子だった!また会ったねー!なんか俺ら図書館で会うのがお決まりみたいじゃない?笑 図書館好きなの?いつもいる系?」
今朝と変わらない明るい雰囲気を残しつつ、野次を飛ばす友人たちがいないことで、少し落ち着いたトーンで蒼が話しかけてきた。
「特に図書館がすごい好きとかではないんだけど、静かでなんか落ち着くし、本読むのにはいいなと思って。ここの図書館、結構気に入ってたまに来てるんだ。」
葵は一気に緊張して喉が詰まりそうになったのを感じながら、精一杯の平静を装って返事をした。
「そうなんだ。俺も結構ここ好きなんだよね。集中したい時とか。いいよね。」
初対面の印象から、蒼は年中部活に明け暮れているタイプかと思っていたが、「図書館で集中したい何か」があるというギャップが気になった。
「蒼くんも読書が好きなの?それとも勉強とか…?」
土足で踏み込む詮索屋さんに思われないよう気をつけて質問した。
「大学がさ〜俺どうしてもスポ科に行きたくて、部活ない時とか時間ある時は勉強しに来てるんだよね。あ、意外だなと思った?笑」
蒼がギャップの正体をすぐに明かしてくれたことに安心したが、心を読まれたかのようで気恥ずかしくなった。
「いや…あー、うん。ちょっと思った、ごめん笑」
蒼の素直さに引きずられて、葵も正直に返した。
蒼の言うスポ科とは、スポーツ科学部のことで、スポーツに関する哲学・心理学・医学・経営学などあらゆるスポーツに関する学問が学べる学部のことだ。葵の周りにそこを目指している友人はいなかったものの、スポ科のことは知っていた。
「スポーツは好きだけど、そっちの道でやってこうとは思ってなくて、どうやったら長くスポーツができるかとか、体づくり・機能、とか、良い結果を出すためにどうするかとか、そういうの面白いなと思ってて。で、そういうのに興味があるならこういう学部がいいんじゃないって親に言われてからそこしか行く気にならなくなっちゃってさ。単純だよね〜笑」
気づけば目の前に座っていた蒼が、それほど大した話でもないと言わんばかりのテンションで、スラスラと進路を話した。
葵はその様子に圧倒されながらも、憧れと尊敬の眼差しで見つめていた。
前にいた学校でも、2年になった途端に担任に進路を聞かれるようになったが、一度としてはっきりと答えたことがなかった。
数学が苦手な葵はとりあえず文系学部を受験しよう、というぐらいしか考えていなかった。同じ "サトウアオイ" なのになんていう違いなんだろう、とますます恥ずかしい気持ちになった。
「サッキーの息子さんがさ、あ、サッキーてうちの担任の山崎先生ね。の息子さんもスポ科みたいでさ〜色々アドバイスもらったんだよね。過去問で結構傾向は掴めるからおさえておいて損はないって。絶対行きたいならチェックしとけって言われたからちょこちょこ見てる感じ!」
楽しそうに話す蒼を見て、この人は絶対に有言実行でスポ科に行ってしまう人だと思った。むしろ蒼がいけなかったら世の中の不公平さを呪ってやろうとすら考えてしまうほど、彼の進路と未来を勝手に確信していた。
「そこまで考えてるなんてすごいね…!対策までもう始めてて。私なんか全然まだまだ…。」
同じレベルで会話ができないことや、この先に続く会話のネタを提供できないことが歯痒くて、「ただ小説を読みに来ただけ」の自分が嫌になった。
「あー子はこんな時期に転校もあって、なかなか落ち着いて考えられる状況じゃなかったと思うし、決めるタイミングは人それぞれだから全然いいんじゃない?俺は単純なだけだから笑」
雰囲気を察してか、進路が決まっていないことを蒼が珍しい時期の転校のせいにしてくれたことで、幾分気まずい気持ちが和らいだ。
でもなぜか葵は、蒼がそれを雰囲気で言ったのではなく、本当にそう思って言ってくれたような気がして嬉しかった。
帰り際、蒼が当たり前のようにスマホを差し出してきて、お互いの連絡先の交換はものの数秒で終わった。
画面には、最初に坂で見たのと同じものと思われる名前入りの青いジャージとともに「蒼」の文字が映った。
特に何も考えずに撮られたジャージ写真をアイコンにするなんて、なんだか蒼らしい、と感じて思わずクスッと笑った。
蒼は何が可笑しいのかわからない、という顔でこちらを見ながら「え、なに?ま、いいけど。オッケー!じゃあまた明日!」と言っていつものえくぼを向けた。
葵は、蒼の「みんな友達」の一員に加われたことに、心の奥がじんわり温かくなったのを感じた。自然に口角が上がっていることに気づかないまま、軽い足取りで家に帰った。
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