【ちよしこリレー小説】青い夏 第六話
第六話 共通点
週末、あっという間に約束の日が来た。
玉やんが指定した待ち合わせ場所にいち早く到着したのは蒼だった。
前の日から落ち着かず、当日を迎えた今朝もなんだかソワソワした気持ちで、家に居られなかった。着いてからも浮ついた気持ちが抑えられず、普段はそこまで気にしない身だしなみを入念に整えた。
前の晩、図書館で葵と初めて話した日のことを思い出しながら、同じ服装を避けるべく紺色のポロシャツと白いハーフパンツに決めた。気合いが入りすぎていると思われない程度の「ちゃんとした服装」のつもりだった。
抑え目を意識しすぎてむしろラフすぎたのではないか?
汗臭くないだろうか?
葵はどんな服装で来るだろうか?
そんなことをぐるぐると考えているうちに、葵がやってきた。
「蒼くん、おはよう!早いね!…あ、この時間っておはようでいいのかな…?」
「おー、おはよう!あはは笑 確かに、10時台っておはようって言っていいのかわかんないよね。」
朝というには遅いが昼には早すぎるこの時間帯の挨拶に相応しい言葉に自信が持てず、出だしの元気さから一変、もじもじと尻すぼみに話す葵がとても可愛く思えた。
「ていうか、名前。戻ってる!笑」
この日を迎えるまで会話らしい会話がなかったこともあり、葵は先日決まったばかりの蒼の新しい呼び名に慣れていないようだった。急に詰めた距離が元に戻ってしまったようで、再びその距離を取り戻すべく間髪入れずに指摘してしまった。
「あ…!ごめん!アオくん、だね!」
「いや、俺こそごめん!呼びやすい方でいいよ!」
素直に直してくれた葵の反応を見て、わざとではないことは元々わかっていたのに、訳のわからない感情から瞬間的に口にしてしまったことを悔やみ、呼び方にこだわった自分を正した。
「なんかさ、服、お揃いみたいになっちゃった感じだね…?」
葵が恥ずかしそうに見比べながら言った。
自分の次に葵が来たことと、呼び方のことで頭がいっぱいになっていた蒼は、指摘されるまで気づいていなかったが、言われてみれば服の色が丸かぶりしていた。
葵は薄手の白いTシャツに、黒に近い紺色のキャミワンピースを重ねた服装だった。白と紺の組み合わせがまさしく「お揃い」だった。
これは玉やんにいじられそうだな…。
瞬時に玉やんのニヤニヤした意地悪そうな顔が浮かび、昨晩の自分に「その色はやめとけ」とアドバイスをしたくなる気持ちが込み上げた。
と同時に、同じ色を選んだ事実は新たな共通点のようで、葵が来るまでの浮ついた気持ちを取り戻したようにも感じた。
蒼と葵が落ち合ったのは約束の待ち合わせ時間の10分前だった。
午前中とはいえすでに気温が高くなり始めている酷暑の中、外で待つのはやめておこう、という蒼の提案に合意が得られたため、残りのメンバーが到着するまで涼んで待っていることにした。
すぐ近くにあったコンビニでさっと飲み物を買い、隣接する本屋で時間を潰すことにした二人は、蒼の志望校の赤本を探していた。
「あ、この辺かも。」
「ほんとだ!…おーあったあった。」
スポ科がある学校としては一番有名なその大学の赤本はすぐに見つかった。
お目当てのものをすでに手にした蒼だったが、ぼんやりと他の大学を眺めながらなんとなく気になっていたことを口にした。
「全然どうでもいい話だけどさ、赤本って微妙にオレンジっぽくない?」
チラッと視線を向けた先には、目を丸くしてこちらを見ている葵がいた。
「え…!ねぇ、それ私もこないだ赤本見た時に思ったの!全くおんなじこと思ってたから今すごいびっくりしちゃった!!え、うわー!そんなことある??なんかすごすぎてびっくり…!!ちょっとトリハダ!」
何気なく言った言葉に思いがけない反応が返ってきたことに加えて、まさかの内容に蒼も驚きを隠せなかった。
「マジで?!うわ、すごいね!ていうかこの感じわかってくれる人がいると思わなかったからそれもびっくりだわ!」
蒼は今日すでに2つ目の共通点が見つけられたこと、それが二人だけの空間で起きたことに心が弾んだ。そしてなんといっても、この偶然をきっかけに一気に自分に対する壁がなくなった葵の雰囲気が嬉しかった。
ひとしきり赤本の色ネタで盛り上がったところで、ちょうど蒼と葵それぞれのスマホにメッセージが入り、待ち合わせ場所に向かった。
蒼には玉やん、葵にはしのぶからメッセージが来ており、すでに落ち合っていた二人が目と鼻の先にいた。
そこに、ほんの少しだけ遅れて詩織が駆けつけた。
「おー!CCレモン揃ったな〜!久しぶりや〜! 」
「ねぇ!それほんと恥ずかしいから大きい声で言うのやめてよー!」
玉やんの言葉にすぐに反応した詩織が早々に制止した。
蒼はその様子を横目に、葵と自分の服装のことをつっこまれずにすんでほっとしていた。
一行はぞろぞろと動き出しながら、蒼・玉やん・詩織の3人は中学が一緒だったことや、高校に入ってからしのぶも交えて会うようになり「CCレモン」というあだ名を玉やんがつけたこと、それをたまたま高校のクラスメイトに聞かれていて広まったこと、しのぶは玉やんと同じ学校に通えるレベルだったがあえて坂上高校に来たことなどを話し、全員が葵の「友達情報インプット」に貢献するべく様々なネタを披露していった。
合わせて、それらのエピソードと共に「4人がよく行くファミレス」、「蒼と玉やんが小学生から通っている駄菓子屋」、「詩織としのぶのおすすめのカフェ」など、みんなの定番紹介で街案内が進んでいった。
「あー子は元々どこに住んでたの?」
一通りの街めぐりを終えた5人は、スタート地点のファミレスに舞い戻っていた。玉やんがリードし、葵を中心にした会話が繰り広げられていた。
「神奈山県の金城市ってところ。知ってるかな?」
「おー!!知ってる知ってる!!そこの御堂町(みどうまち)ってとこに俺の従兄弟が住んでるから昔はよく行ってたし、今もたまーに行くよ!」
「え!ほんとに?!御堂めちゃくちゃ近い!その2駅隣のところに住んでたよ!」
「すごい偶然だねー!玉やんの従兄弟とすれ違ってたかもだね〜!ていうか
知り合いかもじゃない?!」
葵と玉やんのまさかの共通点に詩織がすかさず食いつき、急速に会話が盛り上がった。目の前で繰り広げられるいわゆる「地元トーク」に蒼は焦るような気持ちが湧いた。
その共通点は反則だろ〜!!
葵と玉やんは共通言語を得たことでとめどない会話を楽しんでいるようだった。程なくしてそれぞれの注文したメニューが届き、各々昼ごはんを楽しんだが、蒼は次なる共通点を探り当てるために葵から発せられる会話の全てに神経を集中していた。
そんな時、玉やんの気遣いの一言で男子が全員のドリンクのおかわりを取りに行くことになった。
「俺らが来る前どんな話してたんだよ?なんか進展あった?」
ドリンクコーナーの前で完全に二人になったのをきっかけに、状況アップデートを期待した玉やんが少々のニヤつきとともに質問してきた。
「いやぁー進展…はわかんないけど、まぁでもちょっと打ち解けた気はする。」
ここでも服装の色被りについては何も言われず、蒼は若干拍子抜けした気分だったが、蒼の返事を「そっかそっか〜まぁこれからだな!徐々にね。」と軽くやり過ごす玉やんを見て、思い出した。
そうだ、こいつはそういう奴だった。
ノリ良く絡むところもある一方、むやみやたらに揶揄ったりいじったりするような子どもじみたことはしないのが、玉やんが高校の「野次メイト」たちとは一線を画すところだ。
このドリンクコーナーに来るきっかけとなった彼の気遣いからもわかるが、ノるところと引くところ、前に出る時や静観する時など、常に全体を見て空気を読む能力に長けている。
蒼は時々、本当に玉やんは同い年なのだろうか?と思うほどセンスの良い男だった。真面目そうな見た目で、普通なら地味男子のレッテルを貼られがちな玉やんが、言動の端々から漏れ出るそのスマートさを嗅ぎ取った女子たちからモテ続けているのはそのためだ。
蒼は、ただ頭がいいだけではないこの幼馴染を心から尊敬しつつ、ライバルになったら厄介な存在だと感じていた。そして今まさにその瞬間が訪れたのではないかと身を引き締めかけていた。
だが、「同姓同名の運命をどこまで引き伸ばせるか見ものだなぁ〜」と楽しげに話す玉やんからは、いつものノリしか感じられず蒼はすぐにその緊張を解いた。
とはいえ気は抜けない。
葵から玉やんに矢印が向く可能性が残っている。
同姓同名であることや偶然の出会い、そして今日新たに得た共通点などの蒼にとっての数々の武器が、先ほどの二人の盛り上がりの元凶となった「最強の共通カード」を前に、一気に戦闘力を失ったかのようだった。
無言で考えを巡らせている蒼に、「今度図書館デートでもしてみたら?」と玉やんがアドバイスを送ってくれた。
蒼は素直に受け取り、席に戻るまでの間に葵にどう切り出すかのシミュレーションをすでに始めていた。
※※※
「今日はみんなほんとにありがとう!すっごい楽しかったし、みんなのことたくさん知れて嬉しかった!」
葵は心からの気持ちでそう言った。
「こちらこそ〜!またお出かけしようね!ほんとは女子だけで出かけようと思ってたのに玉やんがあー子に会っちゃうから、5人でが最初になっちゃったけど!次は女子会♪」
玉やんを冗談ぽく睨みながら詩織が次のお出かけプランを提案してくれた。
葵は今日の機会を提供してくれた玉やんにお礼をしつつ、詩織・蒼とはまた月曜日に学校で、という言葉を交わし別れた。
「呼び方、アオくんになったんだね。」
余韻を楽しみながら歩いていると、途中まで方向が一緒だったしのぶに指摘されて葵はドキッとした。しのぶは柔らかい表情ながらも、全てを見通しているような笑みで葵からの返事を楽しみに待っている様子だった。
「あ、そうなの!こないだコンビニでたまたま会った時にそうしようってことになって…!」
無意識に名前を呼んでいた葵は慌てて弁明するように言ったが、しのぶの優しい雰囲気にすぐに落ち着きを取り戻した。勢いがついた葵は、そのままみんなが来る前に起こった本屋でのエピソードも熱っぽく語った。
「アオハル、だね〜!ふふふ」
「アオ」をわざと強調しながら、しのぶはまるで妹を可愛がるかのような口調でからかいつつも、葵を応援してくれているようだった。
そんなやりとりにホクホクした気持ちが込み上げてきた矢先、手元でスマホの振動を感じた。ふと目をやると蒼から「今度一緒に図書館で勉強でもしない?」とメッセージが入っていた。
「「噂のアオくん」からなんかきた?!」
葵の表情をすぐに読み取ったしのぶが嬉しそうに距離を詰めてきた。葵はしのぶと一緒に画面を見ながら、これから何かが始まるかもしれないと期待に胸を膨らませている自分に気づいたのだった。