見出し画像

【4】ふくしま浜街道トレイル全部歩こう記録@大熊町大川原〜南相馬市小高(桃内駅)

ほっと大熊に宿泊した私たち。5日目がスタートします。
350円でおにぎり弁当がつけられるので、これを食べて出発。

行動食としても活躍
ちなみに味噌汁やスープも飲めます

福島県新地町からいわき市までの200km超を一本につなぎ歩く「ふくしま浜街道トレイル」。 雄大でときに荒々しい太平洋を眺め、阿武隈山系に育まれた豊かな自然、地域に継承される 歴史・営みを巡り、浜通りのありのままの魅力を感じることができる、長く歩く旅の道。

https://fukushima-coastal-trail.jp/

今回のルート

電車と車の移動距離も含まれてしまってます
実際は25kmくらい

大熊町

「大熊町立 学び舎 ゆめの森」あたりまで戻って、正規ルートに復帰。大熊町は、大野村と熊町村が昭和29年に合併してできました。

町内の避難指示区域についてには、大熊町のHPに掲載されています。

友人に聞いた所、この先の道は原生林らしい
おおちゃん、くうちゃん

大熊町役場を右手に、先へ進みます。門構えが立派な渡部家住宅が見えてきました。以前、イベントで中に入ったことがあるのですが、明治期に建てられたという母屋・馬小屋・土蔵がとても立派です。

国の登録有形文化財 渡部家住宅
大山祇神社へ向かう道
この日は立ち寄りませんでしたがまた行きたい
坂下ダムへと続く道
桜・紅葉がきれいでウォーキングイベントが開かれています
目立つひと

大川原西平のあたりは特に雰囲気が好きな場所です。今は工事中で迂回しなくてはいけませんが、本ルートの方には石田家住宅という国の登録有形文化財に登録されている立派なお家や、きれいな小川が印象的な道です。

川に降りることができたので、一休み。水が透き通っていてきれい。

ここは友人の田んぼ。一緒に手作業の稲刈りと、棒掛けをしたのはいい想い出。

県道166号を進んで大野駅へ向かいます。途中、先程の田んぼの持ち主が軽トラで声をかけてくれました。
私たちはひたすらまっすぐ歩いてきましたが、苺の栽培・販売を行っているネクサスファームおおくまや、キウイの再生に励んでいるおおくまキウイ再生クラブの圃場があります。タイミングがあえば、それぞれ運営している方に会えるかもしれません。

富岡駅から大野駅までのルートは2024年3月にも歩いていて、7ヶ月ぶり。建物がなくなっていたり、逆に新しい施設が完成していたり、変化を体感します。

2024年3月
2024年10月
後ろの建物がなくなっていました

大野駅の西側は商業施設を整備していて、駅までどの道で行けばいいのか、訪れる度に迷ってしまいます。(大熊町 大野駅 西商業施設 整備事業

大野駅 東側から撮影

大野駅につくと、なんと友人がトレイルエンジェルとなって再登場。美味しいりんごと挽きたてのコーヒーを入れてくれました。

心温まる

大野駅から双葉駅までは電車で行くのが推奨ルートです。
この日は友人に「双葉町産業交流センター」まで送ってもらい、一緒にお昼を食べ、また双葉駅に送ってもらいました。

寝そべることができる和室あり

双葉町

1951(昭和26)年4月1日に新山町と長塚村が合併して標葉町が誕生した。初代町長に天野楯夫氏が就任した。5年後の1956(昭和31)年4月に町名を現在の双葉町に改称した。

https://www.town.fukushima-futaba.lg.jp/secure/14516/03_1.pdf

双葉町といえば、駅周辺にある壁画アート!来年にはこのあたりに珈琲の焙煎所ができるんだとか。

個人的には、双葉駅の周辺は気の赴くままに、ふらり、歩いてほしいと感じています。アートはもちろん、歴史を感じる立派な建物や、震災当時のまま残っている、消防団の詰所のシャッターがあります。

 信号交差点の両サイドには商店街が延びていた。左に折れると約100m先に消防団の詰所があり、シャッターが押し出されるようにして壊れている。
「これには理由があります。地震の発生直後、双葉町消防団の第2分団では津波被害を受けた地区へ救助に向かおうとしました。ところが、ポンプ車を出そうにも、停電で電動シャッターが開きません。そこで、消防団員がポンプ車に乗ってシャッターを押し開けました。現場へ向かう団員も必死だったんですね」
 詰所の正面には時計があり、地震が発生した2時46分で止まっている。壊れたシャッターの隙間から車庫の中が見えた。消防服がそのまま残されていた。

https://bunshun.jp/articles/-/52537?page=3

2023年1月7日には、震災から12年ぶりに「ダルマ市」が開かれました。私も友人たちと参加して、綱引きをして、ダルマを買いました。懐かしい。

その時の写真↓

ダルマ市は江戸時代から約300年続いているそう
すごい
この大きなダルマを綱引きする

東日本大震災・原子力災害伝承館の方へ歩きます。双葉町は幼少期に買い物に来ていた記憶があるのですが、町並みなどはあまり思い出せず。震災当時のままになっている建物を見ながら、当時の生活に想いを馳せてみます。

この日も伝承館にはバスで団体さんがきていました。私たちは先を急ぐため今回は入りませんでしたが、寄られる際には是非多めに時間を見積もっていただくと良いのかな、と思います。

浪江町

もう少し進むと、復興祈念公園が整備中のエリアに入ります。このあたりから浪江町です。双葉町・浪江町にまたがる中野、両竹(もろたけ)地区。

集落の跡を表現した場所がありました。

浪江町両竹地区
「27戸全ての家屋が流出 崩壊状態となる」と刻まれている

「跡」について、歩きながらしばらく考えていました。13年前はここに集落があって、暮らしがあって、今とは違う風景が広がっていた。
誰も「跡」になることなんて想像もしていなかったのではないかと思うと、この復興祈念公園が完成したときに何を感じ取るべきか、もんもんとしました。

また、訪れようと思います。

こちらも今回は寄れませんでしたが、震災遺構・浪江町立請戸小学校です。大津波に見舞われましたが、全員が無事避難することができました。
何度足を運んでも得るものがあると感じます。

13年ぶりに再建された苕野(くさの)神社

請戸漁港です。シラスを始め、ヒラメやカレイ、スズキ、シラウオなど約100種類もの魚介類が水揚げされるそうです。近くには柴栄水産の直売所があり、請戸漁港から直送された新鮮な魚介を購入できます。

請戸漁港では、度々、シーサイドシネマという映画の野外上映イベントが開催されています。とてもおすすめ。

福島県最東端の地とかいてある

請戸川沿いを歩いて、道の駅を目指します。

町の北部を鮭漁で知られる請戸川、南部は高瀬川が流れ、河口近くで合流し、太平洋に注いでいます。請戸川と高瀬川が合流する地点から下流までがサケ漁の名所です。

蛭田 耕一(1994).浜通り風土記 いわき歴史愛好会
すごいきれいな栗が罠のように落ちている

道の駅につきましたー。この時点でかなり疲れていたので、休憩。もう、日が暮れてきました。道の駅なみえには無印良品が入っているので、お菓子と飲み物を調達します。

ラッキー公園

さて、桃内駅まで、あと6kmくらいです。暗くなってきて焦りますが、ただひたすら前に進みます。町中から山へ。

浪江の町が遠くに光っている
意外と街灯が明るくてほっとする

暗闇の中でキジが喧嘩をしていました。
その先でも、謎の動物の叫び声が聞こえて一人で夜歩くのは絶対にやめようと思いました。

ついに南相馬市小高区!

足裏がだいぶ痛くてやすみやすみ進み、どうにか小高区に辿り着きました。電車の時間まであと30分。間に合いそうです。

桃内駅が見えてきた

ついにゴール!明かりが灯っているってなんて安心するんだろう…

電車で家まで帰ります。お疲れ様でした。

終えて

ついに、FCTも半分まで歩き切りました。歩く速度でしか見えないもの、感じないことをたくさん経験できました。残りもとても楽しみです。

FCTのキャッチコピーにもなっている「ふくしまの今を歩く」ってなんだろうなぁとずっと考えていました。景色や建物をみることはもちろんですが、もっと複雑なことも絡み合っていそうです。目に見えているものの理由や背景を考えると、とても時間が足りなくて、考えることをやめてしまいそうです。

そんなときは、また歩きにきて、じっくりと考えたいと思いました。

ふくしま浜街道トレイルのInstagram▼


いいなと思ったら応援しよう!