ライブに行ったはなし 後半
前半はこちらから。
入口の前に立った時にはかなりの音量が聴こえてきた。
よし、ようやくサバシスターと会える。
今からは全力で楽しもう。
ふーっと息を吐き、右手で扉を握り、力いっぱい開いた。
扉を開くと、扉周辺にいたお客さんの視線が集まる。
「こいつ遅れてきてるやん」
暗闇の中、そんな視線が僕に集まった。
いや気のせいだ。
そんなことよりサバシスター。
扉を開けて右側で演奏の真っ只中。
見やすい位置に移動しようかとも思ったが人がいっぱいで行けそうにない。
よし、ひとまずここで見よう。
ステージ上に目をやるが、ほぼ見えない。
でかい会場の場合、モニターがあるものだが、このライブでは導入されていない。
つまり肉眼で見るしかない。
20年前にレーシックの手術を受けといてよかった。
いや、視力1.2程度では見えやしない。
アフリカで数十キロ先にいる獲物を見ているような感覚。
クーポンを利用して手術したレーシック如きでは役に立たない。
双眼鏡がいるレベル。
どのくらい遠いのか。
ここで僕のいる位置からスマホで撮影したステージをみていただこう。
もちろん撮っていいタイミングで撮影したものだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1732249586-LFpQPkOi0C65VvTBJRIKycYe.jpg?width=1200)
地球から星を見ている感覚。
双眼鏡では役に立たない。
望遠鏡が必要だ。
正直、肉眼では誰がボーカルかもわからない。
何かが動いているが、その動いているのがサバシスターのメンバーだと確信は持てない。
でも構わない。
ステージで動いているということは何かしらの関係者なのは間違いない。
その曲が終わると、MCタイムに突入した。
この時やっとボーカルのなち(名前)がどこにいるのかわかった。
なぜなら「イェーイ」みたいな言葉が聞こえると同時に腕っぽいものを上に突き上げていたから。
イェーイに合わせて腕を挙げれるってことは言った本人に違いない。
サバシスターはスリーピースバンドなので、1人分かれば残りは簡単。
だって残りの2人のうち1人はドラムやから。
つまりもう1つの立っている影が、残った1人のメンバーということじゃないか。
よし、ようやく誰がどこにいるかわかった状態で楽しめる。
きっと楽しみ方としては間違っているんだろうけど構わない。
後はノリノリで楽しむだけ。
ただ、僕は音楽のライブでノるのが苦手だ。
音楽に限ったことではない。
お笑いライブでも「このライブに来たことある人?」と挙手を促されても挙げられないタイプ。
だから音楽ライブでみんなが手を挙げてノっている時も同じように出来ない。
頑張って挙げようとはするが、肩より上に手ががらない呪いがかけられる。
これは僕がおじさんになったからとかではなく、昔からそう。
四十肩のような症状を十代の頃から患っている。
友達と来ていれば冗談めかして挙げられるのだが、1人はさすがに恥ずかしい。
だから隣で1人で来ている人がガンガン音楽に乗って踊っているのを見ると羨望の眼差しで見てしまう。
ああいう性格になりたかった。
大学時代もチャラいサークル入ってたんやろな。
あいつ絶対B型やわ。
こんな風に勝手に血液型を予想してしまうくらいうらやましい。
だから2階がよかってん。
2階はわりかし大人しく見る人が多いから手を挙げなくても浮かない。
でもスタンディングの場合、手を挙げるのがデフォルトになるので、棒立ちだと浮いてしまう。
このままではまずい。
ここである作戦を思いついた。
手ぶらなのに手を挙げてないから目立つんだ。
そう気付いた僕は、さっき受付でもらったお茶のペットボトルを右手、スマホを左手に持ち、【手が塞がってるから手を挙げられない】状況を作り出した。
いや、作り出せるはずない。
だって全然挙げられる。
もし両手に重さ20キロのダンベルを持っていたら説得力があるが、お茶とスマホじゃどうにもならん。
よし、こうなったら『体を揺らす作戦』に変更だ。
手を挙げるのが10恥ずかしいとしたら体を揺らすのは6くらい。
恥ずかしいのに変わりはないがまだ我慢できる。
棒立ちが楽だが、周りからの視線を加味すると精神的苦痛が5くらいなので同じくらいの負担。
3曲ほどいろんな揺れ方を試したところ一番目立たない揺れ方に辿り着いた。
肩だけを上下に動かす揺れ方。
これだと全身でノるよりリスクが低い。
リスクが低いわりに音楽上級者の雰囲気も出せる。
リズムにノるリスクって何?とお思いだろうが、この考えには一定数の仲間がいると信じている。
もう肩揺れを手に入れたから無敵だ。
そう思っていると、MCで「次が最後の曲です」みたいなことを言っている。
時計を見ると、ライブが始まって1時間過ぎたところ。
どうやら90分の公演時間ぽい。
ここからアンコールがあるだろうから、あと15分くらいか。
ちょうどいい。
どんなライブでも2時間はしんどい。
映画館も2時間座っているとしんどくなる。
案の定、最後の曲が終わり一度ハケてからアンコールで再度出てきて2曲歌ったところでライブが終わった。
ここからが勝負だ。
2000人いるから一度に出ると電車が激混みになるのは目に見えている。
しかし僕は扉の目の前で見ていた。
そう、すぐに帰れるのだ。
行動力の無さが吉と出た稀な事例。
ライブの余韻に浸ることもなく、すぐに扉を開けて出口に向かう。
まだ観客はほとんど出てきていない。
でも余裕ぶっこいてたら電車が激混みしてしまう。
でもいくら空いている電車に乗りたいからといって、走るのは格好悪い。
そうなるとどうするかは決まっているよね。
そうです、早歩きです。
早歩きって若者の言い方か。
大人っぽく言うと競歩。
いかに急いでない感じを出しながら駅まで早く辿り着くか。
腕と足の回転を速くしながらも顔は「全然急いでません」という無の表情で駅まで向かっていると、急にライバルが現れた。
僕と同じようなおじさん無表情ランナーが数人。
歩くペースは同じくらい。
このおじさん達の後ろをついていけば電車には余裕で間に合う。
しかしここで元体育会系の血が騒ぐ。
「負けたくない」
少し足の回転を上げておじさんを抜く。
するとおじさんもスピードを上げて抜かしてくる。
勝とうが負けようが乗る電車は同じだが、このおじさん達より先に改札をくぐりたい。
突然、改札をゴールテープに見立てたおじさんだらけの競歩大会が始まった。
おじさんがおじさんを抜いておじさんに抜き返される。
一進一退の攻防。
あと数メートルで改札という場面ではオリンピックの最後のトラックくらいのデッドヒートを繰り広げた。
この時のタイムを測っていて欲しかった。
きっと世界記録も夢じゃなかったはずだ。
おじさん達がほぼ同時に改札をくぐり健闘をたたえ合い心の中でハグをして両手で掲げた日本国旗をなびかせながら着いたばかりの電車に一斉に乗り込んだ。
空いているのを期待して乗ったにもかかわらず電車は混んでいた。
ライブ客がいない状態で混んでいるのだから、この数本後に乗ったら地獄だったに違いない。
そこから1時間弱、一回も座ることなく家まで辿り着いた。
行くまでは正直ちょっと面倒くさいと思っていたが行って良かった。
バイトも出勤前は面倒やけど、働いた後は行って良かったって思うもんね。
全然違うか。
ということでまた興味があるライブがあったら1人で参加したいと思います。
ほなまた。
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![丸尾ユウキ|YukiMaruo](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/56783750/profile_4f5c2e4c693d558c74beacb0c3464fb1.jpeg?width=600&crop=1:1,smart)