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『平家シャーク』
【親愛なる読者の皆様へ】
世界観の再設定を行った約1万文字のフルスケール版を掲載しました。
こちらもお楽しみください。
2020年7月。山口県下関市壇ノ浦。梅雨明け、快晴の海水浴場に血の雨が降った。早朝からサーフィンを楽しんでいたカップルが無残な姿で打ち上げられたのだ。第一発見者の平家蟹漁師、山田安徳(58)によると、上半身または左半身のみになったその死骸は苦悶の表情を浮かべ、まるで即身仏のように干からびていたという。
「羯諦羯諦波羅羯諦羯諦羯諦波羅羯諦」
安徳は悼むように手を合わせると念仏を唱えながらビーチを去っていった。
十数年ぶりの特殊海難事故に下関市警は色めきだった。平安時代から下関市を苦しめてきた「平家蟹」の呪いは悪戦苦闘の末に根絶したはずだからだ。般若心経を聞かせて編んだ地引網を用い、平家所縁のシャーマニック漁師により根絶やしにする。一時期は対岸にずらりと並び緊張感を高めていた北九州市の対平家ロケットランチャーも撤去され下関市に平穏が訪れた、はずだった。
「ビーチを閉鎖したほうが良い」
壇ノ浦署の作戦室に呼び出された特殊海難事故の専門家庵野は即断した。退去しようとする庵野を署長が制止する。
「それはならぬ。新型コロナ禍による観光客流入減少により壇ノ浦は青色吐息だ。せっかくの自粛明けムードに水を差されては困る」
商店会からの要望は切実だった。年間収入の8割を担う夏季にビーチを閉鎖されることは死活問題である。
「お前も困っているんだろ」
札束が庵野の前に積み重なる。
「やめてくれ、俺は危険を冒したくない」
人間を両断する噛み跡からして体長8メートルから10メートルほどの巨大ザメ。でかすぎる。"餌"の供給を断ち紳士的に壇ノ浦から出て行ってもらうべきだ。
「"北"がこの事件を嗅ぎ付けたとしてもか?サメの出現が"北"を刺激すれば、15年前の悲劇が繰り返されることになる」
庵野は薬指を見つめ、重い口を開いた。
「つまり、今回の仕事は"平家に関係ない、ただの人食いザメだ"と証明するだけで良いんだな」
署長が頷いた。
【続く】
出題元:ランダム単語ガチャ(https://tango-gacha.com/)
No.4635般若心経
No.2647人食いザメ
No.1991悪戦苦闘
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