【小説】『見せ金』
「この6億円が100万円になるということか」
「そういうことです」
俺の不審げな表情を察して大井町の路上で話しかけて来たスーツの男は説明を続ける。
「ご存じかと思いますがインターネットで現金をばらまくと称してツイートを募る金持ちアカウント、あれはほとんどが詐欺師です」
「知ってる。でも、あのアパレル社長はホンモノだろ?」
「どうでしょう? それはともかく詐欺師が増殖するにつれて手口の画一化が問題になってきました。誰もかれも同じ札束の画像を見せつけるので詐欺の手口だとバレやすくなってきたんです」
「たしかに似たような写真ばかりだったな」
「そうでしょう。あなたもリツイートで応募していましたよね。そしてセレクトショップの衣類を欲しがっていたと。職場もすぐに分かりましたよ」
「なぜそんなことまで」
「そこで、お願いがあります。あなたの運んでいる6億円を撮影させていただき謝礼をお渡ししたい。元手はそのままであなたは100万円を手に入れる」
男はトドメとばかりに胸元から札束を見せつける。
「ふむ」
「撮影はすぐに終了します。リアル感を出すためにカラオケボックスで撮影をするんです」
「わかった10分だけだぞ」
俺はコートダジュールへ現金を運び、警護を装って撮影風景を監視した。そこは目くるめく見せ金の桃源郷で数多の詐欺師が他人の札束で豪遊を取り繕っていた。
「ありがとうございました。これで好きな服でも買ってください」
予定より短く8分で現金を輸送車に戻し、俺は謝礼金を手に入れる。男のてきぱきとした仕草と誠実さに襟を正した。
「それではまた……お仕事の際はこちらまでご連絡を」
名刺には『見せ金のフリー素材サイト「見せ金ドットコム」』と書いてある。ふざけたやつだ。ともかく100万円は手に入れた。まずリボ払いの支払いに充てて……
俺が自ら見せ金ドットコムへ連絡するのは、もう少し先の話だ。
【了】(約800文字)