『ラストクリス升席』 #パルプアドベントカレンダー2019
トンタントンタン。シャンシャンと鳴り響く鈴の音に合わせて相撲太鼓が軽快なリズムを刻む。その年は、久しぶりのホワイトクリスマスが両国を賑わせていた。
観光客に人気の人力士車は積雪にも関わらずすり足で走り回り、赤信号で停止した力士の呼気が白く渦巻いている。人々が力士の背中から立ち昇る湯気の行き先を見上げるとそこに摩天楼「国技館タワーレジデンス」の威容がある。
国技館タワーレジデンス48階ラグジュアリールーム。そこでは大相撲クリスマス場所の慰労会を兼ねた肉塊部屋の忘年会が開かれていた。柱のない開放的なフロアには「テツポウ禁止」等という無粋な張り紙は存在しない。
ウス、ウス、ドーモ
後援会の奥様方に囲まれる長身で端正なマスクの力士。彼は世間で最も人気のある関取とも呼ばれている 新関脇大失恋である。
ウス、顔じゃねえす。精進します。
スピード昇進を果たしながらも増長せず篤実な人柄であり、弟子からも親方家族からも慕われている。
ゴッツァンデス。
チョコレートちゃんこホンデュを奥様方に振る舞うと大失恋は穏やかにその場を辞し、会場を去ろうとするセーラー服の少女に声をかける。
「ひろ子ちゃん、来てくれたんスか」
「なによ、鼻の下伸ばしちゃって」
「ウス、そんな俺は……」
「冗談よ、はいこれ!」
愛らしい赤と緑のチェックの紙袋にはサンタクロース姿の力士の飾り付けがされている。ふわっとした触感で見た目より軽い。
大失恋が袋を開けると、それは手編みのマフラーであった。
「次は優勝して、私を迎えに来てね!」
ポニーテールをひるがえしひろ子は駆け出して行った。
「……ウス」
ラグジュアリールームでは横綱万寺がフラメンコギターを爪弾き、Wham!の名曲で聖夜を演出している。独りでテラスへ出て廻し姿で火照った体を冷ます大失恋。彼の肩にかけられた紫紺のマフラーが熱を放ち肌から立ち昇った湯気が天空で再び雪となる。大失恋の胸に相撲が燃えていた。
新年。全国大学相撲部対抗駅伝は東海大相撲大学の総合優勝で幕を下ろした。母校の活躍に奮起したのか初場所で大失恋は13勝を挙げ、大関昇進を目前としていた。
だが続くエイプリルフールワンデイトーナメント、ゴールデンウィーク場所での不可解な失速。以降、大失恋はギリギリの勝ち星で番付を保ちながら11月の九州場所を迎えた。
◆◆◆
「親方!ひろ子ちゃんの容体は!?」
肉塊親方(元大関肉達磨)が一礼をして診察室を後にする。
「筋肉過剰成長症……不治の病だ」
「そんな……親方は克服したじゃないですか」
「俺は内なる相撲発気に導かれて何とか生き延びることができたが、ひろ子は普通の女子高生だ」
「くそっ」
「お前だって"客観視"で分かっているだろ、保ってあと2か月。正月を迎えることはないだろう、ということだ」
「俺にできることは……」
「頼む。お前はひろ子の支えなんだ。最高の相撲を見せてくれ!」
「ウス……!!」
大失恋は再び大躍進。九州場所を14勝で終え再び大関昇進が射程に入った。大失恋の進撃と共にひろ子は表情を明るくしていった。病室へ見舞う肉塊部屋の力士たちを相手にこれまで通り「チャキチャキの相撲部屋の娘」を演じることができるようになった。これには肉塊親方も目を潤ませ、大失恋もこれまで以上に奮起した。
病室で安らかな寝息を立てるひろ子の毛布を直しながら大失恋がつぶやく。
「ひろ子さん、クリスマス場所で優勝したら俺と……」
大失恋が病室を去ると、ひろ子は涙を流しながら「ハイ」と答えた。
◆◆◆
12月クリスマス場所。大失恋は序盤から周囲を寄せ付けず全戦全勝。いよいよ12月24日の千秋楽で優勝をかけた大一番へ挑むことになった。
取組相手はピープルズチャンプ横綱若銀河。楽な相手ではない、だが大失恋の胸に相撲が燃えていた。招待した升席に肉島津ひろ子の姿はない。しかし大失恋は確かに彼女の存在を感じていた。
相撲部屋で応援するランドセル姿のひろ子、ちゃんこを無理して運んでひっくり返すひろ子、風呂場で鉢合わせてしまうひろ子、クリスマスのひろ子、病室のひろ子……走馬灯のように思い出が通り過ぎていく。
ひろ子さん、俺の相撲を見張ってくれ。逃げ出さないように。
──ハッキヨイ!!
この場所で大失恋は大関昇進を決めた。
◆◆◆
トンタントンタン。シャンシャンと鳴り響く鈴の音に合わせて相撲太鼓が軽快なリズムを刻みクリスマス場所の優勝パレードが両国を巡っている。舞い散る紙吹雪はホワイトクリスマスのようだ。
「次も優勝だぞ!」「横綱を目指せ!」
大失恋は車上で声援に応え、紫紺のマフラーを高く掲げた。
『ラストクリス升席』 終わり
『国技館ロイヤルランブル』へ続く
【ご挨拶】
本作は桃之字さんの企画『パルプアドベントカレンダー2019』への飛び入り参加したものです。機会を用意していただいてありがとうございます。
国技館ロイヤルランブルでおそらく一番人気の高い力士である大失恋関の最後の失恋(ラストクリスマス)を描くスピンオフとなります。ぜひ大切な人と一緒にお楽しみください。
おわりです。