「文車妖妃のメソッド」第1話:プロローグ
◆あらすじ
文章大賞の審査員に新人の加藤が抜擢される。審査を務めるのは癖しかない社員たち。言葉のペテン師、自虐ナルシスト、共感する教祖。オフィスに行くとそこに加藤しか見えていない幽霊女が座っていた。彼女は、文章大賞の創設者、初代プロデューサーの五十嵐文子にそっくりだ。なんの個性もない「THE ふつう」の加藤が幽霊の力を借りて文章大賞の審査をすすめていく。他の審査員に加藤(五十嵐)の文章メソッドは届くのか。大賞を取るのはどんな作品か。そして彼女はなぜ誰にも見えないのか。既にこの世にいないのか。ならばなぜ亡くなったのか? 文章大賞の審査員たちの物語。
◆プロローグ
審査員が2人だと、どちらかの声の大きさで優劣が決まってしまう。応募原稿を机に置いて向かい合い、あれこれ話せば最後はギャースカと喧嘩になるのが見えている。大きな声を出した者勝ちだ。審査は大声コンテストではない。では人数を倍にして4人はどうか。多数決をすると分かれるからダメだ。それに「四天王」だと強さの順位が出来てしまい、すぐに倒れるやつがでる。最弱な審査員なんて必要ない。かといって5人は多すぎる。5人組のお決まりは、1人はブー。サボってすぐに寝る。1人が眠ると残りは4人。審査と偶数は相性が悪い。なら6人は……偶数でダメだ。じゃあ7人? 派閥ができるだろ。それに7人もいたら「誰かがやってくれるだろ」と全員が思うのだ。7人以上は審査に向かない。それなら3人ならどうか。ちょうどいい。意見が分かれても話し合いができる。子豚だって3人いたから1人が生き延びた。故に審査員は3人だ。ただし例外は常にある。4人の審査員でも状況次第ではあり得る。1人が幽霊なら、審査権はない。票が割れないので、それでもいい。
◆memo文章大賞
「こちら、エンジニア部から推薦され配属された新人の加藤くんです。よろしく。で本題。明日で文章大賞のエントリーが終了します。ね、作者にとっては蜘蛛の糸を掴む機会で、まぁ、俺たちには日々文字列と追いかけっこの地獄だね。ん? 蜘蛛の糸ならどちらも地獄か! はっはー!
昨年で3万9千作品だっけ。今年は増えることが予想されてるから。俺、ちよさん、ふうこん、んで加藤くん。まー、俺は除外してもらって、メインの審査員は3人だね。俺はみんなが審査したあとの2次審査から入るから。
ってことで、1人のノルマは最低1万ね。残業は認めないよ。あと早出も禁止。就業時間でじゃんじゃん働きましょう読みまくりましょう。この3ヶ月は通常業務は必要無し。うん、社長に話を通してあるから大丈夫。
俺たちがやるのは審査だけど、作者の人生がかかっている。君たちは手を抜けるはずがない。適当に審査した時点で、この賞は適当になるってわけだ。いい加減は良い加減って言葉は無視してほしい。
ふうこん、加藤くんに審査のノウハウを教えといてね、んじゃみなさんよろしくぅ。目指せmemo発ベストセラー!」
志村はそれだけ一気に伝えると、もじゃもじゃの頭をかきながらふらふらとオフィスを出ていく。
残されたのは加藤を含め4人。4人掛けの長方形テーブルに1辺に2人ずつ並び座っている。飛沫感染防止のための透明なパテーションがクロスして挟んで、前に座っている女性が話し始めた。
「志村さん、今回は気合いが入っているんだよ。なんせうちのメイン企画、文章大賞だからね。総合プロデューサーをするのが志村さんははじめてだからさ。加藤くんもいきなり体育会系っぽくてびっくりしたでしょ。あ、私、ふうこんって呼ばれた新井ふうこね。加藤くんもふうこんって呼んでいいよー」
「いや、無理ですって。先輩ですし新井さんと呼ばせてください」
「おっけー。ええやんええやん。どっちでもいいよ」
急に関西弁を挟んでくる新井に困惑しつつ、右隣にいる人の存在が気になる。彼女が「ちよさん」と呼ばれていた人だろう。なぜ気になるかといえば、志村が話しているときもパソコンのディスプレイから目を逸らさず、ずっとザリザリとマウスのホイールを動かしてカチカチとクリックしていたからだ。そして彼女は有名人である。
「はじめまして。加藤です。ちよさんって高木ちよさんですよね。ずっと記事を読んでました。よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
伏せ目で猫背。顔より大きな眼鏡が不釣り合いの印象を与えている。失礼を承知で言えば、絵に描いたような陰キャラだ。透明パテーションのせいで、集中しないと聞き取れない小さな声だ。
「へー! 加藤くん、ちよさんを知ってるんだ。もしかしてmemoユーザ?」
「はい。大学生の頃はちょくちょく記事をmemoに投稿してたんです。だから『ちーよ』さん、高木さんを知っていました」
「へー! ちよさん流石だね。ええやんええやん」
「……ありがとうございます」
へーへーと大袈裟な新井の言葉を聞いているのかいないのか、こちらを見ずに軽い返事だけをし、高木の視線はディスプレイからまったく離れない。ちらっと見えたのはどんどんスクロールされ、クリックで変わっていく誰かのmemo記事だ。
「ちよさん、memoで有名人だったもんねー。ユーザのとき、『ちーよ』ってアカウントネームの頃はさ、ひとつの記事に平均2000ラブを付けてたんだよ。ええやんねー。加藤くんは知ってた?」
「平均2000ラブは知りませんでしたけど、そのうちの1ラブは僕なんで、『ちーよ』人気は知っていました。出版された本も買いましたよ」
「……ありがとうございます」
「ええやんええやん。ちよさんも印税が入ってええやんねー。じゃあ、話を戻して文章大賞ね」
戻すもなにも新井が話題を逸らしたんだろう。
memo文章大賞。日本で最大規模を誇る公募の文章コンテストだ。エッセイ、小説、ホラー、料理レシピと文章記事ならなんでもあり。
加藤がmemo社に入社したのは、文章大賞がきっかけである。何者かになりたかった。文章で天下を取りたい。しかし書く才能はない。あるかもしれないがいくら記事を投稿しても誰からも認められない。バズる経験もなかった。それなら仕掛ける側にまわろう。そんな屈折した理由でブログサービス「memo」を運営する会社になんとか入社した。
「加藤くんはそもそもエンジニア部だっけ? どうして企画広報部の文章大賞チームに入れたんだろ?」
「それが、僕にもわからないんです。志村さんがうちの部長に話をしたらしいんですが、僕もいきなりここに行けって言われたのでさっぱり。でも憧れの文章大賞に関われるのでうれしいんです」
(ああ、君は私が呼んだのだよ)
右隣に陰キャラ、ちーよ高木、前の席はええやん新井。そして右斜め前に座っている、先ほどから一言も発していない女性だ。黒いスーツで黒長髪オールバックをポニーのようにゴムでひとまとめにした女性が、黒縁眼鏡の奥から鋭い眼光を飛ばしつつ話しかけてきた。やはりパテーションのせいで、声が聞き取りづらい。
(理由はおいおい話すが、加藤には才能があると思ったのでね。チームに居ないタイプだし、私と似ている気がするので審査員には適任かと思うのだ)
「ん? 加藤くん、どこを見てんの?」
「え? 新井さんの隣りの、えーっとごめんなさい。お名前は何さんでしたでしょうか?」
高木がディスプレイから目を離し、冷たい視線を加藤に送る。目の前の新井は椅子にのけ反るような姿勢で、大きな声を出した。
「え! え? ちょっと何言ってんの? なになに誰の話なんの話どこ見てんの? きもちわる!」
(あー、すまない、加藤。私の姿は君にしか見えず、声も君にしか聞こえていないんだよ)
加藤は困惑した。意味がわからない。状況が掴めない。これは、なんだ。どうして彼女が見えないんだ。どうして彼女の声が聞こえないんだ。そこに思いっきり居るではないか。話してるだろ。というか、彼女は誰なんだ。幽霊? お化け? 理解が追いつかない。唐突なこの現実離れした事態に、加藤はパニックに陥った。
「え、ちょ、ごめんなさい。ちょ、ちょっと気分が悪いのでトイレに行かせてください。ごめんなさい」
加藤は胃から込み上げてくるものを吐き出すだめ、オフィスを出てトイレに駆け込んだ。頭がショートする。現実に頭が追いつかない。口を手でおさえ、逃げるように男性トイレの個室に飛び込み、昼に食べたコンビニチキンとシーチキンおにぎりを全て便器に出した。
彼女と加藤の出会いだ。
第1話:https://note.com/u_yasushi/n/n50fe762ef006
第2話:https://note.com/u_yasushi/n/n2aefa79ddb17
第3話:https://note.com/u_yasushi/n/n7766d2efafdd
第4話:https://note.com/u_yasushi/n/n14db0d504832
第5話:https://note.com/u_yasushi/n/ne3df7df82afc
第6話:https://note.com/u_yasushi/n/nce363b3a3b6d
第7話:https://note.com/u_yasushi/n/n988d2fbbea88
第8話:https://note.com/u_yasushi/n/nc7891dfdb586
第9話:https://note.com/u_yasushi/n/nf24d6f4b8133
第10話:https://note.com/u_yasushi/n/n7df18307a437
第11話:https://note.com/u_yasushi/n/n3729eec39423
第12話:https://note.com/u_yasushi/n/n986740e6ffa6
第13話:https://note.com/u_yasushi/n/ne4d645a75975
第14話:https://note.com/u_yasushi/n/na38f84e5a63f