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言葉のいらない世界

この世界で大容量のアイデンティフィケーションが行われており、意識のせいで全てのものが決められている。場の構造に命令されたごとく場に則った行動をして、発言をする。

例えば咳が出て熱が出た時、一昔前までは誰もコロナなど連想しなかった。しかし今は誰もがコロナだと考える。これは「咳といえばコロナ」という新たなアイデンティフィケーションが行われたのだ。このように一つのアイデンティフィケーションを総人口80億人の社会全体で共有できる理由は、人間は「鏡」を通してでしか自分を知ることはできないということに起因している。人間は投影(projection)と同一視(identification)によって自分自身と社会を理解している。約80億人の自己投影が世界に大容量のアイデンティフィケーションをもたらす。これは同時に投影(projection)と同一視(Identification)という「手段を通してでしか世界を見ることはできない」ことを示す。自分の感覚が本当に周りの人間と同じか知ることはできない。(赤色が本当に赤色かは確認しようがないように。)私たちは現実と直接対峙することは、ほとんどの場合において、できない。

しかし、カタストロフ(戦争による恐怖や病による苦しみ)と対峙したとき、人間は皆全く同じアイデンティフィケーションを持つ。これは投影(projection)と同一視(Identification)という手段を介していない、現実と直接対峙して得たものであり、他の人と全く同じだと断言できる唯一のアイデンティフィケーションである。カタストロフ(戦争による恐怖や病による苦しみ)と対峙している状況は、まさしく言葉のいらない世界だ。

 カタストロフに対峙した患者を相手にするときに、医師が投影と同一視の世界にいては患者にポジティブな影響を及ぼすことはできない。近年は世界全体がデジタルデータ化される傾向があるが、医療においては data based medicine ではなく、カタストロフ based medicine であるべきだ。医師は投影と同一視のバーチャルな世界から抜け出し、患者の前にface to faceで存在することで患者に多くの影響を及ぼすことが可能だ。このことを忘れるべきではない。

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