「ワル」2023.4.24の日記
・スマホに電子Suicaを入れたいな~~~と思って5年ぐらい経った気がする。気持ちだけで5年間乗り切ってきた。
・折角FitBitを腕に巻く微妙に不便な生活をしているのだし、これで電子決済ぐらい出来るようになっても罰は当たるまい。早速Suicaアプリをスマホにダウンロードして設定を進める。
・手元のSuicaをスマホに登録すると物理カードが無効化されてしまうらしい。なんとなく不安だったのでバーチャルカードの再発行の手続きを済ませ5000円ぐらい入金した。
・さぁいざいざ!と思ってFitBit側の設定を進めていくうちにFitBitを使った電子決済は新規にバーチャルカードを発行しなおす必要があると判明した。嘘でしょ。
・物理カード/スマホ/FitBitで3枚もSuicaを使い分ける生活はどう考えても不便そうだった。スマホのSuicaに既に入金してしまった以上、暫くはこれで耐えしのぐ他ない。ウオ~~~~~~~~!
・バーチャルカード、電池切れで対応できなくなった場合は駅員さんに申し出て運賃を支払う仕様になっているらしい。そこは自己申告制なんだ。
・でも駅員さんに信じてもらえるのだろうか?人間ってそんなに信用していいの?現代社会においてスマホの充電が切れている人は大分ピンチなので、優しくする様なデジタル倫理観が醸成されているのかもしれない。全然嘘をつかれてもおかしくないシチュエーションではある。
・こういう話をするとき、性善説とか性悪説の話をされることがある。ただこの手の言葉は「見ず知らずの他人に対する善性/悪性を信じるか?」というレイヤーで語られてしまって「環境や教育によって後天的にその性質が変質する」という重要な要素をそぎ落として使われがち…な気がする。別に人間を諦めているか否かの言葉では無いと思うのだけれど……。
・というか「性善説」をわざわざ主張する人間って見たことが無いかもしれない。この文脈で飛び出すのは往々にして「性悪説」な気がする。なんかそういうルールでもあるのか?
・「自分はそういう悪行がまかり通るワルの環境で育ったから、性悪説を信じるんだよ」という主張をされたことがあるけれど、これは正に「環境」によって後天的に固定/変質されたもので、そう主張する彼の存在自体がどこか性善説の根拠になっているようで少し可笑しかった記憶がある。もちろん当人にそんな話は出来ないので内緒にしている。
・性悪説を声高に主張する人って、やっぱり自分をワルだと思っているのだろうか?自分だけが例外と考えていたら、普通にワルを自認しているより重篤なワルかもしれない。だからこの問いかけは何方に転んでも性悪説を主張する人間を「ワル」とレッテル張りすることが出来る。無敵だ。