京本大我さんのヴォルフガングに寄せて
今回は劇場に足を運ぶことはできなかったけれど、配信を観てどうしても感想を書き残しておきたくなったので久々にnoteを書く。
私は「モーツァルト!」という作品に対する思い入れがあまりない。楽曲は好きだが、ストーリーにはそこまで惹かれたことがないし、ヴォルフガングの気持ちに寄り添うこともできない。どちらかといえば苦手な作品だった。
今回、京本ヴォルフガングを観てはじめて、ヴォルフガングの心情を理解できた気がする。物語の落としどころを見つけたというか、ヴォルフガングってこんな感じの人だったのかなと勝手に納得できたというか。
(あくまでストーリーの個人的な解釈の話なので悪しからず。歴代ヴォルフガングのみなさんも、もちろん魅力たっぷりなので、誰が良いとか悪いとかそういう話ではありません。)
京本ヴォルフガングの第一印象は「幼くて純粋で無邪気な子ども」であった。市村さん演じるレオポルトが心なしか優しく見えたのはたぶん気のせいじゃないはず。
やんちゃでかわいくて、自分の可能性を信じて疑わない純真無垢な子どもにしか見えないからこそ、「天才」「神の子」であることに違和感がない。無邪気さを持ったまま大きくなった感じなので、憎めないし、一挙手一投足がすべて愛らしい。庇護欲がくすぐられる。周りからチヤホヤされてきた坊っちゃん感があるので、悪い人に騙されそうで心配になるし、そりゃパパも守らなきゃ!と必死になるよなと。
そんなヴォルフガングだからか、父親との関係性というものが非常に色濃く、特別に感じられて、2幕にかけての説得力が凄まじかった。
父親を失ったと知ったとき、京本ヴォルフガングははじめて狂気の片鱗をみせる。それまではどれだけ打ちのめされても自らの音楽の才能で立ち上がってきた彼が、取り乱し薄ら笑い、コンスタンツェの姿すら視界に入っていない様子をみせるのが印象的。
自らの半身であるアマデに向かって感情をぶつける場面は、本当に子どものようにみえて胸が痛かった。アマデに向けたそれはすべて、自分自身に向けた後悔と怒りであり、「父親」という存在が京本ヴォルフガングにとってどれほどの意味を持つものだったのかを痛感させられるような演技だった。
京本ヴォルフガングは、遊んでいても、だらしがなくても、それらすべてが音楽の糧になるのだから仕方がないなと思わせる雰囲気を纏っている。天性の「愛され力」というか、彼自身のうまみが絶妙なバランスで役に活かされていて、とても嬉しかった。
京本ヴォルフガングは基本的に絶望を引き摺らない。というか、それさえも音楽を生み出すための糧となってしまうことに自らが気づいていないように見えて、興味深かった。
母親を失ったときの京本ヴォルフガングは、もちろん悲しんでいるし、虚しさも感じている。
ただ、その絶望は確実にその後のヴォルフガングの音楽の糧となっているのがわかる。悲しみさえも音楽に昇華されていく様子は、はたから見れば少し恐ろしくもあるけれど、ヴォルフガングにとってはそれが当然のことであるような、そんな雰囲気がある。
彼が「天才」であること、「他の人とは違う」ことがよくわかる演技だった。自分の大切な人が死んでも、外の世界は何も変わらず過ぎていくということを、はじめて知ったかのような演技が印象的。
知らない感情を知ることで、曲がどんどん複雑になっていく過程があまりにもしっくりとくる役作りで、ヴォルフガングという人間がどういう人だったのか、少しだけ理解できた気がする。
京本ヴォルフガングは、さまざまな経験を経て、精神的にも少しずつ大人になっていく。しかし、心の中には「パパに喜んでもらいたい」と願う小さなヴォルフガングが住んでいるんじゃないだろうか。だからこそ、父親の死が彼を決定的に変えるきっかけになる。
全体を通して、父親の死が最もヴォルフガングに爪痕を残しているということがわかりやすい演技だったので、そこにフォーカスして本編を観ることができたのが、共感に繋がったのかもしれない。
香寿たつきさん演じるヴァルトシュテッテン男爵夫人(たーたんさんのヴァルトシュテッテン男爵夫人がまた観れて嬉しい!包容力があって大好きです。)の「星から降る金」の場面では、夫人の言葉に目を輝かせ、わかってくれない父親に拗ねたような姿をみせる。拗ねてはいるけれど、理解されない苦しみはあまり感じられなかった。それがまた良い。
負の感情すらも音楽に昇華されていく。その才能の大きさと恐ろしさを、本人以外はみんな感じていて、それを独占しようと躍起になるのに、本人だけはその感情に引っ張られすぎないところが「天才」っぽくて非常に良かったと思う。
「僕は他の人と同じにはなれない」という歌詞がしっくりくるヴォルフガングだった。最期まで才能にのまれず、自らの意思で腕を動かしていたようにみえたのも良きかな。アマデとの演技もとても自然で、まさしく一心同体だった。
全編通して、終始コロコロと変わる豊かな表情と愛らしい仕草で心を掴んでくるあたりは流石。あれは守ってあげたいと思って当然だし、世間の汚い部分を見せたくないと思うのも無理はない。才能を独占したいと思わせる、庇護欲をくすぐる本人の気質が上手くヴォルフガングに乗っかっていて、ハマリ役だなと感じた。
「何故愛せないの?」がめちゃくちゃ刺さって泣きそうになったし、難曲「残酷な人生」もきちんと芝居歌になっていたし、なにより「影を逃れて」が本当に素晴らしかった……。
歌唱の面は正直不安もあったけれど、しっかり芝居歌に仕上げてきていて感動。伸びしろもまだまだあるけれど、京本大我ならではの新しいヴォルフガングが観れたことが本当に嬉しい。
そしてここで、真彩希帆さんのコンスタンツェについて少しだけ。
これまでコンスタンツェというキャラクターがまったく理解できなくて、そのターンはいつも脳内にハテナを浮かべながら観ていたのだが。
今回は少しだけ、解像度が上がったような気がしないでもないような……。
相変わらずキャラクターには共感できないし、いまいち掴みきれていないけれど、希帆コンスの「ダンスはやめられない」が素晴らしかったので、それだけで、まあいいかとなった。
1曲にぎゅうっと魅力が凝縮されていて鳥肌もの。お歌が上手いのは存じていたけれど、あんなにも感情をのせた芝居歌が歌える方だとは。今後のご活躍が楽しみな俳優さんだなと思いました。
それにしてもコンスって難しい役だなと思う。感情の変化、とても難しくない……?
私の解像度が低いだけなのかもしれないけれど、どんな上手い人がやっても、うーん……となる。
この作品にハマりきれなかった理由はここに起因していたりするんだけれど、今回の京本ヴォルフガングは、コンスタンツェとの関係性よりも、父レオポルトとの関係性にかなり重きを置いていたから、そこまで気にならなかったのかもしれない。
これまではコンスタンツェとの関係性やヴァルトシュテッテン男爵夫人との関係性、そしてアマデとの関係性が印象に残ることが多かったが、今回は完全に父親と息子の物語だった。
これまで苦手だったストーリーに、ここまで心動かされるとは思わなかった。次の機会があるなら、今度こそ劇場で観たい。
私に新しいモーツァルトを見せてくれてありがとう。京本大我の演じるヴォルフガングにまた会えますように。