【ennui egg#7】
「我が戦争」
「あけましておめでとう」
この挨拶を使う時は空気が澄んでいて、晴々しい気持ちになる。
これから新たに始まる1年に心を弾ませて、「やりたいこと」の陳列棚からあれもこれもと自分のカートの中に放り込んでいくイメージ。
この後の会計のことなど頭にはなく、やりたいことを「1年」というカートに入れて、やりたいことをしている自分を考えるのが楽しいのだ。
これからの365日やりたいこと全部する。
そんな漠然としたわくわくが1月1日にはある。
さて、そのわくわくがいつまで続くかという話だが、大体日付は決まっていて1月7日の七草粥を食べる日だ。
ここで考えもせずカートに放り込んだ「この1年にやりたいこと」のお会計をする時がきて、レジの方が「もう1年も7日が過ぎましたが、どうですか?カートに入れたもの残りの358日でできそうですか?」と聞いてくるわけだ。
私は渋々手持ちの358日でお会計できる「やりたいこと」を厳選するわけだ。
1年は365日、1日は24時間
これは平等に与えられた時間のはずなのに何故こんなにも「足りない」のだろうか
◇◇◇
やりたいことをするためには金も時間もかかる。
お金を得る為には時間を捧げて働かなくちゃいけない。
1日24時間の内8時間。
休憩の1時間、通勤往復も考慮すると11時間。8時間の睡眠。残り5時間でごはんを食べたり、お風呂に入ったり。
結局、私の手に残されたフリーな時間というのは1時間半ほどで、その時間を自堕落に過ごしたりすれば、1日は無駄になった気がする。
さて、ここで最も無駄な時間だと感じるのはやはり8時間の労働だ。
労働をした対価に給与をもらう。給与で生活で必要なものだったり「やりたいこと」に必要なものを買う。
その対価の関係性がズレればズレるほどストレスは溜まり、それが火種になって、やがて自身が勤めている会社を自分の敵国のように感じてくる。
どこかで読んだ「ストレスはやりたいことができない状況で生まれるもの」だと
◇◇◇
今から記す「戦記」の前に事前に私の状況を記載したい。
・2021年4月とあるビルのテナントの画材屋に契約社員として入社
・現在4年目
・2022年11月店長となるが、本社に行った前店長が鬱になり引き継ぎが未熟のまま退社され、2023年3月自ら店長を辞退。
・額面給与は¥194000。時給計算にすると¥1119。2025年大阪市の最低賃金¥1114に対し5円だけの差
・ボーナス、残業代なし
・年間休日数105日
・労働組合なし
・今年春にビルからの撤退、新店舗に移転するが私だけ声がかかってない状況
とてもじゃないが、いい状況ではない。
2023年8月、会社に「就業規則」がないことを機に「連合大阪」に通うようになったのかこの戦争の始まりだった。
会社に組合がない以上、私の意見というのは会社にとってただの「呟き」にしかならない。
だからこそ戦争をする為に軍に入った「合同労組(ユニオン)」と呼ばれる組合だ。
1人から加入できるこの組合は団体交渉の申し入れや団体交渉への参加など、労働問題の解決に向けて支援することを目的としている。
要するに1人の発言ではなく「組合」としての大きな発言になり、効力を持つ。
しかしながら、以前働いていた社員が組合に入ろうとしたら、左遷されたという噂を聞いていたので敵国で働きながら水面下でいつ戦争を仕掛けようかと目くじらを立てる。
2024年12月、私たちは会社に「要求書」を郵送。
内容は
・未払いの残業代の支払い
・賞与の支払い
・現在ビルの撤退後新店舗への異動の要求と新店舗に配属できない場合の理由と配属先
・団体交渉の開催
そして、2025年1月21日遂に団体交渉が開かれた。
◇◇◇
残業代の支払いについては簡単に終わった。事前にデータで送っていた2022年11月〜2024年11月までの2年分の勤務時間と残業代を打ち込んだデータから計算した未払い残業代¥418722。
この苦労に対し、会社側は「はい。今月中に払いますね」という返事だった。
これに対して戸惑ったのは残業代未払いだったことに「謝罪」も「反省」も全く見られなかったこと。
しかも、今後は残業代を支払うのかと確認すると「請求されたら払います」の一点張り
自分たちが法を犯してることに全く抵抗はないし、とりあえずこの目の前にいる私に残業代を支払っておけばいいぐらいの感覚なのだ。
◇◇◇
賞与の話で上がったのは「契約社員」と「正社員」の違いだ。会社側としては「正社員と契約社員は更新があるかないかの違いではあるが、契約社員は非正規なので賞与は払わない」という言い分。
仕事が同じなのに賃金が違うのは問題の為その理由では支払わない理由にならない
では、改めて何が違うのか?同じ労働であれば正社員にするべきではないのか。
その質問に対し常務からの返答は私の戦意を喪失させるものだった。
「ごめんなさいをしやすくする為」
そう答えた。
私がすぐさま「ごめんなさいしやすいというのは要するに切りやすくする為ということですか?」と尋ねると「そういう認識で間違いない」と答えた。
呆れた。ため息のような体の空気を抜くような声で「はぁ、そうですか。」と私は椅子にもたれかかった。
清々しいぐらいはっきりした返答は勤務してきた私の4年間の一応微々たるぐらいは持っていた志みたいなものを奪ったような気がした。
奪われたものの代わりにはっきりとした「辞めよう」という意思が芽生えた。
現店舗が撤退した後は本社で働けるように手配すると言っていたが更々行く気などない。
誰がすぐに切りやすくする為に雇われているのを知って志をもって働くことができるものか。
ましてや、そんなふうに社員のことを雇っている本社で働くものか。
36協定の未提出・変動型労働制の履き違い
話せば話すほど杜撰で未熟な自身の勤める会社の労務が顕になって同時に大事な4年間を無駄にした気持ちになった。
完全に戦意が喪失した。
最後に常務が「今までこんなことなかったので」と言った。
私は「今まで口うるさい人がいなかったんですね。よかったですね」と言った。
◇◇◇
怒りと虚無が同時に住まう体でそのまま百貨店に入り苺菓子の専門店「オードリー」の生菓子「オードリー」のホワイトを2箱買う。
家に辿り着き、吐き出せなかった会社への暴言を両親にぶつけながら箱を開ける。
苺の甘い香り、赤と白のコントラスト
半球体の柔らかいホワイトチョコに生の苺が浸かっているシンプルなお菓子を丸ごと口に入れる。
ぐちゃっと崩れる少し洋酒が香る苺と甘いホワイトチョコが口の中で混ざって大人のいちごみるくのような味になる。
私の戦争は赤旗も白旗も挙げられなかった。
やりたいことが多く、時間が足りないと嘆きながらも労働連合に通い、労働基準法の本を読み込んだ。赤旗を挙げれると思っていたからだ。
相手はそもそもこれを戦争だとは思ってもないし、この口うるさい女を黙らせればいいとその場を凌げばいいと思っているのだ。
混ざる甘いオードリーは私を癒す一方で悔しくもさせた。
「でも、わざわざ労働連合に通って1人でも組合に入って団体交渉するのはほんま行動力あってすごいと思うで」と両親が言った
交渉直後にメッセージを送った友人には「人生経験積んだね」と返信があった。
望んだ結果かどうかは置いといて、確かに今まで働いた未払いの残業代が私の手に入るわけだ。
やりたいことができない、現状をどうするか。
今悩んでいることをどう解決するか。
仕方がないなと言ってても何も変わらない。
とりあえず動けるように。
時間はかかるけど、どんな結果でも自分にとって無駄じゃなかったと思いたいから。