醜美の彼岸 -香港その3
大抵の場合、旅行に行くときには「やりたいこと」があるでしょう。
買い物だったり、食べ歩きだったり、美術館だったり、名所旧跡だったり。
そしてぱっと思いつく「やりたいこと」が案外、ミーハーながらも一番その場所を体現してたりして。NYの自由の女神だって観光名所であると同時に、かの地の歴史的を象徴し、土地の哲学を具象化したものとも言えるしね。
香港の場合、香港グルメを食べてみたいという人もいるでしょう。
香港の料理といえば飲茶。ユニークなものがたくさん食べられるように最適化された活気のある小品たち。もしくは西多士とかエッグタルトとかメロンパン肉まんとか、中華とイギリスが混じった香港カオスを体現するようなメニュー。
西多士(サイト―シー)は「フレンチトースト」の翻訳ですが、香港ではなぜかピーナッツバターが挟まれた揚げパンに魔改造。
そんな香港料理こそ、実は最も良きにつけ悪しきにつけ香港が何を考えているかを象徴しているように思うのです。
XO醤という香港生まれの調味料があります。これなんて香港の価値観そのものですよ。
1980年代の中国の料理人の間では、「新派」と呼ばれる諸外国の料理の手法を取り入れた中華料理を創作する動きが加速していた。その中で香港・ペニンシュラホテルの広東料理レストラン「嘉麟楼」の料理長だった許成が高級食材をふんだんに使った新しい調味料を開発した。それがXO醤である。XO醤は新しいもの好きな香港人の心をとらえ、その名に恥じぬ味も相まって瞬く間に大流行。今日では世界各地に広まっている。 ーwikipedia XO醤
最高級ホテルのペニンシュラで、新しいグルメを生み出そうとホタテ貝柱やら金華ハムやらの高級食材をこれでもかと詰め込んでできた調味料。バブリーな高級品の代名詞コニャックXOから語呂も由来も無視してエクストラでもオールドでもないのに「XO醤」と命名され、その新しさと高級感ゆえに香港人にバカ受けする。
ブランド食材で、新奇性があり、それゆえ高価でも喜んで対価を払う。これが香港グルメの、ひいては香港の価値基準なんだと思います。
今回の旅行で僕が食べたのはこんな感じのものでした。
ディムサムライブラリーの春巻き。なぜか北海道産のウニが乗っている。ウニを乗せる必要性の如何はおいといて、まあ確かに美味しい。
UMAMI MAMIバーガー。普通にうまいハンバーガーに死ぬほどトリュフがはさまってる。なんならマスタードよりトリュフの量の方が多い。後ろのポテトにピエトロドレッシングみたいな感覚でかかってるのもぜんぶトリュフ。
とかく、こんな感じで隙あらば食べ物にウニやらトリュフやらのブランド食材をぶちこんでくるのが香港あるあるなのです。ある意味、野心的で、ストレートに言って成金っぽい。
肝心な味はというと、確かに不味くはないけどわざわざトリュフ入れる必要あるかなあ、みたいな感じがほとんど。
しかしながら、グルメな香港人のやること。味音痴な料理だとは決して思いません。
つまるところ香港料理の評価基準は「味がどうか」という軸の他に、「珍しくて高級かどうか」という二本目の軸を持っているということです。
そしてこの二本目の軸は、料理だけではなく香港のあらゆるものに通底し、結果、香港には珍しくて高級、つまりやや悪趣味な景観が立ち並ぶことになります。「ドンペリピンクとコニャックを混ぜて100万円のカクテルだガハハ」ってやってたバブル時代の銀座がそのまま都市を築いたようなもんです。
香港に漂う金の匂いと大都会なのに感じる妙な田舎臭さ。その元凶はこの価値観です。「なんて品のない、金の匂いしかしない街なんだ!」これは香港を嫌いになる十分な理由になるでしょう。
しかしながらですよ。
今回、香港的悪趣味の極北として、女の人が家具として配置されているバーに行きました。
これだけ聞くと、死ぬほど成金的悪趣味な場所でしょ?
それが意外と居心地がいいのです。
僕はこういう夜遊びに慣れているわけじゃないですけど、なんとなくわかります。
どうやらここはものすごいセンスと計算の上に成り立っているのです。
人員の配置からして巧みです。入口に立っている怖そうなアラブ人、決してこちらと目を合わせない「家具」の女の子、非アジア系のバーテン。
薄暗い店内にはIKEAで買ってきたものなどまさか皆無の、一点ものだらけの鉄細工で男臭くもアールヌーボーを思わせる調度類。鳥かご、孔雀の羽でアジアを演出。そしてたなびくミストとレーザービーム。スチームパンクかつサイバーという二つの文脈の退廃をもって、現代に香港の象徴たるアヘン窟を復活させてしまっているのです。
ドリンクは旨く、DJはしゃれていて、「家具」たちはこちらとコミュニケーションを決して取らないながら、写真撮影の際には実に良く「人間家具」として演出された振る舞いをしてくれます。完璧なサービスです。
同じ人がデザインしたバーは香港にもう一軒あります。
小ぢんまりした店なのに、でっかくしちゃったラリックの「蜻蛉の精」。さらに天井にはトンボの複眼的なアールヌーボーランプの洪水。
この店もみんな大好きアールヌーボーが物量で押し寄せるっていう、ともすれば悪趣味になりそうな綱渡りを、家具の配置や店の大きさ、ライティングのコントロールによって見事に隠れ家的おしゃれバーに留めている。すざましいバランス感覚じゃないでしょうか。
悪趣味もきちんと論理的に計算しつくすと、趣味がいいとか悪いとかを超えた何かになっていくのです。この二軒のバーを見て気づいたのは、確かに香港は成金っぽくて悪趣味だけれども、その悪趣味を研ぎ澄ませる底力もまた持っているのではないかという点です。
伊達に長年悪趣味やってねえぜ香港。金もたんまりあるしな。
香港がにやりと悪趣味に、不敵に笑うのを見た夜でした。
つづく。
※ちなみに、この二つのバーをデザインしたのはAshley Suttonというオーストラリア人。他国から見た香港へのまなざしが、ステレオタイプを超えて香港を忠実に表しているというところもまた香港らしいと思います。
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