革命の水子 -香港その4
今は皮肉にも新型コロナウィルスのおかげで沈静化したみたいですが、
2019年11月の香港はデモの嵐が吹き荒れていました。
さぞかし外を歩くのは怖かろうと思っていたのですが、
もうみんな平然と生活しておる!歩道の舗装は剥がされてボロボロで信号機も破壊されてるのに!
デモ下の香港を歩いていてとにかく印象的だったのが、街を行く人の迷惑そうな顔です。
地元住民は「デモ隊がんばれ!香港がんばれ!」みたいに応援する雰囲気なのかと思ってたら、ふっつーにあからさまに嫌そうな顔をしている。
デモが始まったのはこの年の7月。逃亡犯条例に反対する学生の運動だったのに、条例が撤廃になっても落としどころを失って、さらに非現実的な要求を掲げて、目的もはっきりしないまま散発的かつだらだらとデモ活動を拡大していった。この日のニュースによると、逮捕者は10代から60代まで。デモの支持層は全世代に広がったのかと思いきや、住民は迷惑そうにデモの跡を避けて歩く。
この時点で、このデモは「革命」の名を称されることなく死にゆくのだろうなと直感させるのです。
そりゃあ迷惑ですよ。道はこんなに通行止めだし。
信号ひん曲がってるし、動いてなかったりするし。
地下鉄は閉鎖されてるし。ここ上野みたいな下町の中心部の駅ですよ。
デモは物を燃やしがち。
香港ってカオスな割には綺麗な街で観光にはちょうどいいと思うんですけど、いまやすっかり落書きだらけで薄汚くなってしまいました。
現に観光客もめっきり減って、11月には例年の半分以下だったとか。東京よりはるかに高い家賃に耐えられず、飲食店やらはガンガン潰れているらしいです。迷惑どころの話じゃないわな。
地元の人にとっても、もはやデモに夢も希望も抱く義理は乏しく、デモに遭遇したら迷惑だなあと思いながら政府当局の指示に従い、近寄らず写真を撮らず、速やかにその場を離れることしかできないのです。
そんな街を歩いていましたら、
あっ、デモ隊だ!
危険なので、政府当局の指示に従い速やかにその場を離れるべきです。
と思ってたら、
みんなむっちゃ見てるやん!
写真を撮ると危険だと聞いていたのに、みんな嬉々としてムービーを撮っています。
真ん中あたりにいる黄色いおじちゃんは、スピーカーから香港映画のテーマ曲を流して場を盛り上げていました。パリピじゃないか。こんな扱いなのか、香港のデモ。
そしたらなにやらスパンスパンと音が聞こえまして。
あっ、火炎瓶に催涙弾だ!
まさか生きてるうちに催涙ガスを浴びる日が来るとは思いませんでした。
催涙ガスのの向こうからシュプレヒコールが遠くからこだましてきました。靄越しにデモ隊がスローモーションに見えます。中島みゆきが聞こえてきそうな風景です。潰えていく革命の水子、そしてそれを嬉々として見物する住民。危険がそこに迫っているかもしれないのに、火炎瓶の炎がものすごく他人事に見えます。
心の中に響く「世情」をぼんやりと聴いていたら、催涙ガスの煙がこちらに漂ってきました。
目が超痛い。七味唐辛子を目に直接振りかけたぐらい痛い。目を開けてるとか開けてないとかそういう問題じゃありません。これにはたまらず野次馬もみんな解散。地元の人は催涙ガスが漂ってきた瞬間にマスクをスパっとつけてました。デモ馴れしておる。
まわりのアパートからもわらわらと人が出てきました。煙が室内にも入ってくるのでしょう。バルサンってのはこういう仕組みなんだな。
デモを見てなんだか諸行無常な気分になってしまいました。何かを信じて始めたデモなのに、すっかり目的を失い、迷惑がられ、鎮圧されていく。結局主義主張のゴールは、落としどころはどこにあるもんなんでしょうか。デモ隊の理念だって、もはや「中国が嫌い」以外の何物でもなくなってしまったように思います。
そう、大げさな主義主張もつまるところ結局は好き嫌いでしかないのかもしれません。
僕は今回、香港を嫌いになるためにここに来ました。
ところでもう一つ僕には昔から嫌いなものがあります。ブルージーンズです。
特にジーパンに恨みはないのですが、小さい時から履かないままおっさんになり、時が経るにしたがって履かない理由が「なんとなく嫌いだから」に固定されてしまいました。ああ、人間のいさかいはこうして大きくなってしまうのです。
デモ隊の人はみんなジーンズをはいていました。日本の学生運動の人たちもみんなジーンズをはいていたイメージがあります。デモを目の当たりにしたいまこそ、僕は逆にジーンズと和解する時なのではないでしょうか。
思い立ったが吉日。長年のわだかまりはあっ気なく氷解させるべきです。
というわけでコーズウェイベイでさくっと一本買ってみました。リーバイスのエンジニアードジーンズ・バギーテーパードです。
かの名作、リーバイスREDを彷彿とさせるシルエット。
履いてみたら「あれ、なんでいままでジーパン履かなかったんだろう」って思うくらい問題なくフィットします。みんな知ってた?ジーンズって超いいよ。
僕はこの旅行で香港をちょっと嫌いになり、ジーンズを好きになりました。
旅をすると価値観が変わるとよく言いますよね。
旅の前後では見える景色が変わると。
これってつまるところ、旅をすると好きが嫌いになったり、嫌いが好きになったりするってことなのかもしれませんね。
香港の話おしまい。
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