【対談】分散型電力システムの実現に向けて
岡本 浩 東京電力パワーグリッド株式会社 取締役副社長執行役員
竹内純子 U3イノベーションズ合同会社 共同代表
分散型電力システムの背景と狙い
竹内:本日は、東京電力パワーグリッド株式会社の岡本副社長をお招きし、「分散型電力システムの実現に向けて」と題して、色々とお話をお伺いしたいと思います。資源エネルギー庁は、2022年11月から「次世代の分散型電力システムに関する検討会」を開催し、2023年8月に第8回目の検討会が開催されました。早速ですが、分散型電力システムが求められる背景をお伺いできますでしょうか。
岡本:はい、第1回目の検討会でお話しさせていただいたのですが、少子高齢化による働き手の減少・後継者不足、交通弱者、買物弱者、医療・福祉サービスなど、地域社会は多くの課題を抱えています。これら地域の課題を解決し、持続可能な社会を実現することが最終的な目的になります。そのためには、デジタルテクノロジーを活用した地域産業のスマート化が必須であり、スマート化を実現するインフラとして、カーボンニュートラルかつレジリエントな電力供給、つまり地域の分散エネルギー有効活用が重要になると考えています。スマート化は、産業の話だけでなく、地域社会のWell-beingの向上にも寄与します。
分散型電力システムと私たちの暮らし
竹内:持続可能な社会を実現するためには、社会基盤である電力システムの変化、進化が求められる訳ですね。具体的に、電力システムはどのような姿になっていくのでしょうか。
岡本:電力システムは、次世代ネットワークとして、平常時・非常時のいずれにおいても、電力消費と電力供給を絶え間なく繋ぎ、マッチングすることを通じて、カーボンニュートラルやレジリエンス強化、需要側の技術革新等、地域に価値をもたらすプラットフォームを目指すことになります。この次世代ネットワークの実現に向けて、全国規模で運用される日本卸電力取引所・電力需給調整力取引所に加えて、新たにお客さま設備(地域分散エネルギー)を結ぶローカル階層に、需給と混雑を管理し、地域分散エネルギー活用を促すための分散エネルギー取引市場が必要になると考えます。これは、地産地消を誘引する取引マッチングを行い、混雑状況を加味した価格シグナル等の情報を発信し、発電事業者や小売電気事業者、アグリゲーター等の市場参加者が自律的に行動する仕組みによって、地域課題や系統課題の解決に貢献することが期待されます。
竹内:次世代ネットワークへの進化や分散エネルギー取引市場が実現すると、私たちの暮らしはどのように変化するのでしょうか。
岡本:ネットワーク事業者とお客さま設備が全てデジタル空間で連携し、新たな顧客体験を提供し、私たちのWell-beingを向上する世界が考えられます。Utility3.0の著作の中では、新たな顧客体験を企画し提供するプレーヤーを「UXコーディネーター」と表現しました。今後は、UXコーディネーターとなる各プレーヤーが、各サービスやアプリケーションを載せやすく、かつ相互に繋がる仕組みを整え、エンドユーザーであるお客さまが自由にサービスやアプリケーションを組合せて利用可能な仕組みを目指したいと思います。
分散型電力システムの実現に向けた具体的な取り組み
竹内:ありがとうございます。分散型電力システムというのが電気の話に留まらず、私たちの暮らしぶりに直結する話ということが理解できました。続いて、分散型電力システムの実現に向けた具体的な取り組みについてお聞かせいただけますでしょうか。
岡本:はい。まず、2022年から2024年までの3年をかけて、NEDO事業として、電力系統の混雑緩和のための分散型エネルギーリソース(DER)制御技術開発を行っています。これは、DER制御を可能とするDERフレキシビリティシステムの構築により、配電用変電所以下の系統混雑解消を実現し、再エネ出力制御回避に伴う更なる再エネ導入拡大と、系統設備増強の抑制という2つの課題解決を目指すものです。
竹内:私たちは、新しいエネルギー産業の実現のためには、新たな顧客価値を生み出す他産業との協業が必須であり、これを「Energy with X」と呼んでいます。こうした他産業との掛算領域で何か具体的な取り組みを行っているのでしょうか。
岡本:はい、2022年10月に、アジャイルエナジーX社を設立しました。同社は、再エネのさらなる導入促進を目指し、再エネ電力で先端技術「分散コンピューティング」システムを稼働させ、デジタル価値や環境価値を生成・提供等を行う会社です。具体的には、仮想通貨マイニングに用いる分散コンピューティングと、再生可能エネルギーの余剰電力を組み合わせ、「エネルギー」×「デジタル」×「金融」の領域で新しいビジネスモデルを具体化しています。
分散型電力システムの実現に向けた課題
竹内:続いて、分散型電力システムの実現に向けた課題についてお伺いしたいと思います。
岡本:資源エネルギー庁の検討会では、いくつかの課題をお話しさせていただきました。先ほどお話しした分散エネルギー取引所の創設に加えて、EMSなど必要な技術・プラットフォーム開発の開発や普及に必要な財源確保、費用回収のメカニズムが必要となります。また、分散エネルギー設備のサイバーセキュリティ確保も重要な課題です。
竹内:デジタル化を議論する際、サイバーセキュリティの話は避けて通れないと思いますが、分散型電力システムに固有の課題というものがあるのでしょうか。
岡本:これまでは、電力会社が運営する大規模発電所を高いセキュリティ水準で保護してきました。規模の大きな太陽光発電や風力発電は、従来と同程度のセキュリティ水準を求めているので、これまでと大きな違いはありません。新たな対策が必要となるのは、大規模発電所と同様のセキュリティ対策を求めることが難しい中小規模のDERになります。
竹内:短期的にセキュリティ対策が必要になるDERの具体的なイメージはありますか。
岡本:住宅や工場、商業施設の需要側機器も重要ではありますが、短期的には、太陽光発電所、特に出力制御のためインターネット回線の利用を想定している全量買電の低圧太陽光発電所のセキュリティ対策が急務の課題と考えています。この数年で数十万件の発電所が設備の更新期を迎えます。このタイミングで、必要なセキュリティ対策を講じないと、取り返しがつかなくなってしまいます。
竹内:低圧太陽光発電所の保有者は、発電事業者というよりも、ワンルームマンションに投資する個人投資家に近いと理解しています。こうした発電所保有者に実効的なセキュリティ対策を求めることは現実的なのでしょうか。
岡本:ここは技術が解決すると考えています。セキュリティ対策として従来から存在するファイヤウォールを設置、運用するということに加えて、最近では、閉域のモバイル網を安価に利用することが可能になってきました。大規模発電所が固定回線の専用線を引くのと同じように、小規模発電所もモバイル回線で専用線を引くことができるのです。現時点でも当社の系統に接続する際は、必要なセキュリティ対策を講じることを接続条件としているのですが、資源エネルギー庁等と連携して、閉域モバイル網のように新たな技術を積極的に制度運用に取り込んでいきたいと考えています。
竹内:プロの発電事業者ではない個人投資家でも実現可能な対策があることが分かり、ほっとしました。そのほかに、分散型電力システム実現の課題として何かあります。
岡本:これまでにお話しした以外だと、蓄電池等も含めた調整力の全量把握、蓄電池等の将来想定の共有などが挙げられます。分散型電力システムは、電力会社の設備ではなく、皆さんが保有する設備の活用、連携が前提になるため、電力会社に閉じない新たな仕組み、制度枠組みが必要になると考えています。
最後に
竹内:これまで分散型電力システムの背景、私たちの暮らしに与える影響、そして実現に向けた課題についてお伺いしてきました。最後に一言、いただけますでしょうか。
岡本:分散型電力システムは、電力会社だけでは実現できません。あらゆる産業のプレーヤー、そして電気を利用いただいている全てのお客さまの協力、そして協業が必要になります。こうした観点から、新たな暮らしや産業の礎となる次世代の分散型電力システムに少しでもご関心を持ち、協業の企てに参加いただけるととてもありがたいです。
竹内:本日は貴重なお話し、ありがとうございました。