限界費用玉出し、容量メカニズムで誘導を 2022年04月26日
戸田 直樹:U3イノベーションズ アドバイザー
東京電力ホールディングス株式会社 経営技術戦略研究所
(電気新聞 2022年4月22日版 3面掲載記事を転載)
電力・ガス取引監視等委員会は21日の有識者会合で、大手電力による限界費用玉出しを適正取引ガイドラインに位置付ける方針をあらためて明示した。東京電力ホールディングス経営技術戦略研究所経営戦略調査室チーフエコノミストの戸田直樹氏は、限界費用玉出し自体は意義があると指摘する一方、それを実現する手法は規制ではなく、容量メカニズムによるインセンティブであるべきだと訴える。
大手電力が余剰供給力全量を限界費用により市場投入する、いわゆる「限界費用玉出し」とは一体何か。自分の知る限りだが、「大手に対する非対称規制」であるとする見方と、「独占禁止法上の要請」であるとする見方の2つがあるようだ。
競争市場において、全てのプレーヤーがプライステイカー(自らの行動が市場に影響を与えず市場で決まった価格を受け入れるしかない経済主体)となった状態を完全競争市場と言う。その時の市場価格は限界費用により決定され、社会的厚生が最大になるとされる。限界費用玉出しは、大手電力にプライステイカーのように振る舞わせ、完全競争市場を模擬しようとした試みと理解される。
しかし、完全競争市場が成立するには、経済学の教科書によれば、(1)無数の消費者・生産者の存在(2)財の同質性(3)情報の完全性(4)市場への参入・退出の自由――の4つの条件が満たされる必要があり、現実の市場ではおよそ起こりえない。従って、現実の市場で起こりえないものを模擬することを独禁法上の要請とまで言うのは、自分は言い過ぎと思う。
他方、限界費用で市場価格が形成されることは、現存する供給力を所与とした時に電力供給の費用が最小となることを意味し、このような価格形成を目指すことには意味があるとも思う。ただ、それは所定の供給信頼度を維持(もう少し具体的に言うと、供給支障を社会が許容できる頻度に抑制)しつつ、行う必要がある。
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発電会社の限界費用で常に市場価格が決まれば、一部の電源は固定費を回収できなくなって市場から退出し、供給信頼度の低下を招く可能性がまず考えられる。これに対する経済学者の説明は次の通りである。
電力需給がタイトになれば市場価格が電源の限界費用を大きく上回る水準までスパイクして固定費回収が十分可能な価格が発現するため、供給信頼度は確保される。その価格水準は、市場で電気が売り切れ、一部の需要家が電気を使うことを諦めることに伴う機会損失により決まる。
現実の電力市場は、このメカニズムによって供給信頼度が維持されるほど単純ではない。まず、電気の価格スパイクは政治的に許容されにくく、機会損失よりも低い水準で市場価格に上限が課されてしまうことがたびたび起こる。
また、現実の電力市場が完全競争市場ではない以上、仮に価格が青天井であったとしても情報の不完全性などに起因して、市場価格により確保される供給力は、社会が求める供給信頼度に比べ過小となる。言い換えれば、社会が求める供給信頼度が確保されている状態の下では、市場価格が安すぎて、その状態を持続することができない。
実際、2012年に限界費用玉出しが開始されて数年は、それ以前の遺産により供給信頼度は確保され、固定費回収を担保できるような価格スパイクはほとんど起こらなかった。これは、市場に依存する小売電気事業者が電源固定費の負担を免れられる状態であったことを意味する。一方で、将来の供給信頼度低下を懸念した電力広域的運営推進機関による問題提起を契機に容量市場の検討が本格化、24年度から本格導入される。
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社会が求める所定の供給信頼度を維持することを必達目標とするならば、供給力の調達目標をあらかじめ定めて、オークションなどにより確実に調達する容量メカニズムの導入は必要である(容量市場は容量メカニズムの一種。また、この文脈で戦略的予備力は含まない)。他方、容量メカニズムが適切に機能すれば、電源固定費の負担を免れるフリーライドは解消されるため、全供給力を限界費用で市場投入するインセンティブが働く。
12年以降、容量メカニズムなしで限界費用玉出しを実施してきたことは、残念ながら昨今の電力需給不安の主因になっていると思われる。限界費用玉出し自体にはメリットがあるが、それは規制・モニタリングではなく、容量メカニズムを適切に機能させることにより誘導されるべきものと思料する。