見出し画像

1月に観た映画の感想まとめて

またもや雑で申し訳ないのだけれど、丁寧さを求めて結局何も書かないまま終わるより、荒くても何かしら投稿することの方がまだマシだろうと思い直し、勢いのまま公開します。

厳密に言うと全11本、観た順で。次からは面倒でも一本ずつの方がやっぱり良さそうです。

監督名『作品名/ 原題』(制作年、制作国、上映時間)の表記です。

濱口竜介『ドライブ・マイ・カー』(2021、日、179分)

邦画独自の「演技」が苦手で、迷っていたが知人の勧めもあり鑑賞。

まず撮影が素晴らしい。構図や陰影など、きめ細かく撮られている。

しかし実際にこんな女性たちが存在するだろうか?
監督、脚本/原作が全て中高年以上の男性で、彼らの幻想・無意識の願望が反映されているからでは、と思ってしまった。
三浦透子が演じる人物に好感を持ったのも、もう中年と言える自分の中にある妄想を具現化していたからなのかもしれない。
もし本を書くチームに一人でも女性が加わっていたら、だいぶ感触の違った物語になったのでは?

多言語の劇中劇を組み込んだのは実に効果的で、特に終盤、チェーホフを演じる場面では、韓国の手話を用いて文字通り一言一言を噛み締めるように紡がれる台詞が、コロナ禍で苦しみ続ける我々に語りかけられた言葉のようにも感じて、得難いシーンとなっている。

限りなく現実に肉薄しようとしてはいるのだが、どこか遠く離れたところから眺めているようにも感じた作品。

ドミニク・モル『悪なき殺人 / Seules les bêtes』(2019、仏=独、116分)

一つの殺人事件を介して、関わり合うはずもなかった人々が、輪を描くように関係性を成立させていく。
同じ出来事を、異なる視点から繰り返し語る手法で、少しずつ行動の意味や意図が見えてくる。

大人はそこまで浅薄ではないぞと思いつつも、各自が大っぴらにできない秘密を抱えている点が物語を生き生きとさせている。

国家間の圧倒的な経済格差や、すれ違う人間関係など、どうにも抗えない状況も映し出され、苦味が効いている。
が、同時にどこかおかしみもあって笑ってしまう。

大島新『香川1区』(2021、日、156分)

小川淳也議員を追うドキュメンタリー『なぜ君は総理大臣になれないのか』の続編。

普段の生活と政治にほとんど接点がないように見えるこの国で、このようなかたちで選挙活動を目にする機会が提供されているのは大切だと思う。

小川氏とご家族、応援している人々に大いに共感しつつ観た。
だが、同時になぜ今の与党は勝ち続けるのか、なぜ権力構造はより強固で不変なものになっていくのか、本当に知りたいのはその点。

潜入捜査よろしく集票の現場に入り込む場面のように、明るみに出ていないところにこそカメラが入り込めばより優れた報道になったのだろうが、相手側は内実を見せようとはしない、ということなのだろう。
そしてそれこそが「強さ」の秘訣でもあるのだろう。

結局いつも辿り着く答えは同じで、まずは自分自身が自分の頭で考え行動し続けること、ここからしか始まらないと思う。

マイケル・ブラックウッド / クリスチャン・ブラックウッド『MONK』(1968、米、58分)
『MONK IN EUROPE』(1968、米、59分)

ジャズ・ピアニストで作曲家のセロウニアス・マンク Thelonious Monkのドキュメンタリー2作。

前者は固定メンバーでの四重奏で、ジャズ・クラブでのライヴ演奏やスタジオでの録音風景が中心。
後者はさらに管楽器陣を加えた大編成で、欧州の演奏旅行を追う。

僕は1990年代末に再発CDで彼の録音に触れ始めたので、特別な思い入れはなく客観的に楽しんだ。
旋律の美しい曲を書き、真似しようのない演奏をする人だな、と魅力にようやく気づき始めたのも最近のこと。

楽屋での場面や街を歩く姿はにこやかで、リハーサルの風景など音楽家たちのやり取りにワクワクする。
伝説のVillage Vangurdでのライヴ、ああいう場所にいたかったなぁ。
さらにはコロンビア・レコードでの録音風景、
テオ・マセロ Teo Maceroってあんな感じのひょうきんそうな人だったのね。などなど、発見多数。

アマリア・ウルマン『エルプラネタ / El Planeta』(2021、アメリカ=スペイン、82分)

監督、脚本、主演を担い、実母と作品内でも母娘を演じる。
自分自身を突き放して見れている、客観的に自分と付き合える人なんだな、とその距離感が心地良かった。

あてもない仕事を引き受けたり、同じく職のない母親ともらったお菓子で食いつないだり、無軌道を越えてどこか自棄気味の生き方なのだけれど、なぜか憎めない。

身勝手すぎる男たち、不景気や極度の貧困を描きつつも、決して深刻にならない。
むしろ飾り立てて、虚飾を楽しんでいる。
この「軽さ」を作れるのは貴重だなとも思う。

クリント・イーストウッド『クライ・マッチョ / Cry Macho』(2021、米、104分)

イーストウッド監督・主演・製作の新作。一ファンとして楽しみにしていた。

筋立ては簡素なものなので、人と人との邂逅や摩擦、ふとした優しさや歩み寄る瞬間こそを味わいたい。

孫ほども歳の離れた知人の息子とのロード・ムーヴィーでもあり、バディ(相棒)・ムーヴィーでもあるのかな。

齢90を越えるイーストウッドだが、恋もするし格闘もする。そして自らの老いや弱さを認められる強さがある。
彼の思う通りに作ればそれで完成だと思うし、そうする資格があると思う。

出てくる誰もが多少は裏表ある人間だからこそ、共感できる作りになっている。

ジョン・カーペンター『ゼイリブ / They Live』(1988、米、94分)

これは面白かったなぁ。
もう既に地球は異星人に侵略されていた、見た目には分からないように巧妙にすり替わっていた。
この妄想に近い設定がSFとして目新しくはないのだろうけど、特殊なサングラスをかけると真実の姿が見える状況をうまく映像で表現している。

突発的なアクション・シーンや、やたら肉体性を強調する演出だなと思ったら、主演はプロレスラーだったのね。

勝てそうもない戦いに結集する地下組織もそうだが、一人立ち上がる主人公の捨て身っぷりに胸が熱くなる。

監督が自ら手掛ける音楽も併せて、独特の世界観を構築している。

ジヨー・ベービ『グレート・インディアン・キッチン / The Great Indian Kithchen』(2021、インド、100分)

ほとんど野菜を切っている映画、あるいは家事映画か。
そのぐらい、光が当たるはずもなかった女性たちの普段の生活が中心となって映し出される。

男性中心社会、よりはっきり言えば女性蔑視文化が、どこまで誇張されているのかは分からないが、観ていて苦しくなってくるほど。

女性たちが終わりなき反復仕事に長時間従事している間、男たちは食い散らかし、自分たちのやりたいことだけをやる。
月経のときだけは働かなくていいが、穢れという概念のもと事実上幽閉されてしまう。

元々、踊りを学びたいと思っていた主人公は忍耐の限界を越え、「伝統」ある家父長制に、ついに怒りの一撃を加える。
そしてその溜まりに溜まっていた鬱憤を、最後の舞踏が一気に解放させてくれる。

トム・マッカーシー『スティルウォーター / Stillwater』(2021、米、139分)

題名は地名でもあり物語の重要な鍵でもある。

無実を訴える一人娘は、殺人罪で外国に投獄されている。
彼女の潔白を信じる肉体労働者である父親は、膠着状況に焦りを覚え、無謀にも自ら解決に動き始める。

これから重い荷を背負って生きていくことになった主人公が呟く最後の一言がズシリと来る。

世界的に著名なマット・デイモンの武骨さより、サッカーが好きな少女の無邪気さが印象に残るが、その二人が離れざるを得なくなるシーンでの涙はさすがに巧いなぁと唸らされた。

人物の背景もしっかり描いており安定感はあるが、良くも悪くも重厚さが残る。

ケリー・ライカート『リバー・オブ・グラス / River of Grass』(1994、米、76分)
『ミークス・カットオフ / Meek’s Cutoff 』(2010、米、103分)

『リバー・オブ・グラス』は監督の長編第一作。
郊外の主婦が主人公で、1990年代の鬱屈とした感じ、退屈はしっかり伝わってくる。
全てを放棄して、逃亡を図ろうとするも、情けないことに町を出ることすら叶わない。
そして法の外にすら出ていなかったことに気づいたとき、苛立ちは頂点に達し、初めて法を破ることになる。
意外なほど暴力的な暗示が多い中、映像の美しさが対比的に際立つ。

対して『ミークス・カットオフ』は19世紀半ばという設定で、移民の3家族が案内人を頼り西を目指す。
道に迷っているのではないか?という疑念と、尽きていく水に次第と不穏さが増していく。
途中で捕らえた先住民に道案内をさせるかどうかで意見も割れる。
女性/男性、先住民/侵入者、腕力のある者/勇気のある者、と全ての人物が並列で描かれている。
宙ぶらりんの結末は、観客一人一人にその後を想像する余地を与えている。

ドロール・ザハヴィ『クレッシェンド 音楽の架け橋 / Crescendo #makemuicnotwar』(2019、ドイツ、112分)

パレスチナとイスラエル、争い憎しみ合う中で、双方の音楽家の卵たちを集め、一つのオーケストラを作ろうという試み。
実際にあった話に着想を得ているらしい。

ところが任された指揮者も当初は乗り気でなかったように、予想された通り揉め事が止まらない。
もつれた感情を何とか解きほぐすべく、山中での合宿に場所を移すも、ここでも納得しきれず途中離脱する数名が出て、真実性があるなと思った。

あくまでドイツ側から見えている風景という点は留保しつつ、芽生えた愛が結果的にさらなる憎悪を呼び込んだり、解決はしないが未来への可能性は感じさせる最後の自然発生的な合奏など、安易に決着はしない両側面を孕んだ描き方に、社会としての、文化としての成熟度を感じた。

いいなと思ったら応援しよう!