映画『帰らない日曜日』
エヴァ・ユッソン『帰らない日曜日』(2021、イギリス、104分)
原題は “Mothering Sunday” で、「母の日」という意味。
一年に一度だけ、英国中の使用人たちが里帰りできる。
この前知識のみ携えておけば、自然と入り込める映画だし、あとは説明するほど楽しみを削いでしまうかもしれない。
よって、私としては観てから読んでもらうことをお勧めしたい。
特に最後の方で核心に触れる部分もあるので。
古典的な恋愛物語
お話としては、古典的とすら言えるもの。
舞台は1924年のイギリス。
由緒ある名家に勤めるメイドのジェーン。
彼女は孤児で、家族は誰もいない天涯孤独の身だった。
近隣の名門一族たちは親しい間柄で、家族ぐるみで長い付き合いを続けてきていた。
そのうちの一人、跡取りであるポールとは身分や境遇の違いを越え、互いに打ち解け合い、秘かに恋愛関係にあった。
唯一自由な行動が許されるその日、ジェーンは二人だけで邸宅で会わないかとポールから招かれる。
深く愛し合う二人だったが、ポールには婚約者との顔合わせも兼ねた昼食会の時刻が迫っていた…。
1924年、1948年、そして現在(1980年代)
作家となって大成したジェーンは、現在からあの一日を思い返す。
厳密に言えば、一日どころか半日ですらなく、ほんの数時間ほどであった。
だがその一瞬は、遥か遠くなった今なお影響し続けるほど濃密なものだった。
思い出そうとする記憶があちらこちらへ飛ぶように、その過去の描写も断片的であり、かつ時間軸を行き来する。
加えて、「第二の過去」と言うべきか、もう少し時代が下がった時期も描かれる。
ジェーンは作家として身を立てており、結婚相手と出会うのだ。
この三重構造によって物語はより複層的になっているが、その分やや捉えにくくなっているかもしれない。
おそらく、作家としてのジェーンという設定に説得力を持たせようと挟んだ結果だろう。
メイド時代にも、書物への尽きせぬ興味は片鱗を見せており、雇い主もそれを温かく見守ってくれていた。
教育を受けていないからか、20歳を越えていても性の知識も全くないジェーンではあったが、文学への情熱は隠しきれないものがあった。
広義での戦争映画
多数の死傷者をもたらした第一次世界大戦。
いかな上流階級と言えども、若者たちは皆な戦場へ行き、そして帰って来なかった者も多い。
残された孤独で老齢の親たちによる、あらかじめ完全に決められた人生。
兄たちも戦死し、幼かったがゆえ結果的に一人生き残ったポール。
しかしそれゆえ、本来なかったはずの縁談も受け入れざるを得ない。
戦争は誰一人として幸せにしない。たとえ、直接的には関わらなかったとしても。
望まない結婚に、望まない職業。
周りからの、つまり代々続く家からの、強大な権力を持つ親からの期待と、無言の強制。
本当に愛する者とは、当時の社会では結ばれようもない。
あの事故は、ポールの決断だったのか。
つまり、そのように見せかけた自殺なのか。
そういった素振りは明確なかたちでは一切示されていなかったと思うし、私は見て感じ取れなかった。
だけれども、完全な確証は持てない。
クロースアップとスロウモーションを多用し、やや感傷的だが、永遠とも思える時間を丹念に表現する。
さらに、衣装や調度品まできめ細かく、田園風景や川辺の煌めきもまた美しい。
こんな時代に、敢えて古風なラヴ・ストーリーもまた良いな、と思える秀作でした。