第4回ユーザーインタビュー
2021年 08月 21 日(土)13:00-18:00
【Xデザイン学校】ベーシックコース2021のリフレクション(省察)です。自分の考えたことのログとして書くので、とりとめがなくてすみません。
ユカタンには産婆学校が無い話。
私は農家の息子で、小さい頃から家族が米を作っている様を見ているので、特に何を教わったわけではないが自然と米作りの苦労や失敗、お米の作り方のワークフローを知っていることと同じかなと思った。
あともうひとつ。親が管理栄養士で食事の準備をしているのを子供の頃見せられていたので、特に習っていないがわりとレパートリーがある。それと同じことかなと思った。
座学で学び実践して会得するような学びよりも、そういった日々の生活の中で受継がれ、自然と体で得するような非宣言的記憶の方法が自分には合っていると感じるところがある。 職人気質というか現場主義というか、伝統的な物が自分は好きなのかもしれない。
そういった職人技や伝統芸の会得は、長年変わらず続いていて洗練され、ワークフローが確立しているケースが多いと思った。サービスデザインにおいては変化が早すぎて産婆さんのような方法で技術を受け継ぐことは難しいと思った。
新規事業開発
大企業に今いるメンバーで新しいことができない。スタートアップを買ってしまうのが手っ取り早いという話だった。時間を買うのだそうだ。たしかに時代はそういう流れになっていると思う。Googleなどシリコンバレーでは、社内でプロジェクトがうまく進まなくなると会社を辞め、しがらみから開放されたスタートアップを立ち上げ、技術開発、サービス開発を行い、またGoogleに買い戻される。という流れがあるらしい。さぞ儲かるのでしょう。
私がいま所属しているのはスタートアップだが、守備範囲を広げる目的で会社を買収している。どんどんグループ会社が増え、いろんな文化の人達が入り乱れる。
そういう時代なんだと頭では理解できるが、気持ちがついていききれない感じがどこかにある。第一線でバリバリやっていた友達のデザイナーが、和菓子職人や家具職人など、職人に転身する気持ちが少し分かる気がする。自分はまだ切り開いていく方向で頑張ってみようと思う。
回顧型は良くない
なにか行動していたらすぐ聞かないと本当のことが分からないので、回顧型は良くないという話があった。
意識は自分のものではないというSFC前野さんの「受動意識仮説」を思い出した。あくまで仮説なのだが説得力があり私はわりと信じている。
数秒前のことを覚えていられない病気の人に、歩いてくださいと指令を出しその後で、なぜ歩いているんですかと質問すると「そこに自動販売機があったからちょっと喉が渇いたのでジュースを買おうと思って」といったありもしないことを 脳内で作ってしまうというような実験が行われたらしい。
ということは、すぐ聞いても嘘を言う可能性があるということだ。講義の中で「ユーザーの声は聞くな」という引用もあったが、ユーザーが「そう言った」ということは事実ではあるが、バイアスがかかり思い込みに囚われ、湾曲されている可能性がある前提くらいの捉え方がしっくり来ると感じた。そういう意味でも行動は事実だし、そちらに着目するべきだと理解した。
フォトエッセイ
インタビューの手法がいろいろあり、どうやって聞きだすか四苦八苦する中で、対象者に物語を語らせるというのが面白いと思った。通常はインタビュー手法一覧の中から選んで行うと思うが、これがありということは、ケースバイケースで他の手法でもアリだし、凝り固まった型にはまらなくてよいんだなと思えた。肩の力が抜けた気がした。インタビュー手法を決めるときも包括的に理解して判断するのが良いと思った。
何かを求めているのはユーザーではなく企画者
だという文があった。
iPhoneがない時代にガラケーに違和感を感じていた自分がいて、いろんな携帯電話を妄想していた。しかしその時どんなケータイが欲しいかと聞かれてもiPhoneが欲しいとは答えられなかったという実感があるのでとても腑に落ちる。
ベルガンディの本に、愛でありギフトだといったことが書いてあった気がする。ユーザーは何がほしいか聞かれても、「もらって本当に嬉しい、感動できるもの」が何なのかわからない。プレゼントする側がユーザーをよく知った上で、贈るものを感がえるんだ。という話に通じると思った。
ちなみにiPhoneを作ったのはジョブズではないらしい。
私はiPhoneがどのように生まれたか興味があり文献を読み漁っている。
発端はMacの入力方法を考え直すApple社内のENRIという有志の集まりで、いろいろな入力方法をかき集めた中にタッチスクリーンがあった。ジョブズに潰されることを恐れたので、デモを洗練させ見せるタイミングにかなり注意をはらったらしい。
またIBMのサイモンというタッチスクリーン式携帯電話が先にあり、影響を受けている。iPhoneは新発明ではない。(ザ・ワン・デバイスより)
先見の明を持つイノベーターが突然ひらめいたわけでもなく、デザイン思考で作られているわけでもないiPhoneやApple製品の作られ方に興味がある。
ただいろいろ本を読み漁って思うのは、1人や2人ではなく大勢のエンジニアがそれこそ血尿を出す思いで取り組んだ結果だと言うことは分かる。
チームで必死に没頭し、あれくらいの成果を出す仕事が一生に1度でもできたら幸せだなと思う。
インタビューで重要なこと
焦点化。問を立てて見る。というのがあった。
講義を受けていて、実体験があるものは、すっと理解できる。学びがある。と感じた。
問が立っていない状態で聞いても有益なことを言っているのは分かるが、身を持って理解できないと感じた。
問が立っている状態で聞いているから気づきがあるんだと思う。
ペルソナ1体の費用を聞いて度肝を抜かれた。
シナリオを描いたり、仮説検証する上で重要なものだと思っているが、そこまですごい威力を発揮するものだと理解していなかった。本当にペルソナ単体であの金額を取れるのだろうか。正直信じがたい。来月ペルソナを作り、ペルソナの凄さが理解できるということで、とても楽しみにしています。(妻が出産間際なのでバタバタしていそうだが)
そして1体作るのに2ヶ月かかるとのこと。時間がかかるのは実体験として理解できます。ただ思うのは、限られたスケジュールと予算の中で実務する場合、省略・簡略化するケースは少なくなく、その分、エンジニアの工程の時間を確保できたり、早くリリースするメリットもあると思うことがあります。
自分の仕事ではあまりないですが、メジャーなサービスになるとターゲットユーザーは老若男女問わない、全員みたいになってくる気がしていて、そういう場合もペルソナの出番が減る気がしています。