ウマ娘「#summer #besties」考察論
初めに
2023年6月に公開されたウマ娘イベントストーリー「#summer #besties」について、実はゴールドシチーの最期をジョーダンが救う話なのではと思い、まとめました。内容の都合上、以下の注意点に同意頂ける方のみお読みください。
・本気記事では競走馬ゴールドシチー号の最期を取り扱っています。
・当時の関係者たちの記録を引用していますが、決してシチーの引退に関わった方々を非難するものではありません。シチーにとっての最善を考えた末の出来事であったことをご了承下さい。
・ケイエスミラクルのシナリオのネタバレを含みます。
・この内容はシチジョ固定目線で書かれています。他のカップリングには特段触れません。受け入れられる方のみ閲覧をお願い致します。
以上をご理解頂ける方は、お読みください。
競走馬「ゴールドシチー」の最期
まずゴールドシチーの最期から振り返っておきたい。
1989年6月宝塚記念での10着を最後にゴールドシチー号は引退となった。同年11月に宮崎競馬場(現・JRA宮崎育成牧場)へ移動すると乗馬・障害飛越馬として繋養されることとなる。
しかし、ゴールドシチーはプライドの高さと激しい気性から宮崎での集団生活に全く馴染むことができなかった。大半の馬が2日もすれば集団生活に慣れる中で、シチーは1ヶ月経っても慣れず、毎日のように周囲の馬に喧嘩をふっかけていき、次第に孤立を深め、他馬達から虐められるようになっていった。
1990年5月1日、シチーは右前上腕部の骨折から予後不良となり安楽死がとられる。骨折の理由は、骨折の瞬間を目撃した人がいないことと不自然な骨折位置から様々な憶測がされている。
他馬に蹴られた、不注意で柵にぶつかった、先に旅立った同期の戦友達(サクラスターオー、マティリアル)の後を追った、自分が置かれた状況に我慢が出来なくなり自ら命を絶った等である。
これらの諸説については今回触れないが、自身の生まれ持った気性から宮崎での新しい環境に馴染めず、独りで過ごしていたことは間違いない。
それでは本題に入る。
題名「#summer #besties」の意味
Bestieとは 「best friend」 が変化した「親友」という意味のスラング。日本語で言うなら「マブダチ」「ズッ友」に近い。
best friendに比べるとよりカジュアルな雰囲気のある言葉。複数形になっているため、直訳するなら「夏のズッ友達」となる。
SSRゴールドシチー「優しい月」のモチーフ
サポートカードやイベントストーリー(以下イベスト)の内容から史実とのつながりを見ていく。
① 背景のホテル
サポートカード(以下サポカ)の背景にはストーリーで宿泊したホテルが描かれているが、このホテルによく似たリゾートホテルが宮崎市に実在している。
背景のプールや床の照明の形状がよく似ている。
続くテキストでは優しい月明かりに照らされ、海と星をイメージした青色と黄色のモクテルを飲む二人が読み取れるが、同ホテルには「月の道」というカップル向けの記念日イベントがある。
このイベントでは、ラウンジやプールサイドから静かな海に浮かぶ満月を鑑賞し、海の青をイメージしたカクテルや月の道をイメージした黄金色の焼酎を楽しむことができるため、恐らくこれが元ネタと推測される。
② ホテルの場所
イベスト内のホテルはシチーが自分で選んだ場所と述べているが、ホテルとシチーの過ごした牧場は車で15分の近距離にある。
「シチー本人がホテルを気にしていること」や位置を考慮すれば、滞在先のホテルは宮崎育成牧場の暗喩であると考えられる。宮崎市周辺の観光スポットにはパラセーリングスポット(日向岬)、行列の絶えない人気のアイスクリームショップ(道の駅フェニックス)も存在しており、この辺りがモデルだろうか。
ちなみにイベスト当時、ホテルの運営会社はセガサミーホールディングスの100%子会社であった。サトノ家って確か…。
※ 2024年5月11日時点、セガサミーHDはフェニックスシーガイヤリゾートの運営会社を米投資ファウンドへ売却すると発表している。
史実とイベントストーリーの対比
(1)史実のシチー
プライドの高さから宮崎の牧場で他馬達と馴染めず、次第に孤立していき、独りで過ごすことが増えていく。
(2)イベストのシチー
シチーがバカンス先で仲間達に支えられながら、プライドを捨て、本当はジョーダンともっと友達になりたかったと想いを吐き出し、二人が親友となる。
滞在先のホテルを宮崎育成牧場と仮定すると、外を楽しもうとするジョーダンに対しシチーは牧場内を一緒に楽しもうと提案していることや、ホテルで突然眠りに落ちた際の寝言も繋がっていく。
以上から
「もし宮崎の牧場で、シチーがジョーダンのような親友と出会えていたら、違った運命もあり得たのではないか」
という引退後の救済シナリオと捉えられる。
ジョーダンは遠く離れた土地で独り過ごす史実シチーの前に現れたIFの親友なのだ。シチーにとってジョーダンの存在は、プライドで雁字搦めになった心の底で本当は一番欲しかったものに他ならない。シチーのジョーダンへの本音の言葉も実馬への想いを重ねているのかもしれない。
「友達と過ごすのってこんなに楽しいんだって。アンタのおかげで、ダチも増えて超、嬉しかったんだよ」
「ジョーダンも、超カッコいいよ。だから……もっとちゃんと、ダチになりたいって思った」
実馬のシチーは、どことなく独りに縁のある馬だった。父ヴァイスリーガルはシチーの誕生の二週間後に亡くなり、母イタリアンシチーもシチーの死から一週間後に後を追うように亡くなった。
生まれてからは同じ牧場の子馬達と馴染めず衝突を続け、クラシックを共に戦ったライバル達は奇跡と悲劇の物語を背負い、シチーを置いて天国のターフへ旅立ってしまった。
G1馬でありながら自身の血も残せず、慣れない土地で他馬から虐められた。骨折した日は偶然メーデーであったため人手が少なく、誰かに骨折した場面を知られることもなかった。ウマ娘になってもクラシック期のライバル達は誰も来なかった。
そんなシチーのもとにやってきたのがウマ娘のトーセンジョーダンだった。実馬のシチーから抜け落ちた友達と過ごす楽しさを教え、シチーに拒絶されても友達なんだと想いを直接伝えてきたのも彼女だった。
シチーの命日は5月1日で、去年の同時期は丁度ギャルウィークにあたる。最期を知った上で見れば、友達と楽しく過ごすシチーが描かれるだけで史実への慰めに繋がったはずだ。
しかし2ヶ月後に宮崎の地で最期に触れてシチジョの友情の物語を展開したのは、シチーを本当の意味で救うには正面から史実の運命にぶつかっていく必要があり、今のシチーなら魂の傷に触れてもジョーダンと共に乗り越えていけると判断したのだろう。
ジョーダンの存在
ジョーダンには「牧場でのIFの親友」に加えて「当時シチーを愛していた大勢の女性ファンの投影」の二重の意味がある。
実馬のシチーは非常に女性人気の高い馬で、引退から骨折までのたった半年間に「優駿」でカラーページが組まれ、ファンからの写真やファンレター等も度々紹介されていた。シチーの引退後を取材した「風の伝説」によれば、
「宮崎牧場にはシチーに会いに来る熱心なファンやファンレターが多く届いていた。G1馬でありながら種牡馬になれず、他馬から虐められるシチーにとって、遠方の宮崎まで会いに来てくれるファン達だけが唯一の楽しみであり、誇りだった。もしシチーがこのたくさんの手紙の文字を読めていたら…」
とある。ジョーダンがシチーを好きになったきっかけは、雑誌で見たモデルのシチーのカッコよさからファンになったからだった。
宮崎まで会いに来てシチーの心を支えたファンの女の子達、牧場内での馬としての友達。双方の意味でウマ娘のシチーの元に飛び込んできたのがジョーダンなのだろう。ちなみにウマ娘のシチーはすべてのファンレターに目を通しており、疲れて倒れそうになった時にいつも読み返している設定となっている。
二つ目の救済の物語
今回のイベストは、シチジョの救済の物語以外にもケイエスミラクルの救済シナリオへの繋がりを含んでいる。双方を比較しながら考察していく。
① イベストの目的
今回のイベストの目的を考えると以下の2つに分けられる。
(1) 宮崎でのシチーをジョーダンが救うこと。
(史実1989年11月~1990年5月1日)
(2) バンブーメモリーのフォーカスを1989年か
ら1991年へ当てること。
(史実1991年1月~1991年4月)
(1)は上項で触れた通りのため、(2)について解説する。バンブーの別衣装「Ultra☆Marine」は元ネタが存在する。
冗談ではなく、バンブーは本当にバカンスに行っていたのだ!!
1990年12月スプリンターズS制覇後、バンブーは翌年4月まで鹿児島県の海沿いにある山下牧場で過ごしていた。山下牧場では暖かい気候の下で松林や浜辺での調教が行え、過去にもトウカイテイオー、カツラギエース等が休養している。
オグリキャップやヤエノムテキといった同世代のライバル達は90年12月に引退しており、バンブーはそれを見届けたあと、バカンスを挟んで91年安田記念からルビー達と走っていくこととなる。この休暇は丁度漫画の第一部と第二部のような転換期にあたり、秋にケイエスミラクルのシナリオで舞台組と絡んでいくのにピッタリな題材だったのだろう。
バカンス休暇を目いっぱい楽しんだバンブー…
森林や浜辺に囲まれた美しい牧場…
舞台に出ていないバンブーがミラクルのシナリオに関わっていくための事前準備…
といった要因から開放的な衣装と夏を謳歌する固有演出、ヘリオスとの交流を意識した流れとなったのだ。決してサイゲが堅物風紀委員長をギャル堕ちさせたかったのではない。
90年夏にはオサイチジョージ(ミルワカバ)も山下牧場で休養しており、こちらは今後シングレでの水着姿やバンブーとのバカンストークが期待される。
② ケイエスミラクルのシナリオとの類似点
夏バンブーをミラクルのシナリオへ繋げる伏線と見た場合、本イベストと類似点がいくつかあるため触れておく。
・バンブーとヘリオスが救済者(ジョーダン、ルビー)を助ける仲間として登場し、パーマーが相談役としてサポートする。
・両方とも登場人物を自然物に例えている。ミラクルはシナリオ内、イベストでは別衣装名とサポカ名でそれぞれ自然物を冠している。
余談だがヘリオスの名前の元ネタである太陽神ヘリオスの姉妹は、セレーネー(月の女神)、エーオース(暁の女神=オーロラの語源)であり、それぞれシチーとジョーダンのモチーフに使われている。
・史実通り予後不良と直面し、昏睡状態(眠り)となる。ミラクルはスプリンターズSの観戦中に、シチーもホテルのソファで眠りに落ちてしまう。
・眠りに落ちたシチーはヘリオスの笑い声で呼び覚まされる。パーマーは『ヘリオスの楽しさには人を救う力がある』『(ミラクルに対し)沸き上がる気持ちに対して素直になって、今を楽しもう』と諭している。
・別衣装とサポイベに91年代現役キャラが複数登場する。ネームドキャラ11人中7人が該当。(ライアン、アイネス、マックイーン、ヘリオス、パーマー、バンブー、ミラクル)
何よりも2つのシナリオに共通しているのは、
「史実の運命を間接的に回避するのではなく、正面からぶつかった上で、友情で乗り超えて救済すること」である。
恐らくイベストとミラクルのシナリオは地続きとなっており、バカンス休暇を経て、ヘリオスと共に91年の世界線へミラクルを助けに向かうバンブーと、89年5月の過去へ飛んで史実を超えてシチーを助けようとするジョーダンで対になるよう構成したと考えられる。
まとめ
今回のイベストはシチジョの救済の物語を主軸としつつ、二次要素としてバンブーを舞台組と絡ませていくための布石も含んだとんでもないシナリオであったと思う。
さて、気になるのはゴールドシチーの宮崎での最期を変えるためのストーリーと考えた場合、なんだか非常に内容が出来すぎていると思えてならない。後出しで2人の要素が此処まで上手く史実と合致するだろうか。
・2人の間には対戦歴、血縁、厩舎、馬主、騎手、勝鞍といった史実の繋がりが無く、親友設定自体ウマ娘でも特殊なものであること。
・シチーの最期を変える為には、心を通じ合わせた親友が最も大切な要素であること。
・シチーの初期設定と現設定の変更点が「他者に殆ど心を開かない」から「ジョーダンとは仲良し」となっていること。
答えは『(育成シナリオとは別で)最初期からジョーダンによるシチー救済シナリオを想定していた』のではないかと思う。蛇足になるので、この辺りの考察は別の機会にまとめたい。
時々シチジョは史実と無関係と言われることがあるが、彼女達の関係性は史実をストレートに反映したものではなく、史実に欠けていたものへの間接的な答えである。ジョーダンにとってシチーとの時間が特別であるように、ジョーダンと過ごす穏やかな時間はシチーにとって何よりも大切な物なのだ。
もしこの考察論を読んだ人の中に「シチジョってギャル同士仲良しなだけだと思ってたけど、めちゃめちゃエモいじゃん!!」って思った方がいたら嬉しいです。シチジョはいいぞ。