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何かのため、誰かのために僕は動く ―残ったものに情熱を注ぐ斎藤和真さんの話―
【コラム】等身大で、なんかいい大人の話
大人になっていくにつれ、社会の建前や、あるべき社会人像みたいなものが自分の周りにいっぱいあることに気づいて、息苦しくなっている。
そんなとき、等身大で自分の人生を楽しんでいる大人がいるってわかったら、なんだか自分も大人になってみたいなと思えるんじゃないかと思って。
>斎藤和真さんのプロフィール
NPO法人かえる舎という地域の未来を教育から作っていく団体の代表。
山梨県富士吉田市で活動中。
授業や課外活動の時間に、高校生が地域を知ったり地域に出て行動することで、「地域ってこういう人たちが頑張っているんだ」とか、「私たちはこういうことが出来て、ここだったら自分が将来やりたいことってできるんじゃないかな」とか、いろんな気づきを得てもらい、地域の未来にいろんな関わり方をしてもらえるようなきっかけ作りをしている。
ゆ:聞き手(Poyu)
た:話し手(斎藤 和真)
① 違和感と僕。
ゆ:斎藤さんに初めてお会いした時に、「仕事の中で自分のやりたいことができているのって富士吉田市だからなんだよね。」って話していたじゃないですか。もちろん、自分のやりたいことができるっているのは、他の人が絡んでくることなのでだれかのおかげってことがあると思うんですが、それを富士吉田市のおかげですっていうのを心の底から思ってるんだなと感じまして、「何だこの人は、すごいな」って思うと同時に、斎藤さんがどんな人なのかっていうのをもっと知りたくて。
た:恐縮です。本当に。
まったくそんなこと言って頂けるようなことなんもないんですけど…
なんか結構、家族の感覚に近くて…お母さんお父さんを思う気持ちと、子どもを思う気持ち。
家族って、今まで自分を育ててくれた親に対してこういう恩返しをしたいっていう気持ちとか、それを次の世代に、ちゃんと自分も親として伝えながらしっかり育てていかなきゃとか、って感覚あるじゃないですか。わかんないけど。 僕、子どもいないから(笑)
でも、なんかそれと一緒で。
富士吉田っていう所が僕を育ててくれて、富士吉田っていう所に対して自分はしっかり貢献していきたいし、恩を返していきたいし、っていう親孝行的な気持ちがあって。それと同時に、自分の子どもじゃないけど、次の世代に対して、家族仲良くじゃないけど、地域というコミュニティの中でみんなで助け合いながらやっていけるそんな像がすごいいいなぁとは思っていて。
それで、育ててくれた町に対する貢献みたいな気持ちと、それを今、次世代でいろいろやりたいって言ってくれるみんなにつないで渡していくっていう二つの使命感みたいなものを感じてるかもしれないですね。
ゆ:なるほど
た:それぐらいしかない。
ゆ:いやぁ、それだけあれば、もう十分じゃないですか? (笑)
ゆ:どういうものが、そういう使命感を抱かせるのかな、というのはちょっと気になっていて…
例えば、年に一回会いに行って、ちょっと話しただけで恩返しになっちゃう、って考える人もいるじゃないですか。そんな中で、町で活動することや次世代に対して恩返しをすることで貢献しようって考えるのはなんでだろう、ってところを聞きたいです。
た:いやぁ~…もともとそういう感じなんだよな。
ゆ:そうなんだ(笑)
た:いやぁ~もともとそういう感じで。
ゆ:はい(笑)
た:かっこよく言えば、誰かのために頑張ることが得意?
かっこ悪く言えば、自分の意義を見つけられないとか、やりたいとか、強い信念とか、自分一人で何かするっていうことが、できない?
ゆ:なるほど。
た:僕は、高校で地元の進学校に進んだんですけど。高校に違和感を感じたんですよ。テスト期間のとき、みんな問題集とかを読みながら学校へ歩いていくんですよね。
で、その途中で、どこかの高校の女の子が何かしらのトラブルに遭って、たしか揉めていて。それを、僕たちの高校のみんなはテスト期間だからって、全員止まらずに通ってったんだよな。
ゆ:ふむふむ…
た:そんな困ってそうな子を無視しながら、実は僕もそうしてしまったんですよね。
で、次の日から、なんか休みがちになりました。(笑)
ゆ:(笑)
た:そのときに、僕、学校のテストの点数が2点上がろうが、5点上がろうが、どうでもいいなと思ってしまって…
それで、なんか、点数上げるみたいに自分で何かを勝ち上がるとか、自分に対して向き合って頑張ることとか、あんまできねーなぁと。
やっぱ違うなぁみたいな違和感があって。で、もう、そっから学校へあまり行かず、朝は家出て予備校へ行ってるっていう風で、町をふらふらしてる高校時代でしたね。
ゆ:そうなんですか…
た:町をふらふらしながら、当時は、付き合ってた彼女のために時間を使うってのを第一にやってたんですよね。こうしたら、こう喜んでくれるっていう、人っぽく考えて、人っぽく動けて、で、喜んでくれてそれで次頑張って、みたいな。
いわゆる、考えて試して嬉しくて、また次僕頑張ろうっていう循環ってすごい頑張れたな…
そのころから、人とかチームとかそういうものに対してすごく力を尽くすっていうのをやってきた気がしますね。当時は全然そんなこと考えてないんですけど。
ゆ:なるほど。
た:なんか僕、違和感から逃げてんすよね、結局。
めちゃくちゃ逃げてて。もう自分にできることはこれしかないって感じっすね。そうそう、そうなんだよな。負けて負けて負けて、そんで、自分に対して期待をかけてくれる人に対して、なんか100%返さない理由は、そんなにない気がしますね。
ゆ:なるほど
た:恥ずかしいからあんまりゆってないんですけど…(笑)
② 社会を回すみんなへのリスペクト
ゆ:お話しを聞いてて、斎藤さんは違和感から逃げてるっておっしゃってたじゃないですか。
た:うん。
ゆ:でも、なんか、斎藤さんって、逃げていない気がしちゃうんですよ。
た:へぇ~
ゆ:どういうことかっていうと…
た:うんうん
ゆ:高校時代のお話の中で、困ってる女の子がいたときに、困ってる子をスルーするほうがおかしいんじゃないか、っていう自分の違和感を大事にしたんじゃないかっていう解釈なんですよ。だから、逆に言えば、困ってる子をスルーしたちゃったことをおかしいと感じたんだけど、まあいっかと思って勉強し続ける事のほうが、自分の違和感から逃げてしまってるんだろうと。
だから、その違和感を大事にできているっていうことは、自分に向き合ってるんじゃないの?っていうようなことを思ったんですよね。
た:へぇ~
ゆ:でも、斎藤さんは自分のことを「逃げてる」と思ったって言っていて、その理由はなんなんだろう?と。
た:社会の一般的なレールから外れてるっていう後ろめたさがあると思います。
ゆ:あぁ、なるほど。
た:大多数は、みんなでリクルートスーツ着て、手は膝の上で軽く握り、横並びに座り、志望動機を述べるっていうように、ちゃんと就職活動しててすごいなって思うんす。でも、それも私はできなくて。それと同時に、みんなは就職活動にも向き合って、社会を回してくれているってことに対するリスペクトもすごいあるんすよね。なんか、自分はその、社会を成り立たせてくれてるみんなを、否定したくなくて。みんなが本流で、私はあくまでも亜流の負け犬的な。
ゆ:そうなんですか…
た:もっと別な感じで、例えば、そういう社会の在り方は人っぽくないから、もっとちゃんと物事の本質を見据えて自分で生き方を選択していったほうがいいよ、みたいなことを言ったほうがかっこいいのかもしんないけど。まあ、そんなこともないなって。
世の中のみんなそれぞれが、それぞれ選んで、それぞれの幸せを享受して生きてるから…
ゆ:はい
た:うん…多分逃げてるんすよ、僕は(笑)
ゆ:うーん…いわゆるレールに乗ってる人達が正しくて、そうじゃない人たちが正しくないっていう考え方だったら、そうじゃない人たちは自分のこと卑下する、みたいなことが起こるのかもしれないけれど。
レールに乗ってる人もいれば乗ってない人たちもいて、それでいいってのが前提なら、斎藤さんの生き方っていうのもそれぞれの生き方の一つなので、そこに優劣は存在しないんじゃないかなと思っていて…
た:めちゃめちゃよく言ってくれるじゃないですか…
ゆ:いやいや、普通にそう思ったので。(笑)
ゆ:でも、なんで斎藤さんは逃げてるって表現してるんだろうっていうのが不思議というか…
た:もう普通に、リスペクトがある。それぞれの幸せと、それを尊重したい。
ゆ:あぁ、なるほど。 単純なリスペクト。
た:いやぁー。なんか、卑下するというか、、、そうそう、リスペクトがあるんすね。
ゆ:みんなはやりたくないこともやってるっていう部分がリスペクトできるっていうことですか?
た:いや、やりたい、やりたくないというか、たぶん、ほんと、一般っていう概念というか社会を構成してくれてありがとう、的なことなんだよなぁ。うまく言えないです笑
ゆ:はい
た:みんなの生き方が間違ってるから自分はこうしてんだ、っていうのを言いたくないっていうくらいの感覚で、逃げてるって言ってる感じっすよ。
ゆ:そうなんですね…
た:そうそうそう。(笑)
③ 母に恵まれた。
ゆ:せっかくお話するので、斎藤さんのfacebookをちょっと見させて頂いてて。
斎藤さんは、高校生のときに教師になりたいと思っていたところ、両親にものすごく反対されたっていう記事を見まして。高校生のときに教員になりたかった気持ちが、今の仕事と関係あるのかな、と思って、そこらへんをお聞きしたいです。
た:人に話すときに、これは話せるって思う話が三つくらいあるんすけど。そのうちの一つがこれで。
いやぁ、いい話、しちゃうぞぉ~。(笑)
ゆ:ふふふ。ぜひ(笑)
た:仕事をする時の基準が、基本は母にあるんすよ、僕は。
自分が何かの仕事をやったとき、何らかの判断をとったときに、母がそれを喜ばしくおもうかどうか、が仕事を含め、僕の生きてくときの判断の基準になっていて…
ゆ:はい
た:で、それがなんでかっていうと、母への尊敬があって、、
ゆ:はい
た:この話長いんだよね。(笑)
ゆ:ぜひお願いします。(笑)
た:母の父が、すごいやんちゃな感じで。でも、母はすごい優秀で。僕、一番尊敬してるの母で。母の優秀さをいつもうらやましく思ってるんすけど。決して恵まれた経済環境にいなかったから、母は地元の大学に行くしかなくて。母は栃木の生まれで、宇都宮大学には教育学部しかなかったから、先生になった、みたいな感じなんです。
ゆ:なるほど、、
た:結構大変なこと多かったと思うんですけど、でも母は、「全然いいじゃん」、みたいな感じですごいポジティブで前向きで、めちゃくちゃかっこいいんすよ。
ゆ:うんうんうん
た:母は自分の境遇を卑下することもないし、そんな中ですごい楽しく生きてて。
そういう姿勢がみんなに伝わってて。周りからの母の慕われ方とかもすごい憧れてて。
ゆ:うんうんうん
た:で、そんな母が結構大変でも楽しくやれてる理由が、自分の子どもらしいんですよ。僕、弟がいるんすけど、僕と弟が幸せになってるだとか、僕らが母の誇れる存在じゃないと、報われなすぎるでしょっていう思いとかはあって。
ゆ:あぁ、はいはい。
た:だから昔から、母が喜んでくれるかどうかってのを、親だからっていうこと以上に、人として考えるようにはしてるんですよねぇ…
ゆ:はいはいはい
た:そんな母に対して自分が何するかっていうときに、母は教員の世界にいる人だから、僕も教員になって、自分が周りのどこかから褒められる声が母に届くのが一番いいんじゃないかなって思って先生っていう選択をしてたんすよ。でも母は教員になると能力を活かせないって言って反対してて…
ゆ:なるほど
た:たぶん、母が自分に期待をかけてくれて、教員じゃない形で、もっと社会の役に立つ人になって欲しいっていう意味を込めて教員になることを反対したっていうのがあって。
ゆ:はい
た:なんかその理由は自分と同じ業界に来てほしくないとかではなく、
ゆ:うんうんうん
た:僕に期待をしてくれた上でのことだったし、母がどう喜んでくれるかっていうところにしか興味はなかったから、そんときは特に考えず、あ、なんかそういうならって思って、教員になることは止めました。
ゆ:なるほど。
た:でもなんか、人に何やりたいかって聞かれると、当時はついつい教員って言っちゃってたんすよね。
ゆ:ついつい教員って言いながらも、教員じゃなくて、地域の現場にしたと…
た:そうそう、地域の現場に。誰かの役に立つ人間になるということは、母は望んでいそうだから。わかりやすく、社会の課題解決みたいなのができそうなのがローカルの現場で、課題先進地で実践をするっていうのが、いろいろ喜んでもらえるかなと思って。母は企業名とか学校名とかに全然興味なくって、僕が元気に目的もって、そのために頑張れてる方がきっと一番喜んでくれると思うので。
ゆ:うんうんうん、それで、地域という入り口から教育へ?
た:地域で活動してて、やっぱり教育っていうのはあったんだと思います。かえる舎(斎藤さんが富士吉田市で活動しているNPO法人)には僕と共同代表の赤松っていうのもいて、赤松も両親教員で。赤松は父親を尊敬し、僕は母親を尊敬し、って感じなので。
ゆ:へぇ~
た:そういうロールモデルを近くで見てたからっていうのは絶対あるんすけど、それはほんとに結果論というか。かえる舎を始めて、去年からいよいよ地元で活動するようになって。そうすると、母にいろんな話が行ったり、地元のメディアとかに出してもらったりして。あんな、ちゃんと働いてもなかったような奴が仕事の話をできてるみたいな。そういうの、喜んでいてくれたりするのはすごい嬉しいですね。
ゆ:…いやぁ、いい話ですね。
た:いやぁ、ありがとうございます。(笑)
いい話は三つぐらいしかないけど、三分の一がそれ。
ゆ:私はストックないですから。全然。(笑)
た:いい話ストック?
ゆ:はい、いい話ストック持ってないすっね。あったほうがいいっすね。
た:いい話ストックあった方がいいっすかね。
ゆ:わかんないですけど(笑) お前いい奴や~ってなりません?話をした後に。(笑)
た:いやぁ、ほんとに母に恵まれました。僕は母に恵まれたから、そういうふうに物事の選択をするようになったっていうのがたぶんあって。例えば、もっと家庭の環境が恵まれない状態だったら、自分自身で成し遂げたり、何かしなければいけなかったりするから、自分が自分がって、利己的に進められるような人間になれたかもしれないんですけど。僕はそうではなく、非常に母に恵まれたので、母のため、みたいに何かのため、みたいなマインドで動くのが強くなったかもしれないなぁ。
ゆ:ふむふむ、なるほど。
た:なんかそういうときれいな感じになるんですけど、なんかあんまりそんなに深く考えながらやってたわけじゃなくって、振り返るとそうだった、みたいな感じだけど…
ゆ:うんうんうん… なるほど
④ ラーメンとアレルギー体質の僕
た:僕、仕事の話聞かれてもあんまりうまく答えらんなくって。
ゆ:しっかり答えてもらってるんですけど。(笑) ちなみに、何の話だったら答えられるんですか?
た:ラーメンとか?
ゆ:そうなんですか。
た:いやー、自分、めちゃめちゃ敗北者的なところがあって。
ゆ:はい(笑)
た:めちゃめちゃアレルギー多いんすよ。
ゆ:へぇ~
た:世の中の半分くらいのものは食べれないから。
ゆ:ええ!そうなんですね。
た:ほんとに。人生損してるよって、ほんとに毎日ぐらい言われるっすよ。
たゆ:ははははは(笑)
た:お酒もアレルギーだし、魚とか魚介類ほとんどだめだし、小麦とかも得意じゃないし、牛乳もだめだし…とかめっちゃあるんすよ。
ゆ:それは確かに多いですね。
た:だからなんかもうその、逃げるっていうか、もう必然的に選択できなくて、
ゆ:なるほど、はいはい。
た:めっちゃアレルギーだから、残ってったものの中で、残ったものに対して情熱を注ぐっていうのはもう仕事と一緒ですね。なんか。
ゆ:なるほど。
た:ラーメンの麺はすげー残しちゃうんすけど、ラーメンとかそばとか、ばーっかり食ってますね。(笑)
ゆ:ばーっかりですか。(笑)
ゆた:はははは(笑)
た:いや、ほんとほんと。でもラーメンばっか食ってるってのは一つやさしさもあって。
ゆ:はい
た:アレルギーだから、人が僕をご飯に誘うときに困らせちゃうんすよ、お店どうしようかなで。
ゆ:うんうんうん
た:だからなんかあいつラーメンなら食えんだよなってのが分かってたほうが、みんなが困んないっていうか、中華料理屋にしとけばあいつラーメンなら食えるから他食えなくてもまあいいか、みたいな。そういうふうに捉えてもらってると楽でいいなと、最近は思います。
ゆ:なるほど、ただラーメンだけ食ってるやつじゃねーぞと。(笑)
優しさがあったんですか。
た:そうですね(笑) ラーメンは。
ゆ:斎藤さんは何ラーメンが好きなんですか。
た:うーーーん。いやぁ、僕それめっちゃ聞かれるんですけど、好きなのは、らーめん屋さんの営みとか、らーめんという文化を含めた部分で。吉田うどんがどう広がったのかっていうのとたぶん一緒で。その土地その土地に、らーめんの風土があるんすよ。例えば、山形の内陸は寒くて、こういう漁船のルートがこうあって、ここはイカの足しか残ってないからイカげそを使ったラーメンを辛めの味付けにして暖をとりながら食べるんだとか。麵食の文化って、気候とか文化に左右されるんすよ。そういうのがすげー好きで。
ゆ:はいはいはい。
た:あとはラーメンって価格が安くて、どの町にもあるので。なんかその、どういうラーメンっていうよりは、その町を支えててくれてるだとか、その町の人たちがちょっとお昼ふらっと行くような所が好きっすね。そう考えると、町の中華料理屋さんなんかも。
⑤ 自分の言葉で話せること
ゆ:勝手に関連付けちゃってるかもしれないけど、地域の風土とかその町の気候とかそういうのを含めてラーメンがどんなふうにできたかについて知るっていうのが面白いっておっしゃってたと思うんですけど。ラーメンのできるストーリーと考えると、町の人とかストーリーとかそういうのって結構キーワードになってるんですかね…
た:あるかもしんないっすね。うん、あると思います。
うーーん、ちょっと具体的なのあんまり出てこなかったけど(笑)
ゆた:(笑)
た:服とかも、数字とかブランドとかあんま興味ないんすよね、僕。来てる服も食べるものも、知り合いが僕のことを思ってカスタムしてくれる服とか、知り合いが何か思いがあって作ってる服とか、自分が誰かに対してそれを勧めたいものって自然だなーと思って…
そうそう、教育とかはすごく一般化するシステムじゃないですか。全員にバーって同じものをやって、その中で点数で序列をつけて、その中で社会のレイヤーを作ってくみたいな、そういう仕組みだと思うんですけど。その中でも、もっと自分の言葉で話せるものとかが、増えたほうが、たぶんすごい幸せで…
だから、ラーメンとか、ストーリーとかが好きなのは、たぶん自分だけすげー知ってて話せるみたいな、なんかそういうのがあるのかもしれないっすね。
ゆ:その、「自分の言葉で話せる」ってのはどういうことで、そうやって自分の言葉で話せるものが増えたほうが幸せだろうなって思うのはなぜなんでしょうか。
た:自分の言葉で話せるのは、自分で裁量権を持って前向きに選択してる状態かな。だから、言いなりじゃなく自分で物事を選択してるのは、大変だけど自由があって、自分で思い描くことに進むことができるから幸せかと。
ゆ:そう思ったのっていつ頃だったんですか?
た:最近だな、4年前くらい!
それまではなんとなくやってた感じかなあ。でも、うまく言語化できてなくても、高校の頃はそういう行動を意識せずに自然とやってたんだと思います。
ゆ:ちなみに、自分で物事を選択してるってのは、具体的には?
た:僕の場合は、逃げる、なのかなあ。
当たり前とされるものから、自分で主体的にはずれるみたいなのは選択してたと思います。
ゆ:大学生から現在までで、当たり前とされるものから自分で主体的にはずれる、みたいな選択って、例えばどんなことでしょうか。
た:就職活動をしなかったことですね。僕自身、就職活動のルールが苦手だったことと、直接的に誰かのためになれるみたいな環境に身を置くことに憧れがあって、地方で課題解決みたいな仕事がしたいとふんわり思って。
ゆ:なるほど。なんか、そのへんも、ほんと、自分の違和感というか気持ちに素直でいいなぁ。
ゆ:最後に、自分で物事を選択したいけどできないでいるような若者がいるとしたら、斎藤さんは、何て言いますか?
た:「目の前のことを一生懸命やる!」とかかなあ。 何もなければ、「勉強必死にやっておけば、将来のやりたいことができた時に選択肢が広がるよ」って言ってます!