『ビハインド・ザ・カーブ』を見た

Netflixでこれを見た。

ついでにCNNの記事も。

アメリカで急速に広まっている、「地球は球体ではない、平面である」と主張する人々(Flat Earther)を取材したドキュメンタリー番組。


ざっと感想を言うと、

「Flat Earther」コミュニティーへの参加は、ドグマティックな権威への反抗でありマジョリティから零れ落ちたマイノリティのアイデンティティポリティクスの機能を果たしている。彼らは真面目に情熱的に既存の科学的「権威」に抗う。自らの主張を実証するために「科学的」手法を用いて客観的データを収集する努力を欠かさない。それはまるで彼らなりの「科学」を一から創りなおすかのようである。

てな感じ。


インターネット& SNSによる支持者ネットワークの高速かつ短期間での拡大可能性が、彼ら自身が義務教育で教え込まれたと考える権威(サイエンス一般・ワクチン・ダーウィニズム、他にも国家的組織・NASA・CIA・FBI・NSC等々)の重要性を(特に彼ら自身の心理面において)相対的に低下させる要因となっているようだ。


それこそ地球が球体であるという現代の定説は歴史を経ることで定着した科学的知見であり、歴史的には丸い地球も平らな地球も地動説も天動説も主張されていたので、現代においても地球は平面であると主張する人が現れることそのものは過去と同様ありうる事態ではある。(人間の発想はいつの時代もあまり変わらない)

ただ、ポリコレ棒よろしく「科学的常識という権威」によって殴られ続けた人生を送る人々を救済しようという動きは、科学からもポリコレ的主張からも聞こえてこない。そんな現代では「Flat Eather」コミュニティーは、科学やポリコレには無い「納得」を得られる一種の癒しの回路を有している。そういった種類のコミュニティーや主張者は現在着実にネットワークを形成しつつある。

なんとなく思うのは、20世紀から人類(というか欧米諸国が)推し進めてきた人権概念のより平等な適用、女性・人種・性的マイノリティー・障害者といったテゴリーの差別的運用の廃止を推し進めてきた結果、そのエンパワーメントの「余波」「勢い」が現代に流通する常識的定見を覆す説(地球平面説)への後押し、そのようなマイノリティな主張をする人々の一種のアイデンティティ・ポリティクスの後押しになっているような気がする、ということ。

その「余波」「勢い」に乗るだけでなく、「地球は平面である」という主張を裏付けようと様々な科学的な測定器を購入し実験を重ねる登場人物も出てくる。なんとか実証しようと仮説を立て実験し考察する彼らの姿を見ていると、真面目に「科学」しているようにしか見えない。その姿勢自体は決して笑って済ませられるものではない。


「地球は丸い」という、ある意味絶対的な常識を受動的に受け止めるしかない現代人にとって、能動的につかみ取ることのできる「地球は平面である」説は人間の実存的な欲求を満たす効果はあると思うし、多様性を志向する生物学的無意識のようなもの(どこにも一定数いる集団についていかないはぐれ者的メンタリティ)の発露として見ると、社会秩序が保たれる範囲においては、個人的にはそういう主張をする人々がいても全く構わない。(ただ反ワクチンや反中絶あたりは社会的影響が非常に大きいのでまた別の話、反ワクチンに関しては1年くらい前に適当にブログにメモった)

言論および思想信条の自由がある程度の地域、国家、人々において共有される現代においては、地動説vs天動説のような議論が再び繰り返されることはあっても、反目する両者の深すぎる溝が暴力的な弾圧や抗争を引き起こすようなことが無いよう祈るばかりである。


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