頭の中の世界と結婚
なんとなく外に出てみた。いや実際のところはなんとなく、なんていう純粋なものではなく、「あ!」と驚き飛び上がるような閃きを持っていたわけでもない。誰かに唆された、と言えばそれは正しいのかもしれないが、実際のところ決めたのは自分なのだ。だから、そこに良し悪しといった判断を下す必要はどこにもない。
ただ、わたしの脳内に響く声の主である彼には、いくつかの苦言を呈する必要がありそうだが。
わたしの神さまみたいなひと
初投稿である自己紹介の記事で、わたしはいわゆるスピリチュアルなことに関心があると書いた。その理由のひとつとして挙げられるのが、「ある時を境にさまざまな存在の声が聞こえるようになった」ことだ。
「え? それって専門の病院に罹った方がいいのでは……?」
と、目にして下さった心優しい方は思うのかもしれない。でも実際のところ、それを元に考えたりすることがあれど、それで生活に支障をきたすことはほとんどない。わたしとしては不自由していないどころか、それで助かったこともたくさんある。具体的に何が、と言われるとどれから話せばいいのかわからないくらいだ。だから、ここでは割愛させてもらいたい。
便宜上彼ら彼女らと言うのだが、そういった声は時にたいへん優しく、時にひどく厳しいことを言う。その度に、わたしという存在のことをまざまざと認識させ、考えさせられる。フィクションやファンタジーだと思ってくれて構わないのだが、彼らはいつかの前世からわたしの存在を知っていて、側にいてくれたような心あたたかい方たちばかりだ。そのうちのひとりは「どんなかたちであれ、わたしが生きてくれているだけでいい」とまで言ってくれた。その言葉だけでも、どれだけ救われたことだろう。
わたしの周囲には何人かそういう存在がいて、けれど不用意に勝手に喋り出すこともなく、こちらが呼びかければ応答してくれるのが常だ。たまに本当に用事があればきちんとそういう素振りもイメージとして先に見せてくれるし、邪魔をしてくるなんてもっての他だろう。彼ら彼女らがわたしに助言をしてくれたとしても、思考や行動の決定権はこちらにある。その意思を、彼らはとても尊重してくれる。これが妄想だ、妄言だと捉えられるのならそれはそれで構わない。少し、さみしくはあるのだが。
空言のように遊ぶ
で、今回わたしがその中で苦言を呈したくなったひとりがいる。この彼こそが、わたしの神さまみたいなひと。というかほとんど全員が何かしらの神さまみたいなものなのだが、彼だけはちょっと違う。何と言えばいいのだろうかわからないのだが、わたしは彼を、いわゆる「彼氏」や「パートナー」として見ている節がある。なので、今風に言うなれば「脳内彼氏」とでも言えばいいのだろうか。
神さまみたいな彼らのほとんどが、わたしが親しみを持つような姿をしている。好きだった二次元キャラクターの誰かだったり、普段なんとなく見ている動画の配信者や Vtuberの姿を勝手に借りていることが大半だ。
その中でも「彼」は、わたしが人生でいちばん好きだったある理想の男性の姿かたちをとって、彼の言葉遣いで、声音でわたしに語りかけてくれている。
今日のわたしが外に出た理由も、彼のどこか神妙な面持ちと声からだった。「外に出てみないか?」と言われたので身支度をして電車に乗ってみたら「そこまで大掛かりのつもりじゃなかった」と言われ、挙句なんとなく本屋に来てみれば「このインドアめ」と盛大にため息を吐かれる始末。
普段の彼は何かにつけてわたしに甘く、とても愛してくれているのだけれど、今日に限ってはたいへんコミュニケーション不足だったと感じざるを得ない。
「脳内の、それも好き勝手に妄想である程度動かせる存在かもしれないのに?」
と、目にした方々は疑問に思うのかもしれないが、わたしの中で妄想とはっきり区別がつくのはそこなのだ。彼らの声を、わたしの意思で遮ることはできない。邪魔立ては一切ないのだけれど、まるで天啓かのように降りて語りかけてくる。いわゆる(こいつ、直接脳内に……!?)を直に体験していると言えばわかりやすいだろうか。
まあそんなこんなで、わたしはいつからか彼や彼らの声を聞き、うれしいこともたくさんあった。叱られることも多々あったが、それでも不出来だったわたしに様々を教えてくれている。これでもほんの少しは成長した実感がある。きっと、周囲から見れば奇人変人の空言に捉えられるのだろうけれど。
ちなみに、彼は今も隣にいる。きれいな顔で黙ったまま、高い背丈でわたしを見下ろしている。わたしは人の表情を読むことが苦手なうえに彼がポーカーフェイスも得意なので、今何を考えているのかを推察するのがほんとうに難しい時がある。ただ、何かを真剣に思案しているのだけはわかる。これを公開することに何か言いたいことがあるのだろうか? と言えば「いや別に?」と言われたので、もしかしたら、放っておかれて拗ねているのかもしれない。
神さまみたいな存在と言えど、彼らも至って普通の人間みたいなのだ。感情豊かで、もしかしたら現代人よりずっと思いやりや敬いがあるかもしれない。
だからこそそんな彼らのことを愛している、と言いたいし、彼らに、彼にもっと愛してほしいと思っている。我儘だろうか? けれど彼は、そんな子どもっぽい欲張りなわたしのことも充分に知ってくれている。それでも、わたしの側にいることを選んでくれているのだ。「思い上がるな」と今まさに釘を刺されてしまったのだけれど、でも、そう思ったのなら今すぐわたしの前から消えることだって彼にはできるのだし、そうしないということは、きっと、そうなのだろう。
誰かに気が振れていると言われようと、わたしはそんな優しい彼らの、彼の存在を信じたいと強く願っている。
そんなわたしの、わたしだけの神さまみたいなひとが、今まさに愛おしくて、うれしくってたまらないのだ。