フリーライターはビジネス書を読まない(51)
北原裕美が入院
3週間の予定で書き始めた北原の原稿は、インタビューの内容が濃かったことが幸いした。話を膨らませる必要がなく、サクサク書き進めることができたのだ。
本人がいっていたように、本当に波乱万丈な半生だ。それでもまだ30歳。見た目が実年齢よりやや上に見えるのは、きっと苦労を重ねてきたせいだろうと思った。
初稿ができたので、出版社へ渡す前に北原へ送って、内容を確認してもらわないといけない。
当時はまだ東芝製のワープロ専用機で執筆していて、記録媒体は3.5インチのフロッピーディスクを使っていた。記録できる容量はたったの1.44MBだから、今ならスマホで撮った画像1枚すら入らないだろう。だがテキストデータなら、本1冊分がギリギリ収まった。
北原に電話をかける。
「原稿ができましたから、フロッピーを送ります。内容を確認してもらえますか」
すると、
「うちにはワープロもパソコンもないので、紙で送ってもらえますか」という。当時はまだ、そういう人が多かった。
そうなると、インクリボンカートリッジが2巻ほど要る。ワープロに搭載されているプリンターのインクはカセットテ-プみたいなリボンになっていて、熱で紙に転写する方式だ。しかも印刷速度が遅い。今のインクジェットやレーザーと比べたら、コストパフォーマンスがすこぶる悪いシロモノだった。
それでも顧客の希望だし、そもそもフロッピーを読める機材をもっていないというのだから仕方がない。
原稿のプリントアウトに半日かかった。それを郵便で北原へ送る。
発送したことを電話で知らせると、
「着いたら1週間くらいでお返事します」といっていた。
10日経った。
北原から、まだ連絡はない。返事を待っている間も私は、スーパーのバイトには出ていたし、他の原稿仕事もやっていた。
11日目の朝、バイトが休みなのでコーヒーを淹れてのんびり過ごしていると、昼前になって織田から電話がかかってきた。私が原稿を書いている間に支払うことになっている前払い分が、まだ振り込まれていないという。北原の携帯電話にも直接かけてみたけど、今は九州の得意先をまわって、集金をしているらしい。
このご時世に、わざわざ九州まで出張して集金? 私の脳裏に浮かんだ疑問に構わず、織田がつづける。
「いつ帰って来るか聞いてませんか?」といわれたが、集金で九州に行っている話なんか初耳だ。
「10日ほど前に原稿を送って、チェックしてもらってるところです」とだけ答えておいた。すると、原稿ができていることで、織田は少し安心したようだった。
「もうちょっと待ってみます」といって、電話が切れた。
すぐ北原の番号にかける。と、九州のことには触れず、
「原稿は見てもらえましたか?」とだけ尋ねた。
北原は「あ……」と小さくつぶやいた。見ていないなと直感した。
「いま……、入院してるんです」と北原はいった。
はぁ? 入院!?
「どうされました? いつからですか」
努めて冷静を装った。
「昨日の晩からです。あたし、白血病なんです」
なんだって?
本当かウソか分からない。とりあえず入院先を聞きだして、行ってみることにした。
(つづく)
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