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フリーライターはビジネス書を読まない(45)

スーパーの店員はこうして常連さんを憶える

畑中の私家版を降りた後も、午前はスーパーでバイト、午後は原稿書きという生活を続けていた。生活費が減った繋ぎに、ほんの2~3カ月で辞めるつもりだったのに、気が付けば半年が過ぎ、年末年始の段取りをする時季に差しかかっていた。
すっかり仕事にも慣れ、あとから入ってきたバイトやパートのおばちゃんに仕事の段取りを教える立場としてチーフから頼りにもされ、なかなか辞めづらい雰囲気になっていた。

バックヤードでそんなことになっている一方で、売り場へ出る機会も増えて、常連さんの顔が分かるようになってきた。
ほとんどのお客さんは毎日買い物に来ている常連さんに違いないけれど、すべてのお客さんの顔を憶えているわけではない。
やはり何らかの特徴ある人は憶えやすい。

毎日2人で来店する老夫婦がいた。店に来る時間も午前10時半頃で、だいたい決まっていた。
この時間に売り場へ出て商品を並べていると、必ず「かに玉ないか?」と声をかけられる。それが毎日なので、ある日「かに玉、お好きなんですね」と返してみた。
「息子が好きやねん。昼はかに玉がないとアカンねん」
この夫婦の息子さんていうと、もうけっこうな大人のはず。ずっと家にいるのだろうか。
あんまり立ち入ったことは訊けないので、
「いつも、ありがとうございます」と無難に返事しておいた。

11時頃になると現れるのが、頭を角刈りにした30歳くらいの男性だ。惣菜売り場で買っていくのは、いつも天かすを1パックだけ。売り場に出ていないときは、わざわざ店員に声をかけてきた。
パートのおばちゃんたちが「きっとお好み焼き屋かたこ焼き屋をやってるねんで」と勝手に想像して噂を立てていたが、実際に見た人はいないのだ。それに買っていく量が、商売に使うには少ない。

ある日、仕事が終わって帰ろうとしたとき、この男性が店から出てくるところに遭遇した。私の存在には気づかれていない。レジ袋には、さほど多くの商品は入ってなかった。
私も向こうも自転車だ。ここで魔がさした。後をつけてみよう。

つかず離れず一定の距離を保ちながら、慎重に、気づかれないように……と思っていたら、店からほんの2~3分離れたところにある、何の変哲もない長屋の前で自転車を止めて、そのまま玄関から入っていった。
どう見てもお好み焼きとかたこ焼きの店ではない。たぶん生活のサイクルから、買い物をするタイミングがお昼前になっているだけなのだろう。
パートのおばちゃん連中は、さも見てきたような噂を流してくれるから恐ろしい。業務連絡もそんな調子だから、チーフが意図しない情報が飛び交うことも珍しくない。

試食品を目当てにやって来るお客さんも、すぐに憶えられる。もっともそういう人物を「お客さん」と呼べるかどうかと思うけれど……。

惣菜売り場とIB(パン売り場)では試食を出す。IBは新商品のパン、惣菜売り場では切り分けるのが簡単なトンカツをよく出していた。
いつの頃からか、毎日決まった時間に現れては、試食品を一口で食べ尽くしてしまうオッサンが来るようになった。
店に入ったら、手始めに入り口に近いIBでパンの試食を頬張る。口をモグモグさせながら、奥の惣菜売り場に向かって歩いてくる。そして惣菜売り場の試食品を頬張ると、寿司売り場で無料提供されている紅ショウガや醤油の小袋をむんずと掴み、ズボンのポケットにねじ込んで、何も買わずに出ていく。

来る時間がだいたい分かってきたので、そのオッサンが現れても、店から出ていくまで試食を出さないことにした。
そんな対抗手段を講じられているとは夢にも思ってないオッサンがやってきた。
IBの売り場で、あたりをキョロキョロ見渡している。IBもまだ試食を出していないから、きっと試食台を探しているのだろう。

IBを諦めたオッサンは、次なる目標、惣菜売り場を目指して歩いてくる。もちろん試食はない。寿司用の小袋も、バックヤードに引き揚げてある。
それでも諦めきれないのか、買い物客を装って、しばらく店内をウロウロしていた。試食が出るのを待っているのは明白だった。

それから15分くらいIBと惣菜売り場の周りを徘徊した後、やっと諦めたのか肩を落として出ていくのを確認した。

後日、1日フルタイムで働いているパートさんから聞いたところ、その日の夕方に再び現れて、試食品を全部食べられてしまったそうだ。
「夕方にも来ると思てへんから油断してた」
チーフも悔しそうだった。

(つづく)

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